29 / 122
第四章 腹黒王子と付き合いの良い魔族たち
カエルの王子様
しおりを挟む
「君が魔導士で良かった。君の魔法で飛んでるって体裁に出来る」
王宮に戻り、関係先に王子が外出する旨を伝えたクライスは、中庭に出てルーナに手を差し出してくる。
その手は、目的地まで二人で飛ぼうという意味だと理解できた。
(この男、長距離の飛翔に耐える程度の魔力はあるのか)
ルーナが旅の魔導士ルーク・シルヴァの血縁という噂話は、王宮中を駆け巡っていた。魔導士であるという事実も。
第三王子付き侍女のアンジェラから、リュートのときに聞いた話だ。
その世間話のついでに、探るように尋ねられた。
「クライスさんとお付き合いしているルーナさんは、妹さんなんですよね……? だけどこの間リュートさんから『遠距離になった年下の恋人』を聞いたときに、まるでクライスさんみたいだなーと思いまして。でも、そんなはずないですよね。そうそう、ルーナさんは、普段どこにお住まいなんですか。近くにいらっしゃるんですか。もしかして一緒にお住まいだったりして」
(……ほとんど正解だ。勘が良いな)
リュートが何かきわどいことを口をすべらせ、知らぬ間にヒントを与えてたのだろうか。その恐れは十分にあった。
その場では適当に話を切り上げたが、アンジェラには気を付けよう、と心に誓った。
さておき、それほどの露出もないはずなのに、有名人になってしまったルーナは「あの魔導士の妹ならば」という意味合いでその実力に一目置かれているらしい。
一方で、第二王子クロノスが魔導士であるという事実は王宮でも秘されている。
ゆえに、ルーナと二人でいるときに何らかの魔法を使った場合、出どころはすべてルーナだとするつもりなのかもしれない。
「飛ぶ魔法を使って実際に疲れるのはお前だから、俺は構わないが」
「素直で助かるよ」
黒縁眼鏡の奥で目を細めて微笑むと、クロノスはルーナの背後から肩に腕を回し、もう一方の腕で腰を支えて胸に抱き込んだ。
「なんのつもりだ」
肩越しに振り返って尋ねると、クロノスはしれっと言う。
「落とすといけないから」
「落とされても死なない。自分でどうにかする」
「人目がなくなるまでは、オレが君にしがみついているように装うわけだから。少しの間このままでいて」
言いくるめようとしている。
絶対、言いくるめて何かしようとしている。
「ここまで拘束しなくても今さら逃げないぞ」
「拘束……」
クロノスの笑いが直に体に伝わってくる。ルーナは不機嫌もあらわにぐっと眉を寄せた。
「拘束じゃないならなんだよ。何をするつもりなんだ」
くっくっく、と軽い笑い声が震えとなって響く。ややして、クロノスが愉快そうに言った。
「これがもう、何かされている状態という発想はないんだ。隙だらけで心配になっちゃう」
(こいつは何を言ってるんだ? どういう意味だ? この密着具合に下心でもあると? 俺だぞ?)
「もういい、さっさと飛べ。今日中に着かないにしても行けるところまでは行け」
呆れ果てて言い捨てると、体に回された腕に力が込められた。
「了解、姫」
姫じゃない。魔王だよ。
* * *
クライスの生家に着くのが夜では良くない、というクロノスは目的地手前の大きな町へと降り立った。
まだ陽も暮れていないが、間もなく空が茜色に染まりはじめる頃合い。
飛行魔法の連続使用に関しては、体力的問題もある。
今日はその町で宿をとる、というのが空で語られた計画であった。
魔物がいた時代の名残で、町はぐるりと外周を高い石の壁に囲われている。
街道に続く門には、門番がいるものの、夜間以外は簡易の審査で通行可能だ。
門をくぐって、いくらも進まないうちに小ぎれいな宿を見つけた。
クロノスが一瞬悩むそぶりを見せたが、ルーナは「ここでいい」とすかさず押し切ってドアをくぐった。
「部屋の空きは一つですけど、よろしいですね」
受付で確認されて、クロノスはぼさっと考え込んだ。
それから「よそをあたるか」と聞いてきたが、ルーナは「面倒だ」と切り捨て取り合わなかった。
宿はこじんまりとした、少し年季の入った木造二階建て。
部屋の中は温かみのあるタペストリーで飾られており、擦り切れてはいるが、綺麗な模様の古びた絨毯も敷かれていた。どこもかしこも必要十分なさっぱりとした清潔感がある。寝台はきちんと二つ。
「どうする? このまま食事と買い物を済ませる?」
着替えも何もなく手ぶらできたルーナに対し、自分の荷物を備え付けのクロゼットに放り込んでいたクロノスが言った。
「まず休んだ方が良いんじゃないか。顔色悪いぞ」
寝台に腰かけて、両腕を上に思い切り伸ばしていたルーナは、ちらりとクロノスを見て答える。
「大丈夫なんだけど、飛行魔法久しぶりだったから」
「言えばいいだろ。俺は得意だぜ」
「そこは誘った手前、甘えたくない」
クロゼットにもたれかかって、眼鏡のつるを指で押さえているクロノスを無言で見つめてから、ルーナは自分の隣を手でぽんぽんと叩いた。
「なんのやせ我慢かわからないけど、座れよ。魔力が空になってるだろ」
「……そこに?」
別にどこでもいいけど、と思ったルーナであるが、クロノスは素直に歩み寄ってくると隣に腰を下ろした。重みを受け止めて、寝台がぐっと沈み込む。
「一応言っておくけど、部屋が一緒なのは、作為じゃない。……クライスが怒りそうだけど」
声に疲労が滲んでいる。飛行魔法がよほど体にキてるな、と察しつつルーナは後ろ手について背から首まで思い切り伸ばした。飛んでいる間中クロノスとひっついていたせいで、体中が強張って凝っている。
「不満はない」
肩を鳴らしながら、ふと視線を流した。
「ああうん。でも、嫌だろうなと」
妙にしおらしく、申し訳なさそうな横顔だった。
ルーナはすうっと目を細めた。
「ここで良いって決めたのは俺だ。お前は駄目だったのか」
「駄目というか……」
ぐずぐず言いそうな気配に、ルーナは付き合いきれないとばかりに腕を伸ばしてクロノスの体を押した。寝台に倒すつもりだったが、ルーナのウェイトが軽すぎたのか、クロノスは特に倒れることもなく、困ったように目を向けてきた。
「うん?」
「寝ろ。休め。明日は俺が飛ぶ」
「うーん……。やだ」
クロノスはルーナを避けつつ、寝台に身を投げ出す。
「なんの意地を張ってるんだ」
呆れて見下ろすと、薄く笑ってクロノスが言った。
「オレさ、好きになると尽くしたくなっちゃうんだよね」
「お前の魔法特性と前世の死因を考えれば、わかる。重いよな」
「重い……そうだな」
クロノスは大きく息を吐いて目を閉ざす。
ルーナは手を伸ばして、顔から眼鏡を奪い取った。
「そのへん置いておくぞ」
そう言って立ち上がろうとしたそのとき、クロノスに手首を掴まれて、引き倒された。胸の上に転がり込む形になる。
(この体、体重が軽すぎる)
力はそれなりに強かったとはいえ、あまりにも勢いよく飛び込んだことに、ルーナは意表を突かれて一瞬息を止めた。
「一緒の部屋で、ルーナは本当にいいと思ってるの? 恋人のいる女の子が他の男と同じ部屋だよ」
間近で見つめ合ったクロノスに念を押され、ルーナはふっと鼻先に息を吹きかけた。
「俺はお前に何もしない。お前も何もしなければいい。俺の判断力に問題があるような言い方はするなよ」
そのままクロノスの胸に手をついて体を起こす。
すでにルーナから手を離していたクロノスは、眠そうな瞼の上に手をのせて、甲でごしごしとこすった。
「そうだね。勝手に期待している男が悪い。うん……。ねえ、君は変化の魔法は使える?」
変化の魔法。得意分野だ。
実際に、今も使っている。本体は人間ですらない。
「使えるけど?」
「じゃあいっそ、オレのことはカエルにでもしてよ。なんにも悪いことでき無さそうなやつ」
弱々しい声音で言われて、ルーナは失笑しかけた。
こいつそこまで自分のり性に信用がないんだろうか。
お望みならできないこともないが……、と思いつつクロノスの顔をしげしげと眺める。
「そのカエル、友達になって、隣に座って、同じお皿から料理を食べて、同じベッドで寝たいとか言い出すんじゃないだろうな……?」
「よくわかったね」
「叩き付けて殺すぞ」
「死なないよ。王子様に戻るだけだ」
くすっと笑ってから、クロノスは目を見開いた。
黒縁眼鏡がないせいで、印象が違う。
いつもの悪戯っぽく人の悪そうな雰囲気はなりをひそめ、まなざしはひたすらに甘い。
「君の重みが気持ちよくて辛い。いつまでオレの上に乗ってるの?」
居ても立ってもいられないような気持ち悪いことを言われたのを直感的に感じ取り、ルーナは速やかにクロノスの上から下りた。
寝台から逃れて床に足がついたとき、踵のある靴を履いたままだったので、踏み外してぐらりと体が傾く。
倒れるような反射神経をしていないというのに、跳ね起きたクロノスに腕を掴まれていた。
「ごめんね。靴買いに行くつもりだったのに。三十分だけ寝るから、起こしてくれると嬉しい」
すぐに腕をはなすと、それだけ言ってクロノスは再び寝台に横になる。寝返りを打って、背を向けた。
眼鏡を手にしたまま取り残されたルーナは、完全にクロノスのペースに乗せられた気がして苛立ちを覚えつつ、きつい口調で言った。
「さっさと寝ろ。夜は望み通りのカエルにしてやる」
振り返らぬまま、クロノスが小声で答えた。
「やったー。堂々と寝台にもぐりこんじゃおう」
こりない男だった。
しかしルーナが何を言おうか思案している間にすぐに寝息を立て始めた。
もしかしたら、寝言だったのかもしれない。そう思うことにした。
王宮に戻り、関係先に王子が外出する旨を伝えたクライスは、中庭に出てルーナに手を差し出してくる。
その手は、目的地まで二人で飛ぼうという意味だと理解できた。
(この男、長距離の飛翔に耐える程度の魔力はあるのか)
ルーナが旅の魔導士ルーク・シルヴァの血縁という噂話は、王宮中を駆け巡っていた。魔導士であるという事実も。
第三王子付き侍女のアンジェラから、リュートのときに聞いた話だ。
その世間話のついでに、探るように尋ねられた。
「クライスさんとお付き合いしているルーナさんは、妹さんなんですよね……? だけどこの間リュートさんから『遠距離になった年下の恋人』を聞いたときに、まるでクライスさんみたいだなーと思いまして。でも、そんなはずないですよね。そうそう、ルーナさんは、普段どこにお住まいなんですか。近くにいらっしゃるんですか。もしかして一緒にお住まいだったりして」
(……ほとんど正解だ。勘が良いな)
リュートが何かきわどいことを口をすべらせ、知らぬ間にヒントを与えてたのだろうか。その恐れは十分にあった。
その場では適当に話を切り上げたが、アンジェラには気を付けよう、と心に誓った。
さておき、それほどの露出もないはずなのに、有名人になってしまったルーナは「あの魔導士の妹ならば」という意味合いでその実力に一目置かれているらしい。
一方で、第二王子クロノスが魔導士であるという事実は王宮でも秘されている。
ゆえに、ルーナと二人でいるときに何らかの魔法を使った場合、出どころはすべてルーナだとするつもりなのかもしれない。
「飛ぶ魔法を使って実際に疲れるのはお前だから、俺は構わないが」
「素直で助かるよ」
黒縁眼鏡の奥で目を細めて微笑むと、クロノスはルーナの背後から肩に腕を回し、もう一方の腕で腰を支えて胸に抱き込んだ。
「なんのつもりだ」
肩越しに振り返って尋ねると、クロノスはしれっと言う。
「落とすといけないから」
「落とされても死なない。自分でどうにかする」
「人目がなくなるまでは、オレが君にしがみついているように装うわけだから。少しの間このままでいて」
言いくるめようとしている。
絶対、言いくるめて何かしようとしている。
「ここまで拘束しなくても今さら逃げないぞ」
「拘束……」
クロノスの笑いが直に体に伝わってくる。ルーナは不機嫌もあらわにぐっと眉を寄せた。
「拘束じゃないならなんだよ。何をするつもりなんだ」
くっくっく、と軽い笑い声が震えとなって響く。ややして、クロノスが愉快そうに言った。
「これがもう、何かされている状態という発想はないんだ。隙だらけで心配になっちゃう」
(こいつは何を言ってるんだ? どういう意味だ? この密着具合に下心でもあると? 俺だぞ?)
「もういい、さっさと飛べ。今日中に着かないにしても行けるところまでは行け」
呆れ果てて言い捨てると、体に回された腕に力が込められた。
「了解、姫」
姫じゃない。魔王だよ。
* * *
クライスの生家に着くのが夜では良くない、というクロノスは目的地手前の大きな町へと降り立った。
まだ陽も暮れていないが、間もなく空が茜色に染まりはじめる頃合い。
飛行魔法の連続使用に関しては、体力的問題もある。
今日はその町で宿をとる、というのが空で語られた計画であった。
魔物がいた時代の名残で、町はぐるりと外周を高い石の壁に囲われている。
街道に続く門には、門番がいるものの、夜間以外は簡易の審査で通行可能だ。
門をくぐって、いくらも進まないうちに小ぎれいな宿を見つけた。
クロノスが一瞬悩むそぶりを見せたが、ルーナは「ここでいい」とすかさず押し切ってドアをくぐった。
「部屋の空きは一つですけど、よろしいですね」
受付で確認されて、クロノスはぼさっと考え込んだ。
それから「よそをあたるか」と聞いてきたが、ルーナは「面倒だ」と切り捨て取り合わなかった。
宿はこじんまりとした、少し年季の入った木造二階建て。
部屋の中は温かみのあるタペストリーで飾られており、擦り切れてはいるが、綺麗な模様の古びた絨毯も敷かれていた。どこもかしこも必要十分なさっぱりとした清潔感がある。寝台はきちんと二つ。
「どうする? このまま食事と買い物を済ませる?」
着替えも何もなく手ぶらできたルーナに対し、自分の荷物を備え付けのクロゼットに放り込んでいたクロノスが言った。
「まず休んだ方が良いんじゃないか。顔色悪いぞ」
寝台に腰かけて、両腕を上に思い切り伸ばしていたルーナは、ちらりとクロノスを見て答える。
「大丈夫なんだけど、飛行魔法久しぶりだったから」
「言えばいいだろ。俺は得意だぜ」
「そこは誘った手前、甘えたくない」
クロゼットにもたれかかって、眼鏡のつるを指で押さえているクロノスを無言で見つめてから、ルーナは自分の隣を手でぽんぽんと叩いた。
「なんのやせ我慢かわからないけど、座れよ。魔力が空になってるだろ」
「……そこに?」
別にどこでもいいけど、と思ったルーナであるが、クロノスは素直に歩み寄ってくると隣に腰を下ろした。重みを受け止めて、寝台がぐっと沈み込む。
「一応言っておくけど、部屋が一緒なのは、作為じゃない。……クライスが怒りそうだけど」
声に疲労が滲んでいる。飛行魔法がよほど体にキてるな、と察しつつルーナは後ろ手について背から首まで思い切り伸ばした。飛んでいる間中クロノスとひっついていたせいで、体中が強張って凝っている。
「不満はない」
肩を鳴らしながら、ふと視線を流した。
「ああうん。でも、嫌だろうなと」
妙にしおらしく、申し訳なさそうな横顔だった。
ルーナはすうっと目を細めた。
「ここで良いって決めたのは俺だ。お前は駄目だったのか」
「駄目というか……」
ぐずぐず言いそうな気配に、ルーナは付き合いきれないとばかりに腕を伸ばしてクロノスの体を押した。寝台に倒すつもりだったが、ルーナのウェイトが軽すぎたのか、クロノスは特に倒れることもなく、困ったように目を向けてきた。
「うん?」
「寝ろ。休め。明日は俺が飛ぶ」
「うーん……。やだ」
クロノスはルーナを避けつつ、寝台に身を投げ出す。
「なんの意地を張ってるんだ」
呆れて見下ろすと、薄く笑ってクロノスが言った。
「オレさ、好きになると尽くしたくなっちゃうんだよね」
「お前の魔法特性と前世の死因を考えれば、わかる。重いよな」
「重い……そうだな」
クロノスは大きく息を吐いて目を閉ざす。
ルーナは手を伸ばして、顔から眼鏡を奪い取った。
「そのへん置いておくぞ」
そう言って立ち上がろうとしたそのとき、クロノスに手首を掴まれて、引き倒された。胸の上に転がり込む形になる。
(この体、体重が軽すぎる)
力はそれなりに強かったとはいえ、あまりにも勢いよく飛び込んだことに、ルーナは意表を突かれて一瞬息を止めた。
「一緒の部屋で、ルーナは本当にいいと思ってるの? 恋人のいる女の子が他の男と同じ部屋だよ」
間近で見つめ合ったクロノスに念を押され、ルーナはふっと鼻先に息を吹きかけた。
「俺はお前に何もしない。お前も何もしなければいい。俺の判断力に問題があるような言い方はするなよ」
そのままクロノスの胸に手をついて体を起こす。
すでにルーナから手を離していたクロノスは、眠そうな瞼の上に手をのせて、甲でごしごしとこすった。
「そうだね。勝手に期待している男が悪い。うん……。ねえ、君は変化の魔法は使える?」
変化の魔法。得意分野だ。
実際に、今も使っている。本体は人間ですらない。
「使えるけど?」
「じゃあいっそ、オレのことはカエルにでもしてよ。なんにも悪いことでき無さそうなやつ」
弱々しい声音で言われて、ルーナは失笑しかけた。
こいつそこまで自分のり性に信用がないんだろうか。
お望みならできないこともないが……、と思いつつクロノスの顔をしげしげと眺める。
「そのカエル、友達になって、隣に座って、同じお皿から料理を食べて、同じベッドで寝たいとか言い出すんじゃないだろうな……?」
「よくわかったね」
「叩き付けて殺すぞ」
「死なないよ。王子様に戻るだけだ」
くすっと笑ってから、クロノスは目を見開いた。
黒縁眼鏡がないせいで、印象が違う。
いつもの悪戯っぽく人の悪そうな雰囲気はなりをひそめ、まなざしはひたすらに甘い。
「君の重みが気持ちよくて辛い。いつまでオレの上に乗ってるの?」
居ても立ってもいられないような気持ち悪いことを言われたのを直感的に感じ取り、ルーナは速やかにクロノスの上から下りた。
寝台から逃れて床に足がついたとき、踵のある靴を履いたままだったので、踏み外してぐらりと体が傾く。
倒れるような反射神経をしていないというのに、跳ね起きたクロノスに腕を掴まれていた。
「ごめんね。靴買いに行くつもりだったのに。三十分だけ寝るから、起こしてくれると嬉しい」
すぐに腕をはなすと、それだけ言ってクロノスは再び寝台に横になる。寝返りを打って、背を向けた。
眼鏡を手にしたまま取り残されたルーナは、完全にクロノスのペースに乗せられた気がして苛立ちを覚えつつ、きつい口調で言った。
「さっさと寝ろ。夜は望み通りのカエルにしてやる」
振り返らぬまま、クロノスが小声で答えた。
「やったー。堂々と寝台にもぐりこんじゃおう」
こりない男だった。
しかしルーナが何を言おうか思案している間にすぐに寝息を立て始めた。
もしかしたら、寝言だったのかもしれない。そう思うことにした。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる