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第七章 国難は些事です(中編)
行き着く先まで(後)
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「なんで寝ちゃうかなぁ……」
溜息をつきながら、クライスは隣に座る男の顔をしげしげと眺める。
気持ちよさそうな寝顔を見ているうちに、色々抱え込んでいたはずの不満もどこかへ行ってしまいそうだった。
円卓の間にはすでに、他に誰もいない。
二人きり。
バルコニーに面した窓からは爽やかな光が盛大に差し込んでくる。
(お腹空いた。修行にも戻りたい。イカロス王子が「クライス」だって言うからやっぱりちょっと気になる。してもいない初体験を思い出させようとしてくるクロノス王子はむかつく。アレクス王子の求婚もわけわかんない)
しかも今度からは「ルミナス」を名乗れと言われるし。
仕事のことでも考えようかなと思えば、カインとの一件が浮かんできて、気持ちが沈み込む。
(ロイドさんも体調悪いみたいだった。一人でいいって言っていたけど大丈夫かな……)
バタバタと出て行ったロイドのことも気にしつつ、痛いほどに空腹を訴えてくるお腹のせいでぼんやりしてしまう。
ちらりと寝顔に目を向け、小さく吐息。
「寝ててもカッコイイなんて、ずるいよ。怒れないじゃん」
その呟きに重なるように、どこか遠くから恐ろしく早足で近づいて来る靴音が耳に届いた。
なに、と思う間もなくドアがバタンと開かれる。
「起きてるか、ルーク・シルヴァ!」
* * *
寝てた。
予想通りの光景を目にして、クロノスは荒々しい足取りで部屋をつっきり、ルーク・シルヴァの元まで行った。
驚いて目を丸くしているクライスに構わず、ルーク・シルヴァの胸倉を両手で鷲掴む。
「おいこらいい加減に起きろ! 王子様にキスして欲しいのかこの野郎。すっげえディープなやつしてやんぞ!」
「やめなよっ」
クライスが取り成すように腕を伸ばしたところで、強い緑の光が生じた。
ルーク・シルヴァが目を開いていた。
「うるせぇな」
「騒いでいるからな。目覚めの気分は?」
「最悪だ」
「結構。それで良い」
割って入る余地もないクロノスの勢いに気圧されつつ、クライスは「えーと」と小声で言った。
その目の前で、クロノスがぐいぐいとルーク・シルヴァの胸倉を引っ張り、立ち上がらせようとしている。
「乱暴やめなよ。寝起きだよ?」
「起こしたから知ってる。二人で話したいことがあるんだ。お前は顔出すなよ
」
有無を言わせない強い口調で言い捨ててから、クロノスはルーク・シルヴァの腕に腕をがっちりとまわして連れ立ってバルコニーに出て行く。
その後ろ姿を、クライスは「なんなの……?」と呟いて見送った。
* * *
明るい陽射しが差し込むバルコニーで、ルーク・シルヴァは目を細めて欠伸しようとした。
クロノスに両肩に手を置かれて、中途半端に口を開いて止めた。
「発情期ってなんだ?」
ルーク・シルヴァはぼさっとクロノスを見返す。間抜けな表情をしていても隙のない美形ぶりに、クロノスは苛立ちを覚えつつ、返答を待った。
ややして、ルーク・シルヴァが億劫そうに言った。
「悩める青少年かよ」
「違う。そうじゃなくて、ロイドさんだよ。発情期が来たって言ってのたうち回ってるんだけど。どうすればいいんだ?」
「ロイドか。番がいるわけでもないし、どうにもできないだろう」
(やっぱりこのひとたち、「発情期」自体はあるんだ)
「何か方法はないのか?」
クロノスの真摯な問いかけに対し、ルーク・シルヴァは灰色のローブの胸元を軽く指先で摘まんで整えながら、ごく普通の口調で言った。
「ある。生死彷徨うくらいの大怪我をさせて、自然に回復するのを待つ。生存が危ういと身体が理解すれば発情期もやり過ごせるはずだ」
「そんな危険な方法!?」
自分の耳を疑いながら聞き返すと、ルーク・シルヴァの翡翠のような瞳にまっすぐ見つめ返されてしまった。
「生きるか死ぬかすれすれくらいだ」
「怖いこと言うなよ。もう少しまっとうな方法が良い。前回はどうしたとか、番っていうのは……」
(いないと言ったな。それはそうだ、今すぐどうにかできる距離にいるなら、「ルーク・シルヴァになんとかしてもらう」なんて言わない。そもそも前回はどうしたんだ? ロイドさんはたまたま今が女性型なだけで、本来は男性寄り……? 性衝動というだけでなく、目的が生殖メインなら、相手には異性を選ぶか?)
ぐるぐると考えているクロノスに対し、ルーク・シルヴァは吐息して言った。
「ロイドが発情期に入ったと聞いたのは俺も初めてだ。あいつ今女性型だよな? 処女だぞ。同じ痛いなら、半殺しを選ぶんじゃないか。半殺しというか、死ぬすれすれだが」
クロノスは無言のままルーク・シルヴァの胸倉を力一杯掴んだ。
「今のは聞き捨てならないぞ。同じ痛いなら、ってなんだそれ!?」
「どちらにせよ、番がいないんだ。あいつを気遣って抱く相手に身を任せられればいいが。それよりは、大怪我を選んだ方が本人が納得するんじゃないかという話だ」
「なんでその二択なんだよっ。納得なんかできるか!」
「お前はな。あとはロイドの問題だろ」
そっけなく言われて、反論できないのが無性にイラただしく、クロノスはわしゃわしゃと髪をかきむしった。
「これ以上有益な情報がないなら、いい。時間を無駄にした。他に方法がないか考える。一体、どういう種族なんだ!?」
問われたルーク・シルヴァは口をつぐんだ。
その表情を見て、何も明かす気はないらしい、と仄かな絶望に胸を疼かせながら悟った。この人は、肝心なことは教えてくれない。見えない線を引いている。
「わかった。聞かない。だけど、これだけは言っておく。お前、絶対クライスに手を出すなよ。優しくできない男なんか最低だ。ルミナスだって初めてのときは」
「ルミナス?」
ぽつり、と呟くように。
ルーク・シルヴァにその名を口にされてクロノスは動きを止めた。
違和感。
(……あの時、起きて、聞いていたよな?)
王宮へ戻る馬車の中での、クライスとの会話。
「ルミナスがどうした。自分のものにした妄想でも?」
どことなく冷たく微笑まれて、クロノスはまじまじとその顔を見返してしまう。
(レティのときの記憶、ないのか? それにしても、ルミナスと言ったとき、どこか懐かしそうな顔をした。もしかしてこのひと、クライス以前に「ルミナス」を知っているんじゃないか……?)
「クロノス。変な顔してるぞ。目を開けたまま寝ているのか?」
「そこまで器用じゃない。考え事をしていた。もう行く」
いつも通りを装っての受け答え。踵を返して歩き出し、思い直して肩越しに振り返り、ルーク・シルヴァの美貌を視界におさめて言った。
「ばーか」
「あほー」
思った以上に馬鹿らしい運びになった会話を打ち切って、クロノスはその場を後にした。
クライスがものすごく何か言いたそうに見ていたが、今は話す気にはなれずに適当に手を振って部屋を出る。
クロノスの去った後ろ姿を眺めていたルーク・シルヴァは、声に出さず胸の内で呟いた。
(発情して真っ先に、クロノスに助けを求めたって……。ロイドお前、自分で気付いているのか? 求愛行動じゃないのか、それ。……クロノス?)
フードをかぶったところで強い風が吹き、フードが外れた。
鬱陶しそうに眉をひそめて乱れる髪を大きな掌でおさえながら、遠くに視線を投げた。
* * *
部屋を出て来た勢いで廊下を急ぎ歩いていたものの、クロノスの足取りは段々重くなる。やがて止まった。
大きな廊下にぶつかるところで、柱の影に背を預けて溜息をつく。
通りすがりの文官たちの声が耳に入った。
「イカロス様が魔導士だったとは。たしかに、普段から行動の掴めない方だし、皆に内緒で修業をしていたというのは考えられることだが」
「アレクス様も、かなりの剣の使い手であるのを隠していたしな」
「王子様方は一体なぜ隠すのか」
「この流れで言えばクロノス様も」
「いや、それないだろう」
話し声が遠のいていく。
(なんで「それはないだろう」なんだよ!? その根拠はなんだよ……!! オレ魔導士だよ!)
心の中で盛大につっこみつつ、深い溜息をつく。今はいい。余計なことに構っている場合ではない。
「発情期……」
思わず声に出してしまい、そんな自分に気付いて口を手でおさえる。
(同じ種族ということは、アゼルやルーク・シルヴァにもいずれ時期がくるものか? ロイドさんが初めてってことは、そんなに頻繁じゃない……? とりあえず今回はどうやってしのぐんだ。半殺しでしかも治療しないなんて、無理だ)
だとすれば、つがう相手を見つけるしかないのか。
(つがうってなんだよ。孕ませるってことか? ロイドさんを?)
想像だけでくらくらする頭をおさえて、クロノスは実務的なことだけに集中しよう、と自分い言い聞かせる。
(ロイドさんは客観的に見てすごい美女だ。魔導士としても強いし、性格も温厚で人がいい。食事の作法も完璧。男性型はやんちゃな少年のように見えたけど、女性として振舞っている今、不自然な点はない。そこらの王侯貴族の姫君なんか太刀打ちできないスペック……。ルーク・シルヴァがどこぞの王族だとは言っていたけど、それに近いポジションにいたんだ。実際、国に帰ればそれなりの立場があるんだろう)
実力、性格、容姿、身分。
ロイドが条件を気にするかどうかはわからないが、クロノスの方でひとまず誰か見繕って「番に」と紹介するにしても、適当な人材がまったく思いつかない。
その観点からすると、相手がルーク・シルヴァというのは妥当な線にも思えるのだが、万が一頼んだが最後、あの男は「半殺し」の方を選ぶ気がしてならない。
(いつまでも眠らせておくわけにもいかないのに)
それこそ食事をさせなければ、衰弱してしまう。
かといって、目を覚ましたらまた苦しみだすに違いない。
何がなんでも早急に解決策を見つけるしかないのだ。
「ロイドさんにつりあう、ふさわしい男なんか、いない……」
心の底からの本音を思わず口にして、クロノスは目を瞑り溜息をついた。
溜息をつきながら、クライスは隣に座る男の顔をしげしげと眺める。
気持ちよさそうな寝顔を見ているうちに、色々抱え込んでいたはずの不満もどこかへ行ってしまいそうだった。
円卓の間にはすでに、他に誰もいない。
二人きり。
バルコニーに面した窓からは爽やかな光が盛大に差し込んでくる。
(お腹空いた。修行にも戻りたい。イカロス王子が「クライス」だって言うからやっぱりちょっと気になる。してもいない初体験を思い出させようとしてくるクロノス王子はむかつく。アレクス王子の求婚もわけわかんない)
しかも今度からは「ルミナス」を名乗れと言われるし。
仕事のことでも考えようかなと思えば、カインとの一件が浮かんできて、気持ちが沈み込む。
(ロイドさんも体調悪いみたいだった。一人でいいって言っていたけど大丈夫かな……)
バタバタと出て行ったロイドのことも気にしつつ、痛いほどに空腹を訴えてくるお腹のせいでぼんやりしてしまう。
ちらりと寝顔に目を向け、小さく吐息。
「寝ててもカッコイイなんて、ずるいよ。怒れないじゃん」
その呟きに重なるように、どこか遠くから恐ろしく早足で近づいて来る靴音が耳に届いた。
なに、と思う間もなくドアがバタンと開かれる。
「起きてるか、ルーク・シルヴァ!」
* * *
寝てた。
予想通りの光景を目にして、クロノスは荒々しい足取りで部屋をつっきり、ルーク・シルヴァの元まで行った。
驚いて目を丸くしているクライスに構わず、ルーク・シルヴァの胸倉を両手で鷲掴む。
「おいこらいい加減に起きろ! 王子様にキスして欲しいのかこの野郎。すっげえディープなやつしてやんぞ!」
「やめなよっ」
クライスが取り成すように腕を伸ばしたところで、強い緑の光が生じた。
ルーク・シルヴァが目を開いていた。
「うるせぇな」
「騒いでいるからな。目覚めの気分は?」
「最悪だ」
「結構。それで良い」
割って入る余地もないクロノスの勢いに気圧されつつ、クライスは「えーと」と小声で言った。
その目の前で、クロノスがぐいぐいとルーク・シルヴァの胸倉を引っ張り、立ち上がらせようとしている。
「乱暴やめなよ。寝起きだよ?」
「起こしたから知ってる。二人で話したいことがあるんだ。お前は顔出すなよ
」
有無を言わせない強い口調で言い捨ててから、クロノスはルーク・シルヴァの腕に腕をがっちりとまわして連れ立ってバルコニーに出て行く。
その後ろ姿を、クライスは「なんなの……?」と呟いて見送った。
* * *
明るい陽射しが差し込むバルコニーで、ルーク・シルヴァは目を細めて欠伸しようとした。
クロノスに両肩に手を置かれて、中途半端に口を開いて止めた。
「発情期ってなんだ?」
ルーク・シルヴァはぼさっとクロノスを見返す。間抜けな表情をしていても隙のない美形ぶりに、クロノスは苛立ちを覚えつつ、返答を待った。
ややして、ルーク・シルヴァが億劫そうに言った。
「悩める青少年かよ」
「違う。そうじゃなくて、ロイドさんだよ。発情期が来たって言ってのたうち回ってるんだけど。どうすればいいんだ?」
「ロイドか。番がいるわけでもないし、どうにもできないだろう」
(やっぱりこのひとたち、「発情期」自体はあるんだ)
「何か方法はないのか?」
クロノスの真摯な問いかけに対し、ルーク・シルヴァは灰色のローブの胸元を軽く指先で摘まんで整えながら、ごく普通の口調で言った。
「ある。生死彷徨うくらいの大怪我をさせて、自然に回復するのを待つ。生存が危ういと身体が理解すれば発情期もやり過ごせるはずだ」
「そんな危険な方法!?」
自分の耳を疑いながら聞き返すと、ルーク・シルヴァの翡翠のような瞳にまっすぐ見つめ返されてしまった。
「生きるか死ぬかすれすれくらいだ」
「怖いこと言うなよ。もう少しまっとうな方法が良い。前回はどうしたとか、番っていうのは……」
(いないと言ったな。それはそうだ、今すぐどうにかできる距離にいるなら、「ルーク・シルヴァになんとかしてもらう」なんて言わない。そもそも前回はどうしたんだ? ロイドさんはたまたま今が女性型なだけで、本来は男性寄り……? 性衝動というだけでなく、目的が生殖メインなら、相手には異性を選ぶか?)
ぐるぐると考えているクロノスに対し、ルーク・シルヴァは吐息して言った。
「ロイドが発情期に入ったと聞いたのは俺も初めてだ。あいつ今女性型だよな? 処女だぞ。同じ痛いなら、半殺しを選ぶんじゃないか。半殺しというか、死ぬすれすれだが」
クロノスは無言のままルーク・シルヴァの胸倉を力一杯掴んだ。
「今のは聞き捨てならないぞ。同じ痛いなら、ってなんだそれ!?」
「どちらにせよ、番がいないんだ。あいつを気遣って抱く相手に身を任せられればいいが。それよりは、大怪我を選んだ方が本人が納得するんじゃないかという話だ」
「なんでその二択なんだよっ。納得なんかできるか!」
「お前はな。あとはロイドの問題だろ」
そっけなく言われて、反論できないのが無性にイラただしく、クロノスはわしゃわしゃと髪をかきむしった。
「これ以上有益な情報がないなら、いい。時間を無駄にした。他に方法がないか考える。一体、どういう種族なんだ!?」
問われたルーク・シルヴァは口をつぐんだ。
その表情を見て、何も明かす気はないらしい、と仄かな絶望に胸を疼かせながら悟った。この人は、肝心なことは教えてくれない。見えない線を引いている。
「わかった。聞かない。だけど、これだけは言っておく。お前、絶対クライスに手を出すなよ。優しくできない男なんか最低だ。ルミナスだって初めてのときは」
「ルミナス?」
ぽつり、と呟くように。
ルーク・シルヴァにその名を口にされてクロノスは動きを止めた。
違和感。
(……あの時、起きて、聞いていたよな?)
王宮へ戻る馬車の中での、クライスとの会話。
「ルミナスがどうした。自分のものにした妄想でも?」
どことなく冷たく微笑まれて、クロノスはまじまじとその顔を見返してしまう。
(レティのときの記憶、ないのか? それにしても、ルミナスと言ったとき、どこか懐かしそうな顔をした。もしかしてこのひと、クライス以前に「ルミナス」を知っているんじゃないか……?)
「クロノス。変な顔してるぞ。目を開けたまま寝ているのか?」
「そこまで器用じゃない。考え事をしていた。もう行く」
いつも通りを装っての受け答え。踵を返して歩き出し、思い直して肩越しに振り返り、ルーク・シルヴァの美貌を視界におさめて言った。
「ばーか」
「あほー」
思った以上に馬鹿らしい運びになった会話を打ち切って、クロノスはその場を後にした。
クライスがものすごく何か言いたそうに見ていたが、今は話す気にはなれずに適当に手を振って部屋を出る。
クロノスの去った後ろ姿を眺めていたルーク・シルヴァは、声に出さず胸の内で呟いた。
(発情して真っ先に、クロノスに助けを求めたって……。ロイドお前、自分で気付いているのか? 求愛行動じゃないのか、それ。……クロノス?)
フードをかぶったところで強い風が吹き、フードが外れた。
鬱陶しそうに眉をひそめて乱れる髪を大きな掌でおさえながら、遠くに視線を投げた。
* * *
部屋を出て来た勢いで廊下を急ぎ歩いていたものの、クロノスの足取りは段々重くなる。やがて止まった。
大きな廊下にぶつかるところで、柱の影に背を預けて溜息をつく。
通りすがりの文官たちの声が耳に入った。
「イカロス様が魔導士だったとは。たしかに、普段から行動の掴めない方だし、皆に内緒で修業をしていたというのは考えられることだが」
「アレクス様も、かなりの剣の使い手であるのを隠していたしな」
「王子様方は一体なぜ隠すのか」
「この流れで言えばクロノス様も」
「いや、それないだろう」
話し声が遠のいていく。
(なんで「それはないだろう」なんだよ!? その根拠はなんだよ……!! オレ魔導士だよ!)
心の中で盛大につっこみつつ、深い溜息をつく。今はいい。余計なことに構っている場合ではない。
「発情期……」
思わず声に出してしまい、そんな自分に気付いて口を手でおさえる。
(同じ種族ということは、アゼルやルーク・シルヴァにもいずれ時期がくるものか? ロイドさんが初めてってことは、そんなに頻繁じゃない……? とりあえず今回はどうやってしのぐんだ。半殺しでしかも治療しないなんて、無理だ)
だとすれば、つがう相手を見つけるしかないのか。
(つがうってなんだよ。孕ませるってことか? ロイドさんを?)
想像だけでくらくらする頭をおさえて、クロノスは実務的なことだけに集中しよう、と自分い言い聞かせる。
(ロイドさんは客観的に見てすごい美女だ。魔導士としても強いし、性格も温厚で人がいい。食事の作法も完璧。男性型はやんちゃな少年のように見えたけど、女性として振舞っている今、不自然な点はない。そこらの王侯貴族の姫君なんか太刀打ちできないスペック……。ルーク・シルヴァがどこぞの王族だとは言っていたけど、それに近いポジションにいたんだ。実際、国に帰ればそれなりの立場があるんだろう)
実力、性格、容姿、身分。
ロイドが条件を気にするかどうかはわからないが、クロノスの方でひとまず誰か見繕って「番に」と紹介するにしても、適当な人材がまったく思いつかない。
その観点からすると、相手がルーク・シルヴァというのは妥当な線にも思えるのだが、万が一頼んだが最後、あの男は「半殺し」の方を選ぶ気がしてならない。
(いつまでも眠らせておくわけにもいかないのに)
それこそ食事をさせなければ、衰弱してしまう。
かといって、目を覚ましたらまた苦しみだすに違いない。
何がなんでも早急に解決策を見つけるしかないのだ。
「ロイドさんにつりあう、ふさわしい男なんか、いない……」
心の底からの本音を思わず口にして、クロノスは目を瞑り溜息をついた。
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