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第九章 襲撃と出立
無理するなよ
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──魔力があればレティを追える
クロノスから魔力を強奪した元魔王は、宮廷魔導士リュートとして使っていた部屋に立ち寄り、姿をルーク・シルヴァへと変え、身支度を済ませた。
それ自体にはいくらも時間をかけず、部屋から出てきたところで。
「リュートさん……!!」
素顔に黒縁眼鏡を載せただけのルーク・シルヴァを呼び止めたのは、女の声。
(リュート……?)
灰色魔導士の素顔を知る女性とは? と、疑問を抱きながらクロノスは振り返る。
相手に気づいたルーク・シルヴァが、落ち着いた様子で話し出した。
「アンジェラ。色々騒がしかったけど、無事だったか」
「リュートさんこそ。イカロス様の件に駆り出されていたみたいですけど」
亜麻色の髪を背に流した女官だった。髪を結っていないあたり、非番なのかもしれない。見覚えがある。
(この二人、旅先でも親しげに話していなかったか?)
ほんの数日前、温泉街の料理屋で立ち話をしていた。
ルーク・シルヴァが何かを口止めしたような不自然さがあったが、「リュート」として知り合いだとすれば、思った以上に前からの付き合いなのかもしれない。
「イカロスの様子はどうなんだ」
「あまり人を寄せ付けません。そのおかげで、私も仕事はお休みになりました。とはいっても、王宮待機ですが」
話しているアンジェラに歩み寄り、ルーク・シルヴァは手を伸ばしてその髪を一房掬い上げた。
「!?」
クロノスとアンジェラが同時に息を飲んで目をむく。
気づいた様子もなく、ルーク・シルヴァはのほほんと言った。
「前は結んでいたよな。休みになるとほどくのか」
「えぇと、はい、そうです」
答えながら、アンジェラはぼうっとルーク・シルヴァを見上げる。頬に赤みが差す。
(……おい!!)
相手の反応をよく見てみろ! と、クロノスは心の中で猛烈に突っ込んでいたが、さすがに本人が目の前にいるので言えない。
「だとすると、髪を結んで行けば仕事中だと周りには誤認されるわけか?」
「そうですね」
「頼めるか」
そこでようやく自分が髪を掴んだままだと思い出したらしく、手を離す。
ふわりと肩に落ちたその髪に指を絡めながら、アンジェラは「何をですか……?」と上目遣いでルーク・シルヴァを見上げた。
(おい、魔王)
クロノスはよほど注意しようかと思ってしまった。だが、ルーク・シルヴァがひたすら鈍感だという線を捨てきれないので、藪を突いて蛇を出したくない!! と、ぎりぎりで口をつぐむ。
「イカロスと話したい。今、まともな取り次ぎは無理だろ。アンジェラが仕事のふりをして近づくことはできるだろうか」
「できると思います」
「頼む」
強引に言い切ってから、ルーク・シルヴァはクロノスを振り返った。
「イカロスを誘おう。何か言いたそうだったし、俺も聞きたいことがある」
「誘う……!?」
レティ追跡行に!? と声に出さずに尋ねてみたつもりだが、ルーク・シルヴァはこともなげに頷いてくる。
「他にも何か知っていそうだったし、ちょうど良い」
「イカロスとルーク・シルヴァ、ものすごく仲が悪かったように見えたけど!? オレの記憶違いかな」
「あってるあってる。仲は悪いし、仲良くするつもりはない。用事があるだけだ」
「たしかに、イカロスは軟弱だけど魔力は強い。俺とルーク・シルヴァにイカロスが加われば、誰が相手でも負けないと思うけど!?」
その「相手」がレティシアであったとしても。
そう考えれば考えるほど、イカロスを誘うというルーク・シルヴァの判断が妥当に思えてしまうのが悔しい。
一方のルーク・シルヴァは軽く目を見開いて「それもそうだな」と深く感じ入ったように呟いてから、耳元に唇を寄せて囁いてきた。
「世界征服でもしてみるか?」
「やめろ。お前が言うと冗談じゃない」
魔王が。
冗談ではなかった場合に備えて、警戒しようとした。
実際には、気合を入れるべくごく普通に魔力を身に纏わせようとしたところで、ふらついてしまった。先程ごっそりと奪い取られたせいだ。
「無理するなよ」
「誰のせいだよ」
「俺だな」
ふらついたクロノスを抱きとめたルーク・シルヴァに、ごくごく近い位置で余裕いっぱいに微笑まれてしまった。
「クロノス様、具合が悪いんですか?」
その上、悪気なさそうなアンジェラに心配そうに言われて、勢いに任せて「べつに」と答えようとした。
そのとき、なんの理もなく近付いてきた唇に唇を奪われた。一瞬、頭の仲が白くなる。
目を閉じることもできずに、至近距離で人外美貌を見つめる。
「悪いな。まだ辛いか?」
身体が一瞬、すっと楽になった。
あ、何かしらしてくれたな、というのはわかった。よくわかったが。
「いまの、口にする必要あったのか!?」
「無い」
なんでもないことのように言ってから、身体を離していく。
その瞬間、人の悪そうな笑みを浮かべたのを見てしまった。
(わざとかよ!?)
「いい加減にしろよこの野郎」
さっと歩き出した背中に怒りをぶつけても、振り返らない。
その上、一緒に追いかける形になったアンジェラに、何故か気の毒そうな顔をされて言われてしまった。
「リュートさん、恋人いますよ。殿下、大丈夫ですか? 遊ばれてません?」
(なんだ。こっちはこっちでルーク・シルヴァに横恋慕している風だから心配していたのに、知ってるんだ、恋人がいるって)
歯を食いしばってアンジェラを見下ろしてから、クロノスは実に無理矢理な笑顔を作って言った。
「心配してくれてありがとう!!」
クロノスから魔力を強奪した元魔王は、宮廷魔導士リュートとして使っていた部屋に立ち寄り、姿をルーク・シルヴァへと変え、身支度を済ませた。
それ自体にはいくらも時間をかけず、部屋から出てきたところで。
「リュートさん……!!」
素顔に黒縁眼鏡を載せただけのルーク・シルヴァを呼び止めたのは、女の声。
(リュート……?)
灰色魔導士の素顔を知る女性とは? と、疑問を抱きながらクロノスは振り返る。
相手に気づいたルーク・シルヴァが、落ち着いた様子で話し出した。
「アンジェラ。色々騒がしかったけど、無事だったか」
「リュートさんこそ。イカロス様の件に駆り出されていたみたいですけど」
亜麻色の髪を背に流した女官だった。髪を結っていないあたり、非番なのかもしれない。見覚えがある。
(この二人、旅先でも親しげに話していなかったか?)
ほんの数日前、温泉街の料理屋で立ち話をしていた。
ルーク・シルヴァが何かを口止めしたような不自然さがあったが、「リュート」として知り合いだとすれば、思った以上に前からの付き合いなのかもしれない。
「イカロスの様子はどうなんだ」
「あまり人を寄せ付けません。そのおかげで、私も仕事はお休みになりました。とはいっても、王宮待機ですが」
話しているアンジェラに歩み寄り、ルーク・シルヴァは手を伸ばしてその髪を一房掬い上げた。
「!?」
クロノスとアンジェラが同時に息を飲んで目をむく。
気づいた様子もなく、ルーク・シルヴァはのほほんと言った。
「前は結んでいたよな。休みになるとほどくのか」
「えぇと、はい、そうです」
答えながら、アンジェラはぼうっとルーク・シルヴァを見上げる。頬に赤みが差す。
(……おい!!)
相手の反応をよく見てみろ! と、クロノスは心の中で猛烈に突っ込んでいたが、さすがに本人が目の前にいるので言えない。
「だとすると、髪を結んで行けば仕事中だと周りには誤認されるわけか?」
「そうですね」
「頼めるか」
そこでようやく自分が髪を掴んだままだと思い出したらしく、手を離す。
ふわりと肩に落ちたその髪に指を絡めながら、アンジェラは「何をですか……?」と上目遣いでルーク・シルヴァを見上げた。
(おい、魔王)
クロノスはよほど注意しようかと思ってしまった。だが、ルーク・シルヴァがひたすら鈍感だという線を捨てきれないので、藪を突いて蛇を出したくない!! と、ぎりぎりで口をつぐむ。
「イカロスと話したい。今、まともな取り次ぎは無理だろ。アンジェラが仕事のふりをして近づくことはできるだろうか」
「できると思います」
「頼む」
強引に言い切ってから、ルーク・シルヴァはクロノスを振り返った。
「イカロスを誘おう。何か言いたそうだったし、俺も聞きたいことがある」
「誘う……!?」
レティ追跡行に!? と声に出さずに尋ねてみたつもりだが、ルーク・シルヴァはこともなげに頷いてくる。
「他にも何か知っていそうだったし、ちょうど良い」
「イカロスとルーク・シルヴァ、ものすごく仲が悪かったように見えたけど!? オレの記憶違いかな」
「あってるあってる。仲は悪いし、仲良くするつもりはない。用事があるだけだ」
「たしかに、イカロスは軟弱だけど魔力は強い。俺とルーク・シルヴァにイカロスが加われば、誰が相手でも負けないと思うけど!?」
その「相手」がレティシアであったとしても。
そう考えれば考えるほど、イカロスを誘うというルーク・シルヴァの判断が妥当に思えてしまうのが悔しい。
一方のルーク・シルヴァは軽く目を見開いて「それもそうだな」と深く感じ入ったように呟いてから、耳元に唇を寄せて囁いてきた。
「世界征服でもしてみるか?」
「やめろ。お前が言うと冗談じゃない」
魔王が。
冗談ではなかった場合に備えて、警戒しようとした。
実際には、気合を入れるべくごく普通に魔力を身に纏わせようとしたところで、ふらついてしまった。先程ごっそりと奪い取られたせいだ。
「無理するなよ」
「誰のせいだよ」
「俺だな」
ふらついたクロノスを抱きとめたルーク・シルヴァに、ごくごく近い位置で余裕いっぱいに微笑まれてしまった。
「クロノス様、具合が悪いんですか?」
その上、悪気なさそうなアンジェラに心配そうに言われて、勢いに任せて「べつに」と答えようとした。
そのとき、なんの理もなく近付いてきた唇に唇を奪われた。一瞬、頭の仲が白くなる。
目を閉じることもできずに、至近距離で人外美貌を見つめる。
「悪いな。まだ辛いか?」
身体が一瞬、すっと楽になった。
あ、何かしらしてくれたな、というのはわかった。よくわかったが。
「いまの、口にする必要あったのか!?」
「無い」
なんでもないことのように言ってから、身体を離していく。
その瞬間、人の悪そうな笑みを浮かべたのを見てしまった。
(わざとかよ!?)
「いい加減にしろよこの野郎」
さっと歩き出した背中に怒りをぶつけても、振り返らない。
その上、一緒に追いかける形になったアンジェラに、何故か気の毒そうな顔をされて言われてしまった。
「リュートさん、恋人いますよ。殿下、大丈夫ですか? 遊ばれてません?」
(なんだ。こっちはこっちでルーク・シルヴァに横恋慕している風だから心配していたのに、知ってるんだ、恋人がいるって)
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