こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
48 / 122
第五章 もつれあう前世の因縁

僕を知っているこの人を、僕は知らない

しおりを挟む
「フィリス、嬉しいよ。僕との約束を守って君は」

 イカロスが両手を広げ、親し気な笑みを浮かべてクライスへと語りかけた。
 ざくざくと歩き出したクライスは、無言のままイカロスに近づき、顔も合わせずにその横を通り過ぎた。
 広げた両手を綺麗に無視されたイカロスは目をしばたいてから、振り返った。

「えーと……、フィリス? どこへ?」

 すでに遠くへ進んでいたクライスは、足を止めて肩越しに振り返る。

「音のした方を確かめてくる。絶対何かあった」
「僕を置いて? こう、運命的な再会をしたってわかってる……!?」

 赤い目を見開いて非難がましく言うイカロス。
 ぼさっと見つめたクライスは、一応身体ごと振り返り、軽く腕を組んで小首を傾げた。癖のある赤毛が風になびく。

「ごめん。何も感じないんだ……。運命って何?」

 クライスより幼い少年の姿をしたイカロス。
 死んだはずの片割れの名前を知り、二人の間にあった約束を匂わす発言もあった。
 それでも、クライスはどうにも素直に「驚けなかった」。

(たぶんこの人は僕が驚くと思っていた。でも、実際何も感じなかった。偶然も必然も。それこそびっくりするくらい、心が動かなかった。「僕を知っているこの人を、僕は知らない」)

 少し待った。
 イカロスの赤い眼差しには戸惑いばかりがあり、言葉はなかった。
 待つのは終わり。

「何かあったなら調べないといけないんです。危険かもしれませんので、殿下はこの場に留まられるのが良いかと思います。誰か……、カインが近くにいます?」

 仕えるべき主筋の人間に対し、最低限の礼儀を尽くしつつ、近衛騎士としての職務を伝える。
 元来クライスは上に媚びたり取り入ったりする気が微塵もない。悪感情を抱かれても、譲れないところは譲る気が一切ない。

「行く必要はない。お前はここにいろ。僕と一緒に来るんだ……!」
「殿下。それはきけません。僕は国に仕える身ですが殿下の私兵ではありません。その命令に意味があるようには思えない。ここに二人でいて、何が解決します? 確認して、明らかな危険があるようでしたらすぐ戻ってお守りします。何もなければそれでいい。何かあった場合が問題なんです。行きます」
 
 時間の浪費を気にして、クライスは背を向ける。
 寸前、イカロスの瞳が紅蓮に染まったのが見えた。

(怒った)

 だからといって、引き返す気はない。
 距離をとりたい一心。
 彼の言動、存在。
 あまりにも心が動かないというのに。
 いきなり「お前の片割れだよ」と言ってきたとして、どう受け止めれば良いというのか。

 肉親としての片割れはとうの昔に死んでいる。 
 今現在自分が「片割れ」のように心を寄せている相手といえば、圧倒的美貌の銀髪の魔導士のみ。
 その姿を思い描くだけで、甘苦い痛みが胸を疼かせる。

(好きだと伝えあっているはずなのに、いつもつきまとうこの痛みは、いつまで続くのだろう)

 他の誰も、心のその場所に踏み込ませることなどできない。

 自分に言い聞かせるその一瞬、暗闇の中からこちらを見つめる瞳を感じる。イカロスではなく、黒髪の魔導士。わかっていながら気付かないふりをする。
 一人だけの場所なのだ。
 そこはもう埋まってしまっているのだ、と。
 だからあなたに心を乱される場合ではないのだと。
 要求されているわけでもないのに、言い訳が口をつきそうになる。
 締め出したわけじゃない。
 心のそこにそんな場所があると、気付いたときにはもう銀髪の魔導士しかいなかったのだ。

 たしかに。
 ともに戦ったあのとき、眩暈がするほどの相性の良さのようなもの、脳を直接覗き込まれているかのような思考の共有、呼吸がぴたりと添うのを感じたが。
 それでも、クロノスの為の場所はもう空きがない。 
 気持ちを振り切るように前を向き、クライスは突き進む。

(この上、イカロス王子までなんて。完全にキャパオーバーだ。無理)

 早足で墓石の間を抜けて、墓地裏手に立つ大樹のもとへと向かった。
 そのとき、ここで聞くとは思っていなかった声が耳に届いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

魔王の妃がただの娘じゃダメですか

狼子 由
恋愛
【完結済み】働いていた喫茶店をクビになったナリアは、なりゆきで魔王領へ行くことになった。 ところが、はなむけに常連客のアウレリオから貰った宝玉に目をつけられ、魔王領の入り口でとらえられる。引き出された玉座の間で、少年魔王は、ナリアを妻にと望むのだった。 ※小説家になろうに掲載していたお話を改稿したものです。 ※表紙イラストはイラストACさん(https://www.ac-illust.com/)からお借りしています。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました

ぽとりひょん
ファンタジー
熱中症で死んだ俺は、勇者が召喚される16年前へ転生させられる。16年で宮廷魔法士になって、アレな勇者を導かなくてはならない。俺はチートスキルを隠して魔法士に成り上がって行く。勇者が召喚されたら、魔法士としてパーティーに入り彼を導き魔王を倒すのだ。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

処理中です...