こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
69 / 122
第七章 国難は些事です(中編)

行きつく先まで(前)

しおりを挟む
 ※会議再開※

「イカロスに関しては、私が説得しよう。ただの親子喧嘩と兄弟喧嘩の混合だ。たまたま親が国王夫妻だっただけで、騒ぎ立てるようなことではない。さっさと言い聞かせて終わらせてくる」
「物は言いようですね、勉強になります。兄上」

 笑って言ったクロノスに対し、アレクスは顔をわずかに傾けてクロノスの耳横に唇を寄せ、低い声で囁いた。

「お前に任せておくと、不慮の事故で全員始末されそうだ。仲が良くないのは知っているが、感心しない」
「人聞きが悪い」

 やりとりをしている二人の横で。
 両膝の上で、両方の拳を握りしめて、歯を食いしばっているロイド。
 動揺を表情に出すまいと堪えているが、微かに身体が震えている。 

(変だとは思っていたけど、これって。やばい)

 考えられる中でもかなり最悪の状況に突然放り込まれて、一人悶えていた。
 そのロイドの様子に、クライスだけは気づいて心配げな視線を投げている。
 そのうちに、アレクスがさっさと会議の終了を宣言した。

「うちの魔導士に、すごく使える男がいたみたいなんですが。使います?」

 安らかに寝ているルーク・シルヴァを示し、クロノスが投げやりに言ったが、「必要ない」とアレクスはきっぱりと答えた。

「疲れているようだ。クライスも、昨日からあまり休んでないだろうから、休ませておくように。用事があればあとで誰か呼びに行かせるから」

 * * *

(親子喧嘩+兄弟喧嘩。ずいぶん簡単に言ってくれる……っ)

 今生の家族の誰ともうまくやっていない自覚のあるクロノスとしては、何も言い返せない。
 不慮の事故狙いだろうとまで言われてしまっては、積極的に関わりにいく気も失せるというもの。
 健やかに寝ているルーク・シルヴァとクライスは今日は非番扱いということで、そのまま会議室に置き去りにしてきた。自分がついている、と申し出て来たロイドもいることだし、心配はしていない。
 なぜかアレクスと知り合ってしまっていたらしいアゼルは「ちょっと気になるから見てる」とアレクスと行動を共にすることを告げてきた。

(寝よう。俺も疲れている)

 変に頭がぼんやりとしている。もうだめだ。軽く朝食をとって、惰眠を貪ろう。
 そう決めて、足早に廊下を歩いていたときに、どん、と腰に鈍い衝撃を受けた。

「殿下……ッ」
「ロイ、!?」
「ごめん……、ちょっと話せる?」

 振り上げかけた腕を素早くおろしたクロノス。
 瞳を潤ませたロイドが、唇を噛みしめて見上げてきたところだった。

「どうしました?」
「ごめん、ちょっとやばい」

 これまでの落ち着き払った印象とは違う弱り切った様子に、クロノスは何事かと目をしばたく。足元が覚束ない。クロノスは、掴まれていた腕を引き抜いて、咄嗟に支えるように抱き寄せた。あっ、とロイドの口から甘い叫びが漏れる。

「ごめんなさい、どこか変なところ触りました? わざとじゃないんですけど」
「そうじゃないんだけど……。殿下、はやくどこか、ひとのいないところ」

 息を弾ませたロイドに言われて、クロノスは混乱しつつ足を踏み出す。ロイドと足並みが揃わない。支えた身体に、まったく力が入っていない。よほど具合が悪いらしいと了解し、「失礼」と声をかけてロイドを抱き上げた。

「殿下っ!?」
「このまま俺の部屋まで運びます。少し我慢してください。どこか見えないところでも怪我しています? アゼルを呼びますか?」
「いい、大丈夫……んん……」

 はぁっとロイドのこぼした吐息が熱い。
 頬を紅潮させて目を瞑り、弱く「ごめん」と言い続けている。

「何謝ってるんですか? 疲れが出たんじゃないですか。無理しないでください」

 何回謝ってるんだこのひと、と思ったせいでつい口調が強くなってしまった。 

「ああん……もぅ……」

 辛そうに呻いて、ロイドがほっそりとした指で顔を覆った。
 旅の魔導士「ロイド」に結び付けられないよう、女性として振舞っていると頭では理解しているが、男性体とは外見年齢も違うせいか、妙に色っぽい。

(近衛隊の連中もだらしない顔をして見てたな……。アゼルといい、レティシアといい、どういう種族なんだ……? 人間じゃ、ない?)



 部屋の前までたどり着くと、清掃に入っていた女官が出て来たところで、戸惑ったように言われた。

「殿下。お部屋に女性の方がいらっしゃると聞いていたのですが、わたくしどもが来たときにはすでにどなたも……」
「レティのことはいいんだ。掃除どうもありがとう。この後少し取り込むと思うから、急用以外は取り次がないでくれ。朝食もあとで二人分お願いする。いつもすまないね」

 にこやかに早口で言うクロノスを、三人並んだ女官が気圧されたように見る。

「銀髪、じゃない」

 腕の中に抱かれたロイドを見て、ひとりが正直な感想をもらした。

(そうだね。昨日とはまた違う女を連れ込んでるように見えるよね。アレクスも女連れ朝帰りだし、イカロスも死体で帰ってきたはずなのに起き上がってクーデター起こしているし、今日の三兄弟はどうかしているよね)

 一番どうかしている問題が宙に浮いているというのに、日常生活が保たれているこの王宮の優秀な人材に心から感謝したい。

「声をかけるまで、なるべく部屋には近づかないで」

 もうどう思われてもいいや、とクロノスは女官たちに微笑みかけつつ、ドアを開けて身体をすべりこませた。

 * * *

 部屋の中を見回して、クロノスはソファにロイドを横たえた。
 はぁ、はぁ、と荒い息をしており、胸が弾むように上下している。顔は手で覆われたまま。

「大丈夫ですか?」
「殿下、ごめんね」
「謝り過ぎ。まず自分の体調を気遣ってくださいよ」
「体調……。あの、ひかないで聞いて欲しいっていうか。ひかれても仕方ないんだけど……」

 言い淀みながら、ロイドは身体を起こして、ソファに座り直し、床に足をおろす。その動きだけで「うぅん」と呻き声を漏らしていた。かなり具合が悪そうに見えた。

変化へんげの魔法がきかない。男に戻れない」
「体調に魔力が影響を受けているんですか? すぐに戻らなければいけないということもないでしょうし、俺もできるだけのフォローはしますよ」

 クロノスは速やかに答えたが、ロイドは「うぅ~」と呻きながら両手で顔をおさえて沈み込むようにこうべを垂れた。

「他にも何か?」
「ひかないでね」

 ロイドらしくない、弱り切った声で念押しをされて、クロノスはいぶかしみつつ「はい」と返答をする。
 自分の身体を抱きしめるように両腕でおさえながら、ロイドはのろのろと顔を上げた。今にも涙を流しそうなくらいに瞳を濡らし、顔を辛そうに歪めてクロノスの目を上目遣いに見て来る。

(そんなに具合悪い……!? この短時間に何が? 毒でも盛られたか?)

 記憶をさらうクロノスに対し、小さな唇を震わせてロイドが言った。

「私、人間とはちょっと違う種族だって言ったと思うけど……。発情期がきちゃったみたい……」

 めまぐるしく考えていたせいで、クロノスの反応はやや鈍かった。言われた内容がよくわからないまま、問い返してしまった。
「発情?」

 ロイドが細かく頷く。

「いまかなりやばい……。からだが……」

 ああ、さっき急に赤くなったり反応がおかしかったのはそれか、と一通り考えてから、クロノスは動きを止めた。
 ロイドが口にし、自分が問い返した言葉を、今一度口の中で小声で繰り返す。頭に染み渡った瞬間、思わずのように言ってしまった。

「発情!?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました

ぽとりひょん
ファンタジー
熱中症で死んだ俺は、勇者が召喚される16年前へ転生させられる。16年で宮廷魔法士になって、アレな勇者を導かなくてはならない。俺はチートスキルを隠して魔法士に成り上がって行く。勇者が召喚されたら、魔法士としてパーティーに入り彼を導き魔王を倒すのだ。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

裏切られた公爵令嬢は、冒険者として自由に生きる

小倉みち
ファンタジー
 公爵令嬢のヴァイオレットは、自身の断罪の場で、この世界が乙女ゲームの世界であることを思い出す。  自分の前世と、自分が悪役令嬢に転生してしまったという事実に気づいてしまったものの、もう遅い。  ヴァイオレットはヒロインである庶民のデイジーと婚約者である第一王子に嵌められ、断罪されてしまった直後だったのだ。  彼女は弁明をする間もなく、学園を退学になり、家族からも見放されてしまう。  信じていた人々の裏切りにより、ヴァイオレットは絶望の淵に立ったーーわけではなかった。 「貴族じゃなくなったのなら、冒険者になればいいじゃない」  持ち前の能力を武器に、ヴァイオレットは冒険者として世界中を旅することにした。

中途半端な俺が異世界で全部覚えました

黒田さん信者
ファンタジー
「中途半端でも勝てるんだぜ、努力さえすればな」  才能無しの烙印を持つ主人公、ネリアがひょんな事で手に入れた異世界を巡れる魔導書で、各異世界で修行をする! 魔法、魔術、魔技、オーラ、気、などの力を得るために。他にも存在する異世界の力を手に入れ、才能なしの最強を目指す! 「あいにく俺は究極の一を持ち合わせてないもんでな、だから最強の百で対抗させてもらうぜ!」  世界と世界を超える超異世界ファンタジー!

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

処理中です...