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後日談・2
惚れ薬を飲んだ後
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静まり返った薬師の詰め所に、二人きり。
ただただエイルにしてやられただけのラファエロは、ぼんやりと瓶に目を落として動きを止めているアリスを注意深く見つめた。
細かく波を打つ、柔らかそうな茶色の髪は、肩の上までの長さ。色白で、可憐な花を思わせる顔立ち。ほんのりと染まった頬は愛らしく、すんなりとして高い鼻や形の良い顎には品があり、みずみずしい唇はじっと見ていると落ち着かなくなる。
何より印象的なのは、長いまつげに縁取られた、表情豊かなすみれ色の瞳。意志の強さを思わせる凛々しさと、時折見せる儚さがあいまって、一度見てしまったらいっときも目をそらせないほどに惹きつけられてしまう。
(初めてアリスに会ったときは、その見目の麗しさにひそかに動揺したものだが……。妖精か幻かとすら思ったのに、生きて動いててきぱきと働き、毒の処置までしてくれたその手際の鮮やかさときたら)
実際のところ、紛うことなき一目惚れそのものだった。
そうは言っても、夜会で顔を合わせたとか、街ですれ違った程度なら「綺麗なひとだな」で終わったかもしれない。
惚れてしまったのは、アリスの薬師としての矜持。何者かも知れぬ相手に、臆すること無く手を差し伸べて救ってくれた心根の強さに、打たれた。
ただでさえ好みの容姿の上に、毅然として窮地を救われるというその初対面の状況で、完全に落ちていた。
そこから、何かと理由をつけてここまで一緒に来ることができて、思いを受け入れられているらしき現状には、ひとまず「自分にしてはよくやった」という意味で満足しようとしていたのだが。
良くて「同じ王宮勤務のひと」くらいの立ち位置でも、これからさらに時間をかけて状況を整えれば――そう自分に言い聞かせてきたというのに。
「薬は全部、飲んだんだよな……? 何か変化は」
ラファエロが様子をうかがいながら尋ねると、アリスはゆっくりと顔を上げてラファエロを見つめてきた。
その仕草。潤んだような瞳。決して弱々しい乙女ではなく、それがまたアリスの魅力だとわかっていてさえ、上目遣いの可憐さに打ち震えそうになる(※耐えている)。
「変化があるようには思えないんですが。殿下、お手を」
「手を?」
どうするつもりだろうと、ラファエロは素直に右手を差し出す。アリスは瓶をエイルの机の上に置き、両手でラファエロの手を包み込むように握りしめた。
剣を持つ無骨な手が、アリスの器用で華奢な手に触れられる衝撃に、ラファエロは息を止める。
きゅ、と力を込めて握りながら、アリスは再びラファエロを見上げてきた。
「間違いが無いように、きちんと殿下に触れておこうと思いました。効果がいつどのような形で出るかはわかりませんが、他の方に対して効いてしまうのは本意ではありません」
いつもと変わらぬ生真面目な口調で、ラファエロの目をまっすぐに見ながら。
「それは、効果が発揮される相手は俺で良いと、そういう意味になるのか?」
「他にどんな意味が?」
きょとんと返された瞬間、心臓が完全に止まった。
いまこの瞬間死んでも悔いはない、という。
(アリス。それはもう愛の告白をしているようなものだが、気づいていないのか。まさか自覚がないのか……!?)
アリスは、片方の手は外したものの、もう一方の手で自然にラファエロの手を取った。いわゆる、手を繋いでいる状態となった。
動揺を顔に出さないよう、意識しすぎたゆえに無表情になりながら、ラファエロはその手を握り返す。
(死ねない。いまはまだ死ねない)
死んでも悔いはないとまで言い切りそうになった自分に(違うだろう。ここで死んだら死にきれないだろう)ともうひとりの自分が言っている。大いに頷く次第である。
脳内会議に結論が出て、ラファエロはしみじみと呟いた。
「ひとの欲望には際限というものが無いな……」
手を繋いだままのアリスが、吐息混じりに「ええ」と頷いた。
「まさに、ですね。いったいどのような方が『惚れ薬』を欲したりするのでしょう。幸いといいますか、そんなに効いている様子はないですが。匂いも味もなかったですし、水を飲んだのかと思いました」
ちら、と見下ろすと、言葉もなく見上げられる。小首を傾げた仕草。邪気の一切感じられない、いとけなさすら漂う瞳。
(効いてる……! 絶対にものすごく効いてる……!! アリスのような専門の薬師が自覚できない形で、強烈に作用している。この薬を作った薬師は天才か!?)
もはや自分の不審過ぎる態度に気付かれないように、息すらひそめているラファエロに対し。
アリスは不意に表情を和らげて言った。
「ひとまず、効力が出るという期間は一緒に過ごす必要があります。いつまでもここにいても仕方ないですから、帰りましょうか、ラファエロさま」
打ち解けたような、警戒心のかけらもない微笑。
(丸一日、二人で一緒に過ごす……死んだ。もうこれは完全に死んだ。いや考えろ。薬にかこつけて変なことをしないように)
耐えなければ。
ただただエイルにしてやられただけのラファエロは、ぼんやりと瓶に目を落として動きを止めているアリスを注意深く見つめた。
細かく波を打つ、柔らかそうな茶色の髪は、肩の上までの長さ。色白で、可憐な花を思わせる顔立ち。ほんのりと染まった頬は愛らしく、すんなりとして高い鼻や形の良い顎には品があり、みずみずしい唇はじっと見ていると落ち着かなくなる。
何より印象的なのは、長いまつげに縁取られた、表情豊かなすみれ色の瞳。意志の強さを思わせる凛々しさと、時折見せる儚さがあいまって、一度見てしまったらいっときも目をそらせないほどに惹きつけられてしまう。
(初めてアリスに会ったときは、その見目の麗しさにひそかに動揺したものだが……。妖精か幻かとすら思ったのに、生きて動いててきぱきと働き、毒の処置までしてくれたその手際の鮮やかさときたら)
実際のところ、紛うことなき一目惚れそのものだった。
そうは言っても、夜会で顔を合わせたとか、街ですれ違った程度なら「綺麗なひとだな」で終わったかもしれない。
惚れてしまったのは、アリスの薬師としての矜持。何者かも知れぬ相手に、臆すること無く手を差し伸べて救ってくれた心根の強さに、打たれた。
ただでさえ好みの容姿の上に、毅然として窮地を救われるというその初対面の状況で、完全に落ちていた。
そこから、何かと理由をつけてここまで一緒に来ることができて、思いを受け入れられているらしき現状には、ひとまず「自分にしてはよくやった」という意味で満足しようとしていたのだが。
良くて「同じ王宮勤務のひと」くらいの立ち位置でも、これからさらに時間をかけて状況を整えれば――そう自分に言い聞かせてきたというのに。
「薬は全部、飲んだんだよな……? 何か変化は」
ラファエロが様子をうかがいながら尋ねると、アリスはゆっくりと顔を上げてラファエロを見つめてきた。
その仕草。潤んだような瞳。決して弱々しい乙女ではなく、それがまたアリスの魅力だとわかっていてさえ、上目遣いの可憐さに打ち震えそうになる(※耐えている)。
「変化があるようには思えないんですが。殿下、お手を」
「手を?」
どうするつもりだろうと、ラファエロは素直に右手を差し出す。アリスは瓶をエイルの机の上に置き、両手でラファエロの手を包み込むように握りしめた。
剣を持つ無骨な手が、アリスの器用で華奢な手に触れられる衝撃に、ラファエロは息を止める。
きゅ、と力を込めて握りながら、アリスは再びラファエロを見上げてきた。
「間違いが無いように、きちんと殿下に触れておこうと思いました。効果がいつどのような形で出るかはわかりませんが、他の方に対して効いてしまうのは本意ではありません」
いつもと変わらぬ生真面目な口調で、ラファエロの目をまっすぐに見ながら。
「それは、効果が発揮される相手は俺で良いと、そういう意味になるのか?」
「他にどんな意味が?」
きょとんと返された瞬間、心臓が完全に止まった。
いまこの瞬間死んでも悔いはない、という。
(アリス。それはもう愛の告白をしているようなものだが、気づいていないのか。まさか自覚がないのか……!?)
アリスは、片方の手は外したものの、もう一方の手で自然にラファエロの手を取った。いわゆる、手を繋いでいる状態となった。
動揺を顔に出さないよう、意識しすぎたゆえに無表情になりながら、ラファエロはその手を握り返す。
(死ねない。いまはまだ死ねない)
死んでも悔いはないとまで言い切りそうになった自分に(違うだろう。ここで死んだら死にきれないだろう)ともうひとりの自分が言っている。大いに頷く次第である。
脳内会議に結論が出て、ラファエロはしみじみと呟いた。
「ひとの欲望には際限というものが無いな……」
手を繋いだままのアリスが、吐息混じりに「ええ」と頷いた。
「まさに、ですね。いったいどのような方が『惚れ薬』を欲したりするのでしょう。幸いといいますか、そんなに効いている様子はないですが。匂いも味もなかったですし、水を飲んだのかと思いました」
ちら、と見下ろすと、言葉もなく見上げられる。小首を傾げた仕草。邪気の一切感じられない、いとけなさすら漂う瞳。
(効いてる……! 絶対にものすごく効いてる……!! アリスのような専門の薬師が自覚できない形で、強烈に作用している。この薬を作った薬師は天才か!?)
もはや自分の不審過ぎる態度に気付かれないように、息すらひそめているラファエロに対し。
アリスは不意に表情を和らげて言った。
「ひとまず、効力が出るという期間は一緒に過ごす必要があります。いつまでもここにいても仕方ないですから、帰りましょうか、ラファエロさま」
打ち解けたような、警戒心のかけらもない微笑。
(丸一日、二人で一緒に過ごす……死んだ。もうこれは完全に死んだ。いや考えろ。薬にかこつけて変なことをしないように)
耐えなければ。
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