上 下
9 / 122
第二章 彼女と模擬試合

膝に可愛いを受けて。

しおりを挟む
「ああ、もうなんなの。可愛いすぎ。あの子が僕の彼女。最高。まさか来てくれるなんて。王子の前で愛してるって言ってくれるなんてカッコ良過ぎだよ……」

 近衛騎士隊の面々が冷かせども冷かせども、クライスは慌てたりムキになったりすることもなく、むしろぼうっとしてぐずぐずに溶けそうな顔で世迷言を言い続けていた。

「愛してる、までは言ってなかったような……?」

 普段の勝気なクライスからかけ離れた惚気っぷりに、困ったようにつっこみをくれる者もいるのだが、ほとんど聞いている様子もない。

「言ってたも同然だよ。キスしてくれるって……。想像だけでもう、僕……」

(いやもう十分おかしいから)

 その場にいた誰もが思ったし、中には声に出した者もいたがクライスには伝わっていなかった。

「それにしてもお前、彼女のことよっぽど好きなんだな。そこまでの相手がいるなんて、入団以来の親友のオレも気付かなかったぞ」

 他の者の試合が進む中、カインが呆れたような苦笑を浮かべつつ声をかける。

「うん。僕も正直、振り向いてもらえるなんて全然思ってなかったから。いくらアピールしても、結構そっけなくて。僕じゃだめなのかなって、何回も思って、でも諦めきれなくて。この間なんて、ほとんどだまし討ちだったのに、まさかお泊りまでしてくれるなんて思わなく」

 そこでクライスは再び顔から発火して、手で口元をおさえた。

「お前いま、ちょっとえげつないこと言わなかったか?」

 聞きとがめたカインが真っ当なことを言うも、クライスは「うん、わかってるけど」とひそやかな声で言って、顔を上げた。
 身長差の関係で、上目遣いで見上げるようになりつつ、潤んだ目でカインに訴える。

「どんな手を使ってでも、自分のものにしたかったんだ。彼女が本当に嫌なら、もちろんやめようと思っていたけど、いいよって言ってくれたから……」

 カインは他の者から隠すように、さりげなくクライスの肩を抱いて後ろを向いた。特に王子の目から隠す動きだった。
 クライス本人はまったく意識していないようだが、あまりにも無防備すぎて、男だとわかっていてさえ目の毒の可憐さを振りまいている。
 彼女が嫌ならやめる、というぎりぎりの理性が残っていたというクライスはさておき、嫌でもやめるつもりなくどんな手段でも使って彼をものにしようと公言している男がいる前で、そんな顔をしている場合かと。

「クライス、すこーし頭冷やしておいた方がいいぞ。のぼせあがった状態で勝ち抜けるほどオレら甘くないからな」

 カインが遠まわしに「しっかりしろ」と言い聞かせるが、それを耳にしたクライスは、花がほころぶようにふんわりと微笑んだ。

「何言ってんだよ。彼女が見ている前で僕がカッコ悪い負け方するわけがない。勝つよ」

 水色の瞳を炯々と光らせて、不敵さが面構えに戻る。

「あー……。うん。そうか。いきなり男の顔になったな、お前。なんていうか……すごいな彼女。いやしかし、あの美少女とお前がお泊りデートな……お泊り……そりゃ楽しかっただろうな」

 とても感慨深げに遠くを見て言うカインに対し、クライスは肩を抱かれたままにこにことして脇腹を小突いた。

「うん。幸せ過ぎて死ぬかと思った」
「わかる。オレもいま、想像だけで逝ってしまうところだった。お前と彼女か」
「うん? なに? お似合いだって。やだなー、わかってるってば」

 カインが何に思いを馳せたのかはまったく意識してないように、クライスはばしばしとカインの胸を掌で叩く。
 そのまま、機嫌良さそうにちょうどよくまわってきた自分の試合に出て行った。
 そしてものの数秒で対戦相手を沈めて帰ってきた。

「膝に可愛いを受けてもう兵士としてはだめなのかと思っていたら、戦うときはしっかり男の顔してやんの……」

 見物していたカインは独り言をもらす。
 それからトーナメント表で、クライスの先々の対戦相手を確認した。

(勝ち抜けばあたる、か)

 やがて自分の試合がまわってきたときに、試合直前、皆の注目を浴びる場で声を張り上げて言った。

「ルーナ殿! あなたの恋人殿は、愛しいあなたのキスの為にずいぶんとやる気を出しているようだが、悲しいかなここにいる騎士団の者たちは、勝っても名誉以外の報酬はないのが実情だ。そこであなたにお願いがある。キスは勝者のもの、としていただくのは可能だろうか。もしクライスが上り詰めればそれで良し。ただし、負けた場合は……」

 カインが言わんとするところを、ルーナは正確にくみ取ったらしかった。
 腕を組んでさしたる表情の変化もなく聞いていたが、ひとつ頷くと口を開いた。

「いいぜ。そのくらい焦らせた方がクライスも頑張りそうだし。もともと賞品として提示したのは俺だからな。俺が好きなのはクライスだけだが、クライスに勝った男がどうしても俺にキスされたいって言うならしてやるよ。望みのままに」

 この発言に、クライスは「好き……え。でも他の男にキスはだめ……っ」と動揺しまくり、赤くなったり青くなったりしていたが、騎士団の面々はおおいに盛り上がり、観客席もどよめいた。

「さっすが。彼女カッコ良すぎだろ」

 してやったカインは笑みをこぼしつつ試合に挑み、クライスもかくやという速さで同じく瞬殺を決めて勝ちをものにした。
 待機場所に戻ると、クライスがカインの胸倉に掴みかかった。

「何言ってんだよお前っ。好きって言葉引き出してくれたのはありがとうだけど、みんな目の色変えてんぞ。こんなギラギラした空気に彼女さらしたくないよ、僕」

 焦りまくったクライスの手首に手をかけて、胸元からはがしつつ、クライスは低い声で言った。

「アレクス王子の一言のせいで、あのままだとお前とまともに戦う気のある奴なんかいなかったぞ。それがどうだ、勝てばルーナ殿のキス、って書き換えられたおかげで全員殺気立ってやがる。良かったな、手加減されて勝ってもお前も浮かばれないだろ」

 悪びれもせずにすらっと言って、クライスのぐずぐずとした責めはきれいに封殺する。

「それは確かにそうだ。僕が勝てば問題ないわけだし」

 クライスも覚悟を決めたように、呟いた。

「それにしても……、彼女は本当に何者だ? あの若さで、あの動じなさただものじゃないだろ。お前、彼女しか眼中ないから気付いていなさそうだけど、」

 変なところで区切ったカインに、クライスは「なに?」と目をしばたく。

「さっきから彼女の横にアレクス王子が座ってるんだけど」
「!?」

 焦ったようにルーナに目を向けて、クライスは絶句してから、絞り出すように言った。

「うっそ、ほんとだ」
「お、しかもクロノス王子まで来たな」

 なんの気ないしにカインの口にした一言に、クライスはさらに色をなす。
 いつも通りの黒っぽい恰好をして、毛先を遊ばせた黒髪の男が、その場に現れるなりアレクス王子とは反対側からルーナの横に陣取った。
 ルーナはまったく気にした様子もなく、傲然と顔を上げているが、王子二人に挟まれた形になっているのを観客席の他の者たちがチラチラと気にして目を向けている。

「なんなんだよ……。クロノス王子まで、ほんっとに、なんなんだよ……!!」

 試合を見る気があるのかないのか、クロノスは足を組みつつ、身体ごとルーナに顔を向けて何か笑いながら話しかけている。まるで肩を抱くように椅子の背もたれに腕まで伸ばして。

「あ、だめだって。そんなことしたらルーナにさわっちゃう、だめだってば……!! やだ、ルーナ逃げてよそこに座ってちゃだめだって」
「落ち着け落ち着け、彼女は全然気にしてない。それよりお前、早く試合に行ってさっさと勝ってこい。ここまできたらもうそれしかない」

 情けないくらい取り乱したクライスの背を大きな掌でばしっと叩いて押し出して、カインが言う。急かされつつも、確かにそれしかないと速やかに了解したクライスは対戦の場まで走りこんだ。
 それを見送って、カインはトーナメント表を今一度確認する。

 順当に勝ち上がると、最終戦はカインvsクライスの運びであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...