こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

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第八章 国難は些事です(後編)

それが君の願いならば

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「拘束しろ。魔封じは私が施す。このガキ、どのくらいの被害を出した。把握している者はいるか」

 拳を握りしめたまま、レティシアは辺りを見回した。
 奇跡の美貌に、威圧的な眼光。指示することに慣れた透徹とした声音。その場のほぼすべての人間に「このひとは確実にやばい」「何をおいても従わねば」と同時に思わせる存在感。

「はっ。報告します」

 一人の近衛隊士が進み出てレティシアの前で跪く。
 様子を見るに甘んじていたクロノスだが、「さすがにだめでしょう」と呟いて進み出た。

「この偉そうなひと、誰だか知ってる? よくわからない相手に命令されたからって、ふらふら聞いちゃだめだ。その報告は俺にしとこうね」

 王子だよ?
 との思いを込めて言ったのだが、跪いたまま顔を上げた近衛隊士は「クロノス様、いらっしゃったんですね!」と口をすべらせた。「いたよ。気付いてね」とクロノスは力なく笑った。
 レティシアはといえば、なんら反省していない顔で命令を続けていた。

「この男、目的はわかったが、なぜ『魔王』を名乗るかは気になる。拘束した上で水でも浴びせて起こせ。私が尋問する」
「拘束と聴取の必要性はわかる。そこの謁見の間に運ぼう」

 兵たちが倒れたままの男に縄をかけるのを見ながら、心の中では(さて……)と思案していた。

(ロイドさんの気配を察して現れた、同族。人外美貌で、桁外れの強さという点も共通している。「魔王」?)

 何度か頭をかすめては打ち消していた可能性が、ここにきてしきりと訴えかけてきている。それを認めてしまうには大いに抵抗があるのだった。
 答えが出ぬまま、縄に魔封じを施すレティシアの側に行くと、くすっと笑いかけられる。

「疲れた顔をしている」
「一日が長すぎるんですよ。ゆっくり寝たいです」

 嘘偽りのない本音で答えた。

 * * *

 兵士たちを寄せ付けず、レティシアと二人で事情聴取に臨んだ。
 嫌になるほど冷静に。
 どんな話を耳にしても、自分で対応にあたろうと決めていた。

 後ろ手を縛られて膝を折って座らされた男は、輝く金髪からぽたぽたと水の雫を滴らせていた。

 その面前に、腰に両手をあてて足を広げて立ったレティシアは、あの美しい旋律を思わせる彼らの言葉で男に声をかける。
 クロノスには理解できない。
 腕を組んで、目を閉ざし、ただその妙なる響きに耳を傾けた。

(人とは違う種族。彼らはどこから来るのか。世界のすべてが明かされているとは思わない。どこかに彼らの住む国はあるのだろう。ではなぜ今になって現れたのか)

 彼らからはぐれた存在であったらしいアゼルは、かつて「魔王」を打倒すために尽力をした。
 旅をしているというロイドは、魔物の動向を探り、ときに交渉をしようとしていた。
 人に紛れて暮らしていた彼らの王であるルーク・シルヴァは。
 聖剣の勇者たる素質を秘めた剣士の元にいた。

(監視していた……?)

 赤毛の剣士はたぶん本気でルーク・シルヴァに惹かれている。
 前世から今にかけて、ずっと「ルミナス」を見て来た自分の目から見ても、それは疑いようがなく。
 胸が焼け付くほどの焦燥と同じくらい、裏切らないで欲しいと銀色の魔導士に願っていた。
 叶うなら奪いたかったけれど、それよりもずっと。
 彼女が笑ってくれることの方が重要だったから。

 話し声が絶えて目を開いて見れば、男が薄笑いを浮かべてレティシアを見上げている。
 レティシアがつまらなそうな顔で振り返った。

「ロイドはどこにいる? お前の部屋か?」

 クロノスは緩慢に目をしばたいた。
 この男の前で、その話題を出す真意を探ろうとした。だが、レティシアの冷ややかな目つきからは何も読み取れない。
 無言のまま、クロノスは組んでいた腕をといた。
 床に座らされたままの男は、ひどく甘ったるい目つきでにこりと微笑んできた。殴られた頬はまだ少し腫れていたが、暴行直後よりは明らかにひいている。回復が早い。

「我々と人間の間には子どもができにくい。そして、我々は非常に数が少ない。こうして番になれる男女が揃っているのに、みすみす発情期を逃すのはもったいない。ロイドの意思確認くらいはしてもいいだろう」

 クロノスは、淡々と話すレティシアの口元をじっと見つめていた。

(ついさっきまでは、否定的だったはずだ。何を話した? どうして考えが変わった?)

「ロイドさんには俺から話しましょう。急ぐ必要はない」
「今がいい」

 レティシアの瞳をまっすぐに見て、クロノスは歯切れよく言った。

「では、この場でお断りします」
「お前には聞いていない」
「俺は耳に入れる必要性すら感じていません。その男がロイドさんをまともに扱うとは思えない。レティシア、何を取引しました?」
「私に意見をする気か」

 レティシアが拳を振りかざし、振り下ろす。
 空気が引き裂かれる衝撃。
 クロノスは、顔の前で腕を交差させてその不可視の攻撃を防いだ。

「図星か。ロイドさんと引き換えにしてもいいくらいの約束を取り付けましたか」

(目を離さないで良かった)

 レティシアは何かが異質だ。
 かつて強敵と相対したときを思わせる、強烈な圧迫感がある。

「たとえお前でも分が悪い戦いになるぞ」

 レティシアの声が、残忍な麗しさで響き渡る。 

「俺は相手が『魔王』であっても、簡単には負けません。あなたは」

 引き返せなくなる。
 わかっていても、喉元まできている。

「『魔王』の騙りに苛立つあなたは何者ですか」

 表情のない、白銀の女王。
 最後の一言が言えずに見つめ合っているうちに、ふっとその唇に笑みが浮かんだ。

「ロイドを渡せ。我々が『何者か』そろそろあたりはつけているんだろう。部外者が立ち入るな」
「渡しません。ロイドさんを渡したらどうなるか、想像はつきます。俺はロイドさんの友人として、あの人を守る理由は十分にある。同族の繋がりを盾にされても、知ったことじゃない」

 風など吹くはずもない屋内だというのに、レティシアの髪がふわりと舞った。

「……話の通じない男だ」

 ぽつり、と恨み言のような呟きがレティシアの唇からもれた。
 そのまま、手を下ろして横へと伸ばす。金髪の男の頭の上にそっと置いた。

「シグルド」

 次の瞬間、空気の重みが増した。
 その重苦しさをものともせずに、男がゆっくりと立ち上がる。

(封印を解いた!?)

 並び立つ男を見上げて、レティシアは短く「行け」と命じた。
 素早く駆けだした男に目をむき、クロノスは両手を床に向ける。
 口の中で秒で呪を唱えて放つ。

 轟音を立てて、男の足元の床が爆散した。
 その砂埃をかいくぐって男は止まらずに走る。

「行かせるか」
「お前の相手は私だ」

 レティシアに攻撃を加えられるのは予期出来ていた。
 ある程度のダメージは覚悟の上、クロノスは男の前に飛び出す。
 振りかざしてくる拳を紙一重でかわして、その腕に手をかけ強く魔力を込めた。
 ふわっと男の身体を浮かせて、ありったけの力で弾き飛ばし、壁に叩き付ける。
 すかさず腕を顔の前に持って来て、背後から襲い掛かってきたレティシアの魔法の炎を受け止めた。

「さすがに戦い慣れているな」
「俺はまだ、話し合いを諦めてはいません。レティ、なぜ気が変わった。暇つぶしなら悪質すぎる」
「べつに。私だって、一族の繁栄までは望まないにしても、滅びはもう少し先でも良いのではないかと思っている。ルーク・シルヴァとて、子を成さないかもしれないんだ。産める誰かが産めばいいとは思うだろ」

 そう言ったレティシアの表情には、痛々しいほどの自虐がのぞいていて、まともに目にしたクロノスまで顔を歪めそうになった。

「憐れむなよ」

 敏感に察したレティシアが皮肉っぽく笑う。

「あなたは一度死んで――殺されて、ルーク・シルヴァの身体を間借りしている?」

 壁にめりこんでずり落ちた男が目を覚まさないか、意識を張り巡らせながらクロノスは慎重に問う。

「そうだな。お人好しの兄の身体に棲んでいる。私はこの身体の中から彼と同じものを見る。彼が誰を気にしていて、目で追うようになって、いつしか友人になり、恋人になっていくのかを見ていた。このままここに居続ければ、やがて二人が睦みあう様を、その先の未来まで我が事のように体感しながら見ることになるだろう」

 少しだけ、考えていた。
 明らかにルーク・シルヴァに執着しているこのひとが、当の本人と一体になってしまっているがゆえに、おそらくはどうしても出会うことも触れ合うこともできない状況について。

(愛するが故に、ひとつになりたいと願うことはあるにせよ……。その形はあまりにも)

「それは君自身の選択なのか」

 問いかけに、レティシアは声を立てずに笑った。

「私と兄の選択だ。だが、こうなるに至った『死』は私も兄も望んだものじゃない。それは突然外から現れて、私を奪っていった。あの男、ロイドを与えても、命までは奪わないそうだ。子どもが欲しいのは嘘じゃないらしい。多少辛い思いはするかもしれないが、本当に殺された私より遥かにマシだよ」

 ロイドを与える、と。そう言った。
 頭の中を塗り潰すような彼女の黒い悲しみを感じる一方で、その身勝手さに怒りがこみあげてくる。

「同情する余地はあるが、許せることじゃない。今は起きてしまった悲劇ではなく、まだ防げるであろう出来事の為に全力を尽くさせてもらう」

(急な心変わりには、何か理由があるはずだ。絶対、ロイドさんの件だけじゃない。というか、ロイドさんをこんな風に扱うひとが、この先ルーク・シルヴァの思い人に手を出さない理由がない……! なんでこのタイミングで身体を明け渡したんだよ、ルーク・シルヴァ!!)

 次に会ったら覚えていろ、という恨み言を胸の内で爆発させて。
 指先で空に術式を描きながら、宣言する。

「あなたを傷つけた場合、ルーク・シルヴァも無事では済まないのかもしれませんが……、それでも俺はあなたを止めなければいけない。たとえ、その命を奪ってでも」
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