88 / 122
第九章 襲撃と出立
無理するなよ
しおりを挟む
──魔力があればレティを追える
クロノスから魔力を強奪した元魔王は、宮廷魔導士リュートとして使っていた部屋に立ち寄り、姿をルーク・シルヴァへと変え、身支度を済ませた。
それ自体にはいくらも時間をかけず、部屋から出てきたところで。
「リュートさん……!!」
素顔に黒縁眼鏡を載せただけのルーク・シルヴァを呼び止めたのは、女の声。
(リュート……?)
灰色魔導士の素顔を知る女性とは? と、疑問を抱きながらクロノスは振り返る。
相手に気づいたルーク・シルヴァが、落ち着いた様子で話し出した。
「アンジェラ。色々騒がしかったけど、無事だったか」
「リュートさんこそ。イカロス様の件に駆り出されていたみたいですけど」
亜麻色の髪を背に流した女官だった。髪を結っていないあたり、非番なのかもしれない。見覚えがある。
(この二人、旅先でも親しげに話していなかったか?)
ほんの数日前、温泉街の料理屋で立ち話をしていた。
ルーク・シルヴァが何かを口止めしたような不自然さがあったが、「リュート」として知り合いだとすれば、思った以上に前からの付き合いなのかもしれない。
「イカロスの様子はどうなんだ」
「あまり人を寄せ付けません。そのおかげで、私も仕事はお休みになりました。とはいっても、王宮待機ですが」
話しているアンジェラに歩み寄り、ルーク・シルヴァは手を伸ばしてその髪を一房掬い上げた。
「!?」
クロノスとアンジェラが同時に息を飲んで目をむく。
気づいた様子もなく、ルーク・シルヴァはのほほんと言った。
「前は結んでいたよな。休みになるとほどくのか」
「えぇと、はい、そうです」
答えながら、アンジェラはぼうっとルーク・シルヴァを見上げる。頬に赤みが差す。
(……おい!!)
相手の反応をよく見てみろ! と、クロノスは心の中で猛烈に突っ込んでいたが、さすがに本人が目の前にいるので言えない。
「だとすると、髪を結んで行けば仕事中だと周りには誤認されるわけか?」
「そうですね」
「頼めるか」
そこでようやく自分が髪を掴んだままだと思い出したらしく、手を離す。
ふわりと肩に落ちたその髪に指を絡めながら、アンジェラは「何をですか……?」と上目遣いでルーク・シルヴァを見上げた。
(おい、魔王)
クロノスはよほど注意しようかと思ってしまった。だが、ルーク・シルヴァがひたすら鈍感だという線を捨てきれないので、藪を突いて蛇を出したくない!! と、ぎりぎりで口をつぐむ。
「イカロスと話したい。今、まともな取り次ぎは無理だろ。アンジェラが仕事のふりをして近づくことはできるだろうか」
「できると思います」
「頼む」
強引に言い切ってから、ルーク・シルヴァはクロノスを振り返った。
「イカロスを誘おう。何か言いたそうだったし、俺も聞きたいことがある」
「誘う……!?」
レティ追跡行に!? と声に出さずに尋ねてみたつもりだが、ルーク・シルヴァはこともなげに頷いてくる。
「他にも何か知っていそうだったし、ちょうど良い」
「イカロスとルーク・シルヴァ、ものすごく仲が悪かったように見えたけど!? オレの記憶違いかな」
「あってるあってる。仲は悪いし、仲良くするつもりはない。用事があるだけだ」
「たしかに、イカロスは軟弱だけど魔力は強い。俺とルーク・シルヴァにイカロスが加われば、誰が相手でも負けないと思うけど!?」
その「相手」がレティシアであったとしても。
そう考えれば考えるほど、イカロスを誘うというルーク・シルヴァの判断が妥当に思えてしまうのが悔しい。
一方のルーク・シルヴァは軽く目を見開いて「それもそうだな」と深く感じ入ったように呟いてから、耳元に唇を寄せて囁いてきた。
「世界征服でもしてみるか?」
「やめろ。お前が言うと冗談じゃない」
魔王が。
冗談ではなかった場合に備えて、警戒しようとした。
実際には、気合を入れるべくごく普通に魔力を身に纏わせようとしたところで、ふらついてしまった。先程ごっそりと奪い取られたせいだ。
「無理するなよ」
「誰のせいだよ」
「俺だな」
ふらついたクロノスを抱きとめたルーク・シルヴァに、ごくごく近い位置で余裕いっぱいに微笑まれてしまった。
「クロノス様、具合が悪いんですか?」
その上、悪気なさそうなアンジェラに心配そうに言われて、勢いに任せて「べつに」と答えようとした。
そのとき、なんの理もなく近付いてきた唇に唇を奪われた。一瞬、頭の仲が白くなる。
目を閉じることもできずに、至近距離で人外美貌を見つめる。
「悪いな。まだ辛いか?」
身体が一瞬、すっと楽になった。
あ、何かしらしてくれたな、というのはわかった。よくわかったが。
「いまの、口にする必要あったのか!?」
「無い」
なんでもないことのように言ってから、身体を離していく。
その瞬間、人の悪そうな笑みを浮かべたのを見てしまった。
(わざとかよ!?)
「いい加減にしろよこの野郎」
さっと歩き出した背中に怒りをぶつけても、振り返らない。
その上、一緒に追いかける形になったアンジェラに、何故か気の毒そうな顔をされて言われてしまった。
「リュートさん、恋人いますよ。殿下、大丈夫ですか? 遊ばれてません?」
(なんだ。こっちはこっちでルーク・シルヴァに横恋慕している風だから心配していたのに、知ってるんだ、恋人がいるって)
歯を食いしばってアンジェラを見下ろしてから、クロノスは実に無理矢理な笑顔を作って言った。
「心配してくれてありがとう!!」
クロノスから魔力を強奪した元魔王は、宮廷魔導士リュートとして使っていた部屋に立ち寄り、姿をルーク・シルヴァへと変え、身支度を済ませた。
それ自体にはいくらも時間をかけず、部屋から出てきたところで。
「リュートさん……!!」
素顔に黒縁眼鏡を載せただけのルーク・シルヴァを呼び止めたのは、女の声。
(リュート……?)
灰色魔導士の素顔を知る女性とは? と、疑問を抱きながらクロノスは振り返る。
相手に気づいたルーク・シルヴァが、落ち着いた様子で話し出した。
「アンジェラ。色々騒がしかったけど、無事だったか」
「リュートさんこそ。イカロス様の件に駆り出されていたみたいですけど」
亜麻色の髪を背に流した女官だった。髪を結っていないあたり、非番なのかもしれない。見覚えがある。
(この二人、旅先でも親しげに話していなかったか?)
ほんの数日前、温泉街の料理屋で立ち話をしていた。
ルーク・シルヴァが何かを口止めしたような不自然さがあったが、「リュート」として知り合いだとすれば、思った以上に前からの付き合いなのかもしれない。
「イカロスの様子はどうなんだ」
「あまり人を寄せ付けません。そのおかげで、私も仕事はお休みになりました。とはいっても、王宮待機ですが」
話しているアンジェラに歩み寄り、ルーク・シルヴァは手を伸ばしてその髪を一房掬い上げた。
「!?」
クロノスとアンジェラが同時に息を飲んで目をむく。
気づいた様子もなく、ルーク・シルヴァはのほほんと言った。
「前は結んでいたよな。休みになるとほどくのか」
「えぇと、はい、そうです」
答えながら、アンジェラはぼうっとルーク・シルヴァを見上げる。頬に赤みが差す。
(……おい!!)
相手の反応をよく見てみろ! と、クロノスは心の中で猛烈に突っ込んでいたが、さすがに本人が目の前にいるので言えない。
「だとすると、髪を結んで行けば仕事中だと周りには誤認されるわけか?」
「そうですね」
「頼めるか」
そこでようやく自分が髪を掴んだままだと思い出したらしく、手を離す。
ふわりと肩に落ちたその髪に指を絡めながら、アンジェラは「何をですか……?」と上目遣いでルーク・シルヴァを見上げた。
(おい、魔王)
クロノスはよほど注意しようかと思ってしまった。だが、ルーク・シルヴァがひたすら鈍感だという線を捨てきれないので、藪を突いて蛇を出したくない!! と、ぎりぎりで口をつぐむ。
「イカロスと話したい。今、まともな取り次ぎは無理だろ。アンジェラが仕事のふりをして近づくことはできるだろうか」
「できると思います」
「頼む」
強引に言い切ってから、ルーク・シルヴァはクロノスを振り返った。
「イカロスを誘おう。何か言いたそうだったし、俺も聞きたいことがある」
「誘う……!?」
レティ追跡行に!? と声に出さずに尋ねてみたつもりだが、ルーク・シルヴァはこともなげに頷いてくる。
「他にも何か知っていそうだったし、ちょうど良い」
「イカロスとルーク・シルヴァ、ものすごく仲が悪かったように見えたけど!? オレの記憶違いかな」
「あってるあってる。仲は悪いし、仲良くするつもりはない。用事があるだけだ」
「たしかに、イカロスは軟弱だけど魔力は強い。俺とルーク・シルヴァにイカロスが加われば、誰が相手でも負けないと思うけど!?」
その「相手」がレティシアであったとしても。
そう考えれば考えるほど、イカロスを誘うというルーク・シルヴァの判断が妥当に思えてしまうのが悔しい。
一方のルーク・シルヴァは軽く目を見開いて「それもそうだな」と深く感じ入ったように呟いてから、耳元に唇を寄せて囁いてきた。
「世界征服でもしてみるか?」
「やめろ。お前が言うと冗談じゃない」
魔王が。
冗談ではなかった場合に備えて、警戒しようとした。
実際には、気合を入れるべくごく普通に魔力を身に纏わせようとしたところで、ふらついてしまった。先程ごっそりと奪い取られたせいだ。
「無理するなよ」
「誰のせいだよ」
「俺だな」
ふらついたクロノスを抱きとめたルーク・シルヴァに、ごくごく近い位置で余裕いっぱいに微笑まれてしまった。
「クロノス様、具合が悪いんですか?」
その上、悪気なさそうなアンジェラに心配そうに言われて、勢いに任せて「べつに」と答えようとした。
そのとき、なんの理もなく近付いてきた唇に唇を奪われた。一瞬、頭の仲が白くなる。
目を閉じることもできずに、至近距離で人外美貌を見つめる。
「悪いな。まだ辛いか?」
身体が一瞬、すっと楽になった。
あ、何かしらしてくれたな、というのはわかった。よくわかったが。
「いまの、口にする必要あったのか!?」
「無い」
なんでもないことのように言ってから、身体を離していく。
その瞬間、人の悪そうな笑みを浮かべたのを見てしまった。
(わざとかよ!?)
「いい加減にしろよこの野郎」
さっと歩き出した背中に怒りをぶつけても、振り返らない。
その上、一緒に追いかける形になったアンジェラに、何故か気の毒そうな顔をされて言われてしまった。
「リュートさん、恋人いますよ。殿下、大丈夫ですか? 遊ばれてません?」
(なんだ。こっちはこっちでルーク・シルヴァに横恋慕している風だから心配していたのに、知ってるんだ、恋人がいるって)
歯を食いしばってアンジェラを見下ろしてから、クロノスは実に無理矢理な笑顔を作って言った。
「心配してくれてありがとう!!」
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

少女漫画の当て馬女キャラに転生したけど、原作通りにはしません!
菜花
ファンタジー
亡くなったと思ったら、直前まで読んでいた漫画の中に転生した主人公。とあるキャラに成り代わっていることに気づくが、そのキャラは物凄く不遇なキャラだった……。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる