上 下
47 / 122
第五章 もつれあう前世の因縁

はじめての再会

しおりを挟む
 クライスの生家のある町は、小さい。
 全員顔見知りとまでは言わないが、外から来た人間の動向には敏感であり、クライス自身知り合いに会う可能性はとても高い。

(誰かに会う前に、お墓参りに行ってこよう)

 噂話を追えば、カインらの行方はすぐに追えるとふんでいる。
 ならばその前に。

 家族と不仲なわけではないが、特段の理由がない限り帰ることのない故郷の町は、実に三年ぶり。
 幼い頃に死別した片割れにも、先に挨拶をしておきたい。
 フードで顔を隠したまま、さっさと街中を進んで大きな道を途中で折れ、教会へと急ぐ。墓地はその裏手にある。

 陽が高く昇り始めていた。
 教会までの一本道は小石の転がる埃っぽい道で、周囲は草原となっている。人影はない。
 小さな白い花が草の合間で揺れていた。
 吹き抜ける風は爽やかで、歩き通してほてった身体に心地よい。
 前方には、ほどなくして尖塔がひとつだけの小さな白い教会が現れる。それを目にして、クライスはそのまま空に視線を上向けた。
 青さが目に沁みて、瞼を閉じる。

 何度も通い慣れた道。
 片割れの眠る場所。
 目を開けて、小さく唇を開いて呟く。

「ただいま」

 * * *

 教会の裏手に回り込み、丈の低い草地の間に石の並ぶ墓地に足を踏み入れたときも、予感らしい予感など何もなかった。
 元来、自分はそういう勘の鋭さとは無縁だと思っている。
 ただ、目的の墓標の前に誰かがいるのはすぐに気付いた。
 見覚えのない人だ。

 体つきは、少年のように見える。
 少し悩んだのは、真っ白な頭髪のせいだった。年齢がわかりにくい。
 たまたま何かを見つけて通りすがりにそこにいるのだろうか? と考えたが、動く気配はない。
 そうこうしているうちに自分もそこにたどり着きそうになり、一度距離を置いて足を止めた。
 まさにそのとき、その人は振り返ってクライスを見た。

 さあっと花の匂いをのせた風が吹いて、白い髪が柔らかになびいた。
 クライスに向けられた瞳は赤。

(誰かに似ている……)

 繊細にして端正な印象の目鼻立ち。自分はそういう系統の顔をたしかに知っている。
 クライスの視線の先で、その人はゆったりと笑った。少年のようにも、もっとずっと年上のようにも見える笑顔だった。
 形の良い薄い唇から、甘い声がこぼれる。

「フィリス」

 クライスは目を凝らして、彼が立っているそばの墓石を見た。
 ただの石だ。何も刻まれていない、目印であるところの石だ。
 微かに眉をひそめて、少年へと視線を戻す。反応に困り過ぎて、なかなか声が出ない。

「誰なんだろう」

 独り言のようになってしまった。
 予感めいたもの。胸騒ぎ。そういったものは一切なく、クライスからすると本当に意図せずして遭遇した誰か、だったのだ。
 そこに運命を変える何かが存在しているとは、その瞬間もどうしても思えずにいた。

 少年は穏やかな笑みを浮かべたままゆっくりと歩を進めてきた。
 髪も肌も白く、まとっている衣服も金糸の縁取りや刺繍こそあるが、光の中にあって真っ白に輝いて見える。足取りは滑らかで、浮遊しているかのように軽い。

「この姿で会うのは初めてだね。僕だよ、僕。クライスだよ」

 親し気な笑みを湛えた目元。
 そこにはたしかに、この出会いに懐かしさを見出している雰囲気がある。あるのだが。

「ごめんなさい、全然わからない。クライスは僕だし、フィリスは死んだ。あなたは誰なんだ」

 クライスは、かぶっていたフードをばさりとはいで、素顔をさらして一息に言う。 
 少年は軽く目をみひらいてから、肩をそびやかしてふうっと息を吐いた。

「順を追って説明した方が良さそうだね。僕はイカロス。こっちの名前は聞いたことがあるよね?」

 親し気な態度はそのままながら、どこか高飛車で威圧的な早口で少年が言った。クライスはすっと目を細める。
 その時どこか近いところで、バキバキと木の枝が折れるような音と、騒がしい話し声がした。

 * * *

 浮遊術組み合わせ問題。

「さて。オレは昨日からの約束でルーク・シルヴァを運ぶことになっているんだけど、アゼルはロイドさんにお願いできるのかな」

 目的地に続く一本道で、前後に人がいなくなったところでクロノスがそう切り出した。

「え? アゼルが飛べないわけないでしょ」

 きょとんとしたロイドの口に、アゼルが飛びつくように掌を当てて黙らせる。その上で、クロノスに勢いよく尋ねる。

「ステファノ、じゃなくて、クロノスは私じゃだめなの?」
「うん。アゼルはだめ」

 直截的な問いかけに対し、明確な拒絶回。「この件に関しては」との注釈がついていそうであったが、アゼルは堪えたらしい。

「……ダメージ受けるくらいなら、つまんない嘘はやめなよ」

 涙目でぼうっとしているアゼルに対してロイドがぼそりと呟き、アゼルは「年取って涙もろくなっただけよ」と強がりとしてはやや弱い一言をもらした。
 目を細めて、いかにも鬱陶しそうな表情で経過を見ていたルーク・シルヴァが冷ややかに言った。

「俺もロイドも一人で大丈夫だし、王子とそこのが一緒でも構わないんだが」
「そういうわけにはいかないよ。魔力の無駄遣いは良くない。温存、温存」

 アゼルに差した光明はクロノスが秒で粉砕する。
 もはやどうにも、とアゼルは肩を落とした。それを見かねたわけではないだろうが、溜息をついたルーク・シルヴァは大股に歩み寄るとアゼルの背から腰にかけて無造作に腕をまわした。

「俺はクロノス以外が良い。先に行く」

 立ち位置の関係で、たまたまアゼルがロイドより少しだけルーク・シルヴァに近かった。理由はおそらくその程度と推測されたが。

「ええー!?」

 異口同音に咎めるような悲鳴が上がっても、元魔王は気にした様子もなくふわりと浮き上がる。

「ちょっと!」

 上昇の最中にもアゼルは抗議をしたが、ルーク・シルヴァは動じることなどなく、冷然とした態度をいささかも崩さなかった。

「嫌なら自分で飛べ。なぜ飛べないふりをしているのかよくわからない。だが、本当は飛べるとあいつに知られるのはまずいんじゃないのか」

 ごくごく淡々とした口調で言われて、アゼルは一瞬だけひるんだ顔をした。
 しかしその目には、まぎれもなく怒りが浮かびつつあった。
 

 一方、地上に残されたクロノスとロイドは、思いがけない展開に顔を見合わせていた。
 ややして、ほぼ同時にふきだした。

「ロイドさんをエスコートできるなんて光栄なんですけど。もしよろしければお手を」

 クロノスが差し出した手に、ロイドは笑いながらそっと手をのせる。

「どうしてこうなるんだろうね」
「オレが積極的過ぎるので、ルーク・シルヴァに避けられているからです。とはいえ、感触は悪くないと思っています。あの人、押しに弱いでしょう」

 唇の端をわずかに釣り上げて、にいっと悪そうに笑いながらクロノスが言う。
 ロイドは肩にかかった髪を片手で後ろに払い、感じの良い笑みは維持したまましずかな声で答えた。

「押しに……。たしかに。昔からそういうところあるね。背負えちゃう奴だからさ、拒めないの。肝心なときほどね。そういう意味ではあいつ結構、無防備だよ。懐に潜り込んでしまえば、刺すのなんてわけがない」

 クロノスが問うように視線を向けても、ロイドは目を合わるのを避けたかの如く遠くを見ていた。

「失礼」

 小さな声で断りを入れて、クロノスは空いていた手をロイドの背にまわして抱き寄せる。

「下りるのはどこか人気のないところが良いですね。あの二人を先行させるべきではなかった。急ぎます」

 この先の町に用事があるのは本来クロノスだけであり、先の二人に至っては目的がない。作戦に沿って行動しているわけではないので、着地場所選びも雑になる恐れが十分にある。

「違いない」

 肩に額が触れる程度に軽く身を寄せて、ロイドが笑いながら言った。
 後に飛んだ二人のこの会話は、実は非常に的を射ていた。

 クロノスとロイドが先行して飛ぶ二人を視界に見出し「なんか喧嘩してる?」と気付いたときにはルーク・シルヴァが飛行を解除したらしくいきなり揃って上空から地上へ向けて落下を開始した。
 止める間もなく。

 アゼルとルーク・シルヴァは、落下地点にあった緑生い茂る木の中へと吸い込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏
ファンタジー
たったひとりの王位継承者として毎日見合いの日々を送る第一王女のレナは、人気小説で読んだ主人公に憧れ、モデルになった外国人騎士を護衛に雇うことを決める。 騎士は、黒い髪にグレーがかった瞳を持つ東洋人の血を引く能力者で、小説とは違い金の亡者だった。 主従関係、身分の差、特殊能力など、ファンタジー要素有。舞台は中世~近代ヨーロッパがモデルのオリジナル。話が進むにつれて恋愛濃度が上がります。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)

みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。 ヒロインの意地悪な姉役だったわ。 でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。 ヒロインの邪魔をせず、 とっとと舞台から退場……の筈だったのに…… なかなか家から離れられないし、 せっかくのチートを使いたいのに、 使う暇も無い。 これどうしたらいいのかしら?

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!

Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜! 【第2章スタート】【第1章完結約30万字】 王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。 主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。 それは、54歳主婦の記憶だった。 その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。 異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。 領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。             1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します! 2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ  恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。  <<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

処理中です...