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 ほとんど光の届かない暗闇だったはずのそこに、ぼんやりと発光するトンガリ帽子・黒ローブの少女が忽然と姿を現していた。

(ふわふわの紅色フランボワーズの髪……甘酸っぱそう)

 投獄以来まともな食事にありついていなかったジュリアーノの思考は一瞬、食に流れた。そんな場合ではないと、遅れて気づく。

「どこから現れた?」
「どこからでも。私は建物につく類の妖精なんです。お屋敷妖精とか、城妖精といいます。あなたが捕らえられてからの出来事を見ていましたが、ひどすぎます! お菓子を作るひとをあっさり殺してはいけません!」

 外見年齢は人間で言えば十歳程度であろうか。子どもながらに整った顔立ちには、人離れした超然としたものがある。
 はじめ、瞳は水色っぽく見えていた。しかし話しているうちに感情が高揚したのか、いつしか虹色の輝きを放っていた。
 その目を見ていたら、不思議の存在であることはジュリアーノとしても疑いようなく、すとんと納得ができた。
 鉄格子に背を預け、ジュリアーノはくすりと笑う。

「お菓子を作るひとだろうが、そうじゃなかろうが、こんな死に方はだめだよ」
「それはそうです。断固として許せません。私はいま諸般の事情で全力は出せないのですが、あなたに力を貸してさしあげます! ぜひとも思い上がった王家の豚どもに目にものを見せ、復讐を成し遂げましょう!」
「それは物騒だ。俺は、殺されるのは嫌だけど、復讐はほどほどで。二度とこんな権力の濫用をしないように、多少の痛い目を見てほしいとは思っているが」

(職場としては悪くなかった……。悪くないどころか天国だった。予算はたっぷり、使いたい材料も道具も一通り揃えられて、とにかく朝から晩まで菓子作りをしていられたんだから) 

「あなたは甘い……!」
「甘いものは大好きだよ。好きだから作ってる」

 不満げな城妖精の訴えを茶化して、ジュリアーノは微笑みかけた。城妖精は納得いかなそうに目を細めて渋面を作っていたが「まぁいいでしょう」といささか居丈高に言い放った。

「具体的な復讐方法です。あなたが問われた罪は姫君を太らせてしまったこと……。それは姫君が『もう少しだけ』と、ずるずるとお菓子を食べるのをやめられなかったことに起因している。誘惑に弱い愚か者め! その根性も叩きのめしてやる!」
「罵倒はそこまで。続きを」

(この城妖精、何か個人的な恨みでもないか……?)

 ジュリアーノは訝しむように眉をひそめ、その表情を追ったが、城妖精は気づいた様子はない。こほん、と咳払いをしてから話を再開した。

「この上は、さらにさらに姫君の前に、とんでもなく美味しいお菓子をぶら下げてやれば良いんですよ」
「食べると思うぞ。姫様はそのへん、我慢できない体質だ」
「食べたいのなら、食べれば良いのです。ただし、口にしてしまったが最後、後悔と罪悪感が半端ない材料で作っておくんですよ、あなたが。あなたは、頼まれても美味しくないお菓子なんて作りたくないでしょう? ぜひとも腕によりをかけて、素晴らしく美味しいお菓子を作るのです! とんでもない材料で!」

 うわぁ……。
 城妖精があまりに邪悪な笑みを浮かべたので、ジュリアーノはドン引きどころではなかった。だが、今のジュリアーノに救いの手を差し伸べてくれる相手は他にいない。ひとまず最後まで話を聞こう、と決意して尋ねた。

「その材料って」
「姫君の婚約者、ダドリー卿です」
「人間?」

(部位は? お菓子作りに向く人間の部位ってあるか? コラーゲンか? ゼリーを作ればいいのか? いや、材料にした時点で、ダドリー卿、死なないか?)
 
 ぐるぐる考えてしまったジュリアーノの手を取り、城妖精は笑顔で言った。

「さあ、ダドリー卿を捕獲しにいきましょう! 私がいれば城の中は自由自在に動けます。まずはあなたをこの牢獄から解放します!」

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