アリスと魔法の薬箱~何もかも奪われ国を追われた薬師の令嬢ですが、ここからが始まりです!~

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
11 / 24
第三章 宮廷薬師として

王宮での生活

しおりを挟む
「薬師殿ー。手が空いてからで良いので、傷薬をもらえないだろうか」

 エキスシェル王宮の一角。
 夕刻、宮廷薬師の詰め所に、演習を終えた騎士が数人我先にと姿を見せる。「俺も」「オレもだ」とあっという間に入り口が黒山の人だかりとなった。
 向かい合う形で六台置かれた机のひとつで書き物をしていたアリスは、素早く立ち上がる。

「後でと言わず今で大丈夫ですよ。毎日のことなので、多めに用意してお待ちしていました。簡単な擦り傷切り傷の方は、ご自分で。いつものように、この薬草をすりつぶして湿布として肌にあてておけば一晩で傷口も消えるはず。今日は、ひどい怪我の方はいますか?」

 テキパキと話しながら歩いて行き、入り口そばの飾り台の上に置かれたトレーを示す。処方用の袋に詰め、渡すだけの状態にした薬草がいくつも並んでいた。
 その台の横から、ふらりと中まで踏み込んできた大柄な騎士が、胸を手でおさえて呻く。

瀝青れきせいが必要かもしれない……」
「そこまでの怪我を?」

 う、と言いながら男はその場に膝をついた。
 素早く歩み寄ったアリスは、かがみこんで「どこですか」と尋ねる。瀝青は薬草ではないが、同じく貴重な特効薬に使われるもの。アリスも扱うことはできるものの、おいそれと処方できるようなものでもない。少なくとも使用には室長以上の権限が必要になる。

「痛くて痛くてたまらないんだ。オレはきっと心臓がやられてる」

 茶色の髪を束ね、近衛騎士の制服に身を包んだ青年。宮廷勤めだけあって、仕事上がりであっても、小綺麗で洗練された雰囲気がある。
 痛がり方は芝居がかっていたが、アリスの立場から「本当ですか。仮病では」などと問いただすのは憚られた。
 ちらりと、窓を背にした位置に一人だけ離れた机を構え、書類にペンを走らせている黒髪の青年を振り返る。

「エイル室長。重傷者が……」

 宮廷薬師筆頭代理。
 アリスが推測した通り、この国の名門薬師一族の出身であるエイルは、肩書もいかつかった。
 騒ぎには気づいていただろうが、完全無視。だが、アリスが声をかけると億劫そうに顔を上げる。

「嘘だ。相手にしなくていい」
「室長、見てもいないでそれはないだろ。手遅れになったらどうするんだ」

 騎士がすぐさま威勢よく反論した。

(とても元気そう)

 身振り手振りで不調を訴える近衛騎士を、アリスはしげしげと眺める。
 本当に、どこが悪いというのか。心臓? と不思議に思いながら見ていると、視線を意識したその騎士は、ふわっと前髪がなびくほどの過剰な動作でアリスを振り返った。

「あなたにお会いして以来、胸の痛みが止まらないんです。これは」
「毒を盛ったことはないですよ。恨みも利害関係も無いですから。隣国から来たばかりなので、すぐに皆さんの信用を得るのが難しいのは、自分でもよくわかっています。それだけに、怪しいとみなされる行動には私自身、慎重です。たとえばどこに行くにも一人にならないように気をつけていますし」

 誤解を招かないよう、アリスはきっぱりと言い切った。

(それは、ラファエロ殿からの厳命なのだけど)

 王宮内でも気を抜くな、一人で出歩かないようにしろ、と。
 具体的にはこの詰め所にいる誰かと一緒に行動することが多くなっている。おかしな動きでもすれば、即座に報告を上げられるだろう。
 今のところは、どこからも咎められることがないので、順調な滑り出しだとアリス自身は考えている。 

「アリス殿。毒とか、そういう話じゃなくてね……。なんというか、胸の痛みにも種類があって」

 近衛騎士の男はなおも食い下がっていたが、アリスが聞き返すより先に「邪魔するぞ」と入り口から声が響き、場が静まり返った。
 眩い銀髪を束ね、仕立ての良い青のジャケットを身に着けた青年。
 さっと道を開けた近衛騎士たちの横を通り過ぎて、部屋の中まで颯爽と進んでくる。

「今日も大盛況だな。アリスが来てからこの方、気のせいではなく演習での負傷者が多い。それが毎日、ここに殺到しているわけだが。どれ、どの程度の怪我か俺が看てやろうか」
「ラファエロ殿下、滅相もない!」

 第二王子ラファエロを前に、集まった騎士たちは口々に言うと、薬草の袋を手に三々五々部屋を退散していく。
 心臓が痛い、と訴えていた騎士の姿も、いつの間にか消えていた。

「大丈夫なのかな。痛がっていたのに」

 入り口まで歩いて廊下に顔を出してみたが、遠くの廊下に数人の後ろ姿が見えただけ。それも角を曲がってしまい、見失った。
 
「アリス、良いように使われているようだが、軽傷者は追い出しても大丈夫だ。あいつらただアリスの顔を見に来ているだけだ」
「見ても面白い顔ではありません。皆さん、暇なんですか」

(近い)

 音も立てずにすぐ隣まで来ていたラファエロを見上げて、アリスはもっともな疑問を口にする。
 曰く言い難い表情で、ラファエロは「ん~」と呻いた。
 何を言うつもりなのかと、アリスは姿勢を正して待つ。
 唇をほんの少し開いたラファエロは、何も言わずにそのまま吐息した。

「アリスが加わってくれたのは心強いんだが、毎日これでは。俺の部下は思った以上にどうしようもない」
「これが仕事ですので、特に不満はありません。まさかこんな待遇を用意してくださるなんて、畏れ多いです。私は隣国の平民身分で、薬師としてもまだまだ一人前とまでは言えませんのに」

 謙遜ではなく。
 土地が変われば、手に入る薬草の種類も変わってくる。その意味では勉強することが多く、即戦力になっている実感もない。
 宮廷勤めなど、辞退も考えないでもなかったが、「何かと側にいてくれた方が、例の件の進捗も相談しやすい」というラファエロの説得があり、引き受けることになった。
 
(知り合ったときは、何かしら身分がありそうな方だとは思っていたけど、まさか貴族ではなく王族。本来なら口をきく機会すらない相手……)

 問題が片付いたら、できるだけ早くこの職を辞して、自分で生きていく方法を探そう。
 アリスはそう決めている。実力が伴わないのに、安穏と宮廷勤めを続けることはできない。
 その思いから、ラファエロに気さくに話しかけられても素直に応じられず、最近はどうも棘のある会話になってしまう。良くないとわかっているが、接し方を決めかねているのだ。
 その戸惑いを知ってか知らずか、ラファエロはアイスブルーの瞳にほんのりと憂いを浮かべつつ、穏やかな声で言った。

「少し話したいと思って、ここに来た。時間は大丈夫だろうか」
「仕事はもうすぐ終わります」

 アリスが控えめに答えると、それまで口を挟まずに書物をしていたエイルが、顔も上げずに「行っておいで」と言った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

処理中です...