こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
70 / 122
第七章 国難は些事です(中編)

行きつく先まで(中)

しおりを挟む
 ロイドがくすんっと鼻を鳴らして言った。

「やばい。怖い」
「やばいって、それは性的な意味でですか」

 クロノスの直截的な言葉に、ロイドはびくりと細い肩を震わせた。
 大きく見開いた瞳にうるうると涙をにじませながら、小さく頷く。内腿をすり合わせるようにもじもじとしてから、自分を抱きしめる腕にぎゅっと力をこめた。

「へんなこと言って、ごめん。からだが熱くて……。どうすればいいか、わからなくて。だ、だけど、大丈夫っ。ルーク・シルヴァになんとかしてもらうからっ」

 何かを振り切るように言ったロイド。
 クロノスがすかさず確認した。

「なんとかって。性行為をするんですか?」

 顔を真っ赤に赤らめたまま、ロイドは俯いてしまう。
 ずるりとソファから前のめりに崩れて床に膝をつき、ぺたんと座り込んだ。
 何事かと、クロノスは足早に近づいて、すぐ横に膝をつく。
 キャミソールドレスの肩紐は片方ずり落ちていて、裾がまくれあがり太腿があらわになっているのが目に飛び込んできた。ロイドは、唇を噛みしめながらも悩ましく息を漏らし、目を瞑って身体を細かく震わせている。
 抱き起そうと差し伸べた手を、クロノスは中途半端に宙でとめた。

「その場合、クライスは大丈夫なのかなと、考えてしまいまして」
「ばれないようにするからっ」
「ばれたらまずいようなことは大抵ばれますよ」

 責める気などないのに、ついクロノスは思ったままを口にしてしまった。

「うん。でも、このままだと死んじゃう……」
「生き物としてそこまで危険な状態という意味ですか」

 目元までほんのりと染めたロイドが、クロノスに視線を向けて、呻いた。

「殿下、お願い、やめて。声、近くて、やばい。今ほんと、だめだから……、あんまり、その声で、攻めないで」
「責める? そんなつもりはないです。ただ、死にそうだと言われたら放ってはおけない。どういう要因で死ぬんですか?」

 逃れようとするように、ロイドは身体をひねって後ろに手をつき、後退しながらクロノスを見上げた。背をそらす姿勢になったせいで張りのある胸が強調され、裾はいよいよ足の付け根の危ういところまで割り込んだ。
 動きを止めているクロノスに対し、ロイドはぐすっと鼻をすすりあげながら、半ばやけになったように押し殺した声で叫んだ。

「ごめん、死ぬってのは比喩。頭おかしくなりそうなくらい辛い。性的な意味で!!」

 言い終えてから、「もうやだ……」と涙声で呟いて俯いてしまう。そのままぐずぐずと言った。

「どうしよう……。たぶん、オスを誘発するようなもの、出てるんだよね……。匂いとか。このままだと、周りも巻き込んじゃう……」

 ついに涙がこぼれ落ちた。
 唇を震わせながら、クロノスをおそるおそるのように見上げる。

「こんなつもりじゃなかったのに」
「ロイドさん。落ち着く……のは無理かもしれないから、まずオレが落ち着きます。事情はわかりました」

 ロイドの動きを遮るように、中途半端に浮かせていた片方の手を目の前で広げた。
 内心では恐ろしいほどの後悔に襲われていた。

(雄を誘発するようなもの……? 確かに、何かくらくらする。泣き顔はやばい)

 クロノスは深く息を吐き出した。

「ロイドさんがどうしてオレに助けを求めてきたのかはわかりました。オレは魔道士です。その気になればあなたの魔法抵抗も打ち破れると思います。だけど、なるべく抵抗しないで」
「なに?」
「眠りの魔法を使います。ひとまず強制的に眠らせます。その間に対策を練ります。無防備なあなたには誰も近寄れないようにしますから」
「あ、うん。それ、いいかも。あの、でも、殿下?」

 がくがくと頷きながら、いまだ潤みきった目で、ロイドは訴えた。

「抵抗、無意識にしちゃうかも」
「あなたも強い魔導士ですから、それは当然ですね。でも、ここはオレが強引に力づくでねじ伏せてでも勝たせてもらいます。大丈夫ですよ、オレ実戦向きなんで」

 不安は当然だと、クロノスは安心させるように微笑みかける。
 目を見開いてそれを見つめていたロイドは。
 支えを失ったように、身体をぐらつかせた。
 クロノスは慌てて背に手を伸ばし、抱き寄せながら目をのぞきこむ。

「怖くないですよ。力を抜いて身を任せて」
「あ……、それ、いや」

 腕から逃れたいらしく、ロイドが身じろぎをする。その弱い抵抗を封じるべく、クロノスはなおさら強く胸に抱き込んだ。

「いや、じゃないですよ。そのわがままはきかない。逃げたら押さえつけてでもします。痛いことは何もしませんから」 
「……殿下」

 相当の混乱状態なのだろう、語彙を喪失したようにロイドはクロノスを「殿下、殿下」と呼んで身体を押し付けるようにすがりついてくる。

「どうしました? まだ怖い?」
 落ち着かせようと髪を撫でて指で梳きながら、クロノスはしずかな声で尋ねる。
 息を乱したロイドが、ほっそりした指を差し伸べて、クロノスの顎に触れた。

「殿下、お願い。私の集中を乱して……。抵抗したくないから、ぐちゃぐちゃに乱して」
「もう十分乱れていますよ。辛そうです、早く楽にしてあげたい」

 見たままを告げたが、ロイドはふるふると首を振る。濡れた瞳から涙をこぼしながら、掠れた声で懇願した。

「口づけして。何も考えられないように。奪って」

 クロノスは、躊躇わなかった。
 ロイドの細くやわらかな身体を手荒に抱き直し、かみつくように唇に食らいついた。吐息も呻き声もすべて抑え込みながら、頭の中に術式を描いて魔法を行使する。
 触れ合ったところから魔法が浸透するのを願うように。
 やがて顔を離すと、ロイドの唇の端を伝った唾液を親指の腹でぬぐい取った。
 注意深くその寝顔を見つめ、完全に眠りに落ちているのを確認する。床に片膝をついてロイドを抱きかかえたままの姿勢で呟いた。

「びっくりした……」

 少しの間ぼうっとしていたが、思い直したように立ち上がる。
 ロイドが言うように、確かにその身体からは「雄を誘発する何か」が出ているのかもしれない。口づけた瞬間は、自分でもやばいな、と思ったほどだ。
 意志の弱い男であれば、てきめんだろう。獲物と見定めたロイドを、滅茶苦茶に犯してしまうかもしれない。

(怖いよな……。咄嗟に男に戻ろうとしたのもわかる。ものすごく強固な結界を張っておこう。だけど、このままじゃいられない。早く対策をとらないと)

 ロイドの身体を寝台に運んで下ろす。
 乱れた衣服を簡単に整え、長い髪がくしゃくしゃにならないように手でおさえながら横たえた。
 
 そこに彼女がいることを人の認識から外す結界。
 万が一気付いても手を触れることができない結界。
 重ねがけをしてから、ようやく息を吐き出す。

(同じ種族なら何か対処法を知っている……か? くそ、あいつが寝ていたからロイドさんこっちに来たんだよな。あんな姿、オレに見られたくなかっただろうに)

 この落とし前は絶対あいつにつけさせてやる。
 脳裏に圧倒的美貌の灰色魔導士を描き、クロノスは拳を握りしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少女漫画の当て馬女キャラに転生したけど、原作通りにはしません!

菜花
ファンタジー
亡くなったと思ったら、直前まで読んでいた漫画の中に転生した主人公。とあるキャラに成り代わっていることに気づくが、そのキャラは物凄く不遇なキャラだった……。カクヨム様でも投稿しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...