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第四章 腹黒王子と付き合いの良い魔族たち
この空の下に君がいる(終)
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翌朝、ロイドが目を覚ましたときにはすでにクライスの姿はなかった。
出る前に気付いていたけれど、声をかけないで寝たふりをしたのだ。
走り書きをした置手紙が部屋の小さな卓の上に残されていて、お礼と謝罪と次回以降に埋め合わせをしたい旨の記述があった。すべてまた会える前提で書かれていて、その能天気さに笑いつつ、声に出して呟いた。
「クライスは字が汚ないね」
手紙を畳んで、荷造りした鞄に放り込む。
そのまま片方の肩にかけて背負い、振り返って部屋の忘れ物を確認。窓から見える青空と、差し込む朝陽に目を細め、届ける宛のない返事は胸の中で記した。
拝啓勇者様。
うっかり枕並べて寝ちゃってるけど。
オレとお前、ほんの少し前まで不倶戴天の仲だったんだぜ。
* * *
「昨日より疲れてない?」
宿を後にし、手近な食堂で卓を囲みながら、ロイドはルーク・シルヴァに恐る恐る声をかけた。
元魔王は、己の周囲の空気を暗黒に染め上げていた。他の客も店員も見事に顔を逸らしている。あまりにも誰も寄り付かないので、クロノスが注文その他雑用で席を立っていた。
「何があった?」
店全体に及ぶ瘴気が、総員に重苦しい静けさを強いているので、ロイドも声をひそめて尋ねた。
疲れきった表情で虚空を見つめたルーク・シルヴァは、陰々滅々とした声で言った。
「こんなに身の危険を感じた夜は久しぶりだ」
息を詰めて見守っていたロイドだが、クロノスの前世が脳裏を過ぎり、ごくりと唾を飲み込む。
あの広くはない宿の一室で、元魔王と救世の魔導士として向き合ってしまったのか。
「まさか。あいつ、お前の素性にまで気付いているのか」
「寝ようとはしたんだ。しかしどうにもあいつの影がちらついてな。熟睡はできなかったな……」
ルーク・シルヴァは骨ばった大きな手で口元を覆った。伏せた目元に、焦燥の色が濃い。
オレは勇者と長閑に一夜を過ごしたのに、そっちの部屋はヤるかヤられるかだったのか、と。深く感じ入ってロイドは何度も頷いた。魔力の大半を失っているとはいえ、元魔王をここまで追い詰めるとは、あの男ただ者ではない。
「なんの話をしてます?」
そこに、用事をすませたクロノスが戻って来た。
ルーク・シルヴァは口を閉ざして話をする様子はなく、ロイドはロイドで緊張して変な汗をかきながらも、辛うじて返事をした。
「実際のところ、クロノス殿下ってどのくらい強いのかなって」
椅子をひいて腰かけ、ロイドと向き合ったクロノスは、爽やかに破顔した。
「しばらく魔力を使っていなかったせいで、てんで駄目ですよ。俺も修行しないと。ロイドさんは、普段どんな修行をしてるんですか?」
「オレは腕立て伏せくらいだよ」
「腕立て伏せですか。オレも一日百回くらいするかな」
わずかに目を細めるようにして微笑みかけてきたクロノスの、寒気がするほどの甘い美貌に、ロイドは妙に気圧された。
(怖い。元魔王がこれほど消耗しているのに、こいつ多分絶対健やかに寝てる。その豪胆さに恐れ入る)
クロノスは果実水のグラスを運んできた女性店員に「ありがとう」と愛想をふりまいていた。この卓に近づくのは決死の覚悟が必要だったであろう店員だが、思わずのように笑顔になり、ついでに二、三言話して笑い声を上げている。
「オレまで悪寒がしてきた」
ロイドが小声で呟くと、ルーク・シルヴァは力なく首を振った。
「さしあたり、あいつの狙いは俺だと思う。お前にまで手は出さない……と信じている」
それを聞きつけたクロノスが、ふふっと明るく笑った。
「別に、朝っぱらからこんな場所で何か仕掛けたりしませんよ。落ち着いてください、お兄さん」
「お兄さんって呼ぶな。やめろ」
「そういう設定じゃないですか。その方がオレも都合がいいし」
(設定? 義兄弟の契りでも交わしたの? なんで? どうしてそうなるの)
二人の会話をなんとか脳内で補おうとしたロイドであるが、わからないものはわからないと、諦めた。
その後、卓に食事が並べられるとルーク・シルヴァは静かに食べ始め、クロノスとロイドで間を持たせるように話をした。
「二人はなんでこんなところにいたの?」
「クライスの生家を尋ねる予定だったんです。少し気になることがあって」
パンをちぎっていたクロノスが、手を止めて何気なく続けた。
「クライスって、双子らしいです。姉がいたんですよ。幼い頃に亡くなっているそうです。ただ、個人的に少し気になってまして」
「クライスの、姉?」
「あのクライスと魂を二分して生まれた存在なんて、どんな人だったのかなとか」
ロイドは、ルーク・シルヴァに視線を流す。素知らぬふりをしてスープをすくって飲んでいたが、聞いているし気にしている。
クライスは女性だ。なんらかの理由で男性と偽っている。
(双子の姉弟。表向き、死んだのは姉。でも十中八九それは──)
その後は三人とも食事に集中するふりをして会話は途絶えがちになった。
食後に熱いお茶を飲みはじめてから、クロノスが改まった様子で切り出した。
「お二人は、魔族が最近になってまた人里に姿を見せていることについてはどうお考えですか。被害が出れば討伐隊が組まれ、世の中の空気も変わって来るでしょう。それを未然に防ごうと考えているように見えるのですが」
茶のカップを卓に置き、ロイドは軽く咳払いをした。
「かつて魔王を打倒した勇者ルミナスは、殲滅戦ではなく共存の道を残した。オレはその路線を双方が守るべきだと考えている。『何か悪いことが起こりそうだから、いっそ駆除しちゃおう』って考えが人間側で主流になると、たぶん世界は滅びる。この魔族は良くて、あの魔族は駄目だとか細かいこと考えるのが早晩面倒になって、最終的に全面戦争になるだろうから」
その言葉にクロノスは深く頷いてから、ロイドの目をじっと見つめた。
「とはいえ、実際に『何か悪いことをしそう』な魔族がちらほらと出てきているようです。先日、王宮ではそこまでのお話はできませんでしたが。この件に関して、黒幕はいると思いますか?」
ロイドはルーク・シルヴァに目を向けた。互いに無言ながら、元魔王はロイドに話を促すように頷いた。
各地を渡り歩いているロイドは、魔物の動きの変化を追う中で、法則性や背後関係は当然考えている。
「まだ言える段階じゃないけど、偶然だとは考えていない。何者かの存在は想定している」
ロイドの答えを聞きながら、ルーク・シルヴァは腕を組んで背もたれに背を預ける。
遠くを見るまなざしで、物憂げに吐息した。
* * *
(最近、ロイドさんに会うたびにお世話になりっぱなしだなぁ……)
怪我の応急処置からはじまり、着る物食べる物に寝床。
知り合いの顔を見て安心したせいもあり、なし崩し的に頼ってしまった。
消えた剣聖の気配を追って、クライスは青空の下、街道を一人歩きながら、ひたすら反省をする。
ロイドもルーク・シルヴァも、基本的に人に優しい。
見返りを求めるそぶりもない。実際に、クライスからのお返しなど何も期待していないのはひしひしと感じる。二人は多分、当たり前のことをしているだけなのだ。人から何かを与えられる必要など全くない、完結したうつくしい生き物。
本来なら、言葉を交わすことなどありえないような遠い人たちなのかもしれない。
晴れ渡った空を見上げれば、雲はまばらで、薄い水色が遠くどこまでも伸びやかに広がっていた。
(僕はなんだか、小さいね)
まだ町が近いせいか、人や荷馬車とよくすれ違う。
クライスは、フードを指でつまんで引っ張って、深くかぶり直した。
ロイドは着替え一式を用意していたが、フード付きのローブもおまけでつけてくれた。野宿したりするときには、そのくらいの装備はあった方が良いだろうと。今は主に、人馬の砂埃を避けるのに役立っている。
多分、少し情けない顔もしている。知り合いに会いたくない気持ちもあった。
早足で歩いていると、背後から馬車の音がガタガタと聞こえてきた。
轢かれはしないだろうが、念のため道の端ぎりぎりに歩きながら、わずかに後方を振り返る。
見るとはなしに、御者の顔を見た。
目が合う前に顔を伏せた。見覚えのあるどころか、よく知った男だった。
(カイン……!?)
近衛騎士隊の同僚。
普段、滅多なことでは王都を離れることなどないはず。実際、今は近衛の服装ではない。まるでどこかの商家に使える、本物の御者に見えた。
馬車は、クライスの横を通り過ぎて行く。
すぐにクライスは顔を上げて、馬車の作りを確認した。
何の変哲もない、という言葉が合う。安っぽくはないが、塗りも大きさも並だ。中に乗っているのはせいぜい二人くらいだろう。
ふっと脳裏をかすめたのは、昨日見かけたアンジェラの姿。彼女もやはり、王都をふらりと離れるのは不自然だった。
(イカロス王子か……?)
面識はないが、奇行は聞き及んでいる。遠出のお忍びに、少数精鋭とばかりに近衛の腕利きが連れ出されたのは、無い話ではなさそうだ。
クロノス王子といい、イカロス王子といい、こんなとこで一体何をしているのか。
そういえば、なぜルーク・シルヴァがクロノス王子に同行しているのかもきちんと話しそびれた。
今の自分には関係ない、そう思いつつも、クライスは自然と足を速めていた。
決して追いつこうという気持ちはない。ただ、この先の分かれ道で王都へ進路を取るなら、気にしない。胸騒ぎがしているが、気のせいだとやり過ごそう。そう決めていた。
しかし、視界の先の方で、馬車は大きな街道から逸れる道へと入った。
(関係はないんだけど)
剣聖がどこにいるかは、今のところ未知だ。完全に見失うと、それとなく尻尾を掴ませてくれるが、今は闇雲に探している段階だ。もしかしたら、あの道の先かもしれない。
さかんに言い訳をしつつ、クライスは馬車を追跡することにした。
道の先には小さな町が一つ。
クライスの生家も、そこにある。
出る前に気付いていたけれど、声をかけないで寝たふりをしたのだ。
走り書きをした置手紙が部屋の小さな卓の上に残されていて、お礼と謝罪と次回以降に埋め合わせをしたい旨の記述があった。すべてまた会える前提で書かれていて、その能天気さに笑いつつ、声に出して呟いた。
「クライスは字が汚ないね」
手紙を畳んで、荷造りした鞄に放り込む。
そのまま片方の肩にかけて背負い、振り返って部屋の忘れ物を確認。窓から見える青空と、差し込む朝陽に目を細め、届ける宛のない返事は胸の中で記した。
拝啓勇者様。
うっかり枕並べて寝ちゃってるけど。
オレとお前、ほんの少し前まで不倶戴天の仲だったんだぜ。
* * *
「昨日より疲れてない?」
宿を後にし、手近な食堂で卓を囲みながら、ロイドはルーク・シルヴァに恐る恐る声をかけた。
元魔王は、己の周囲の空気を暗黒に染め上げていた。他の客も店員も見事に顔を逸らしている。あまりにも誰も寄り付かないので、クロノスが注文その他雑用で席を立っていた。
「何があった?」
店全体に及ぶ瘴気が、総員に重苦しい静けさを強いているので、ロイドも声をひそめて尋ねた。
疲れきった表情で虚空を見つめたルーク・シルヴァは、陰々滅々とした声で言った。
「こんなに身の危険を感じた夜は久しぶりだ」
息を詰めて見守っていたロイドだが、クロノスの前世が脳裏を過ぎり、ごくりと唾を飲み込む。
あの広くはない宿の一室で、元魔王と救世の魔導士として向き合ってしまったのか。
「まさか。あいつ、お前の素性にまで気付いているのか」
「寝ようとはしたんだ。しかしどうにもあいつの影がちらついてな。熟睡はできなかったな……」
ルーク・シルヴァは骨ばった大きな手で口元を覆った。伏せた目元に、焦燥の色が濃い。
オレは勇者と長閑に一夜を過ごしたのに、そっちの部屋はヤるかヤられるかだったのか、と。深く感じ入ってロイドは何度も頷いた。魔力の大半を失っているとはいえ、元魔王をここまで追い詰めるとは、あの男ただ者ではない。
「なんの話をしてます?」
そこに、用事をすませたクロノスが戻って来た。
ルーク・シルヴァは口を閉ざして話をする様子はなく、ロイドはロイドで緊張して変な汗をかきながらも、辛うじて返事をした。
「実際のところ、クロノス殿下ってどのくらい強いのかなって」
椅子をひいて腰かけ、ロイドと向き合ったクロノスは、爽やかに破顔した。
「しばらく魔力を使っていなかったせいで、てんで駄目ですよ。俺も修行しないと。ロイドさんは、普段どんな修行をしてるんですか?」
「オレは腕立て伏せくらいだよ」
「腕立て伏せですか。オレも一日百回くらいするかな」
わずかに目を細めるようにして微笑みかけてきたクロノスの、寒気がするほどの甘い美貌に、ロイドは妙に気圧された。
(怖い。元魔王がこれほど消耗しているのに、こいつ多分絶対健やかに寝てる。その豪胆さに恐れ入る)
クロノスは果実水のグラスを運んできた女性店員に「ありがとう」と愛想をふりまいていた。この卓に近づくのは決死の覚悟が必要だったであろう店員だが、思わずのように笑顔になり、ついでに二、三言話して笑い声を上げている。
「オレまで悪寒がしてきた」
ロイドが小声で呟くと、ルーク・シルヴァは力なく首を振った。
「さしあたり、あいつの狙いは俺だと思う。お前にまで手は出さない……と信じている」
それを聞きつけたクロノスが、ふふっと明るく笑った。
「別に、朝っぱらからこんな場所で何か仕掛けたりしませんよ。落ち着いてください、お兄さん」
「お兄さんって呼ぶな。やめろ」
「そういう設定じゃないですか。その方がオレも都合がいいし」
(設定? 義兄弟の契りでも交わしたの? なんで? どうしてそうなるの)
二人の会話をなんとか脳内で補おうとしたロイドであるが、わからないものはわからないと、諦めた。
その後、卓に食事が並べられるとルーク・シルヴァは静かに食べ始め、クロノスとロイドで間を持たせるように話をした。
「二人はなんでこんなところにいたの?」
「クライスの生家を尋ねる予定だったんです。少し気になることがあって」
パンをちぎっていたクロノスが、手を止めて何気なく続けた。
「クライスって、双子らしいです。姉がいたんですよ。幼い頃に亡くなっているそうです。ただ、個人的に少し気になってまして」
「クライスの、姉?」
「あのクライスと魂を二分して生まれた存在なんて、どんな人だったのかなとか」
ロイドは、ルーク・シルヴァに視線を流す。素知らぬふりをしてスープをすくって飲んでいたが、聞いているし気にしている。
クライスは女性だ。なんらかの理由で男性と偽っている。
(双子の姉弟。表向き、死んだのは姉。でも十中八九それは──)
その後は三人とも食事に集中するふりをして会話は途絶えがちになった。
食後に熱いお茶を飲みはじめてから、クロノスが改まった様子で切り出した。
「お二人は、魔族が最近になってまた人里に姿を見せていることについてはどうお考えですか。被害が出れば討伐隊が組まれ、世の中の空気も変わって来るでしょう。それを未然に防ごうと考えているように見えるのですが」
茶のカップを卓に置き、ロイドは軽く咳払いをした。
「かつて魔王を打倒した勇者ルミナスは、殲滅戦ではなく共存の道を残した。オレはその路線を双方が守るべきだと考えている。『何か悪いことが起こりそうだから、いっそ駆除しちゃおう』って考えが人間側で主流になると、たぶん世界は滅びる。この魔族は良くて、あの魔族は駄目だとか細かいこと考えるのが早晩面倒になって、最終的に全面戦争になるだろうから」
その言葉にクロノスは深く頷いてから、ロイドの目をじっと見つめた。
「とはいえ、実際に『何か悪いことをしそう』な魔族がちらほらと出てきているようです。先日、王宮ではそこまでのお話はできませんでしたが。この件に関して、黒幕はいると思いますか?」
ロイドはルーク・シルヴァに目を向けた。互いに無言ながら、元魔王はロイドに話を促すように頷いた。
各地を渡り歩いているロイドは、魔物の動きの変化を追う中で、法則性や背後関係は当然考えている。
「まだ言える段階じゃないけど、偶然だとは考えていない。何者かの存在は想定している」
ロイドの答えを聞きながら、ルーク・シルヴァは腕を組んで背もたれに背を預ける。
遠くを見るまなざしで、物憂げに吐息した。
* * *
(最近、ロイドさんに会うたびにお世話になりっぱなしだなぁ……)
怪我の応急処置からはじまり、着る物食べる物に寝床。
知り合いの顔を見て安心したせいもあり、なし崩し的に頼ってしまった。
消えた剣聖の気配を追って、クライスは青空の下、街道を一人歩きながら、ひたすら反省をする。
ロイドもルーク・シルヴァも、基本的に人に優しい。
見返りを求めるそぶりもない。実際に、クライスからのお返しなど何も期待していないのはひしひしと感じる。二人は多分、当たり前のことをしているだけなのだ。人から何かを与えられる必要など全くない、完結したうつくしい生き物。
本来なら、言葉を交わすことなどありえないような遠い人たちなのかもしれない。
晴れ渡った空を見上げれば、雲はまばらで、薄い水色が遠くどこまでも伸びやかに広がっていた。
(僕はなんだか、小さいね)
まだ町が近いせいか、人や荷馬車とよくすれ違う。
クライスは、フードを指でつまんで引っ張って、深くかぶり直した。
ロイドは着替え一式を用意していたが、フード付きのローブもおまけでつけてくれた。野宿したりするときには、そのくらいの装備はあった方が良いだろうと。今は主に、人馬の砂埃を避けるのに役立っている。
多分、少し情けない顔もしている。知り合いに会いたくない気持ちもあった。
早足で歩いていると、背後から馬車の音がガタガタと聞こえてきた。
轢かれはしないだろうが、念のため道の端ぎりぎりに歩きながら、わずかに後方を振り返る。
見るとはなしに、御者の顔を見た。
目が合う前に顔を伏せた。見覚えのあるどころか、よく知った男だった。
(カイン……!?)
近衛騎士隊の同僚。
普段、滅多なことでは王都を離れることなどないはず。実際、今は近衛の服装ではない。まるでどこかの商家に使える、本物の御者に見えた。
馬車は、クライスの横を通り過ぎて行く。
すぐにクライスは顔を上げて、馬車の作りを確認した。
何の変哲もない、という言葉が合う。安っぽくはないが、塗りも大きさも並だ。中に乗っているのはせいぜい二人くらいだろう。
ふっと脳裏をかすめたのは、昨日見かけたアンジェラの姿。彼女もやはり、王都をふらりと離れるのは不自然だった。
(イカロス王子か……?)
面識はないが、奇行は聞き及んでいる。遠出のお忍びに、少数精鋭とばかりに近衛の腕利きが連れ出されたのは、無い話ではなさそうだ。
クロノス王子といい、イカロス王子といい、こんなとこで一体何をしているのか。
そういえば、なぜルーク・シルヴァがクロノス王子に同行しているのかもきちんと話しそびれた。
今の自分には関係ない、そう思いつつも、クライスは自然と足を速めていた。
決して追いつこうという気持ちはない。ただ、この先の分かれ道で王都へ進路を取るなら、気にしない。胸騒ぎがしているが、気のせいだとやり過ごそう。そう決めていた。
しかし、視界の先の方で、馬車は大きな街道から逸れる道へと入った。
(関係はないんだけど)
剣聖がどこにいるかは、今のところ未知だ。完全に見失うと、それとなく尻尾を掴ませてくれるが、今は闇雲に探している段階だ。もしかしたら、あの道の先かもしれない。
さかんに言い訳をしつつ、クライスは馬車を追跡することにした。
道の先には小さな町が一つ。
クライスの生家も、そこにある。
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