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第二章 街道にて
追撃者と告白と
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砂埃。
複数の騎影を目にして、「ここで待つ」とラファエロから指示が出た。
アリスは緊張しながら手綱を握り直す。
「外套で顔を隠してな」
先頭から馬首を巡らせて引き返してきたエイルが、横をすり抜けるときにアリスのフードに手を伸ばし、無造作に頭にひっかけていく。
道の端に寄りながら、二人でアリスを背後にかばう形になった。
「エイル。報告受けてなかったけど、追手に何か心当たりは?」
「無いことも無い。ラファエロは?」
「同じく」
二人が不穏な会話を交わしているうちに、三頭の馬が迫る。乗っているのはいずれも男。
近づくにつれ速度を落として並足となり、通り過ぎることなく横に来て止まった。
アリスは、フードの影から一瞬だけ顔をあげ、相手を確認する。茶色の髪に緑の瞳。見知った相手だけに、すぐに誰かわかった。
(ヘンリー……!)
相手も同様だったようで、目元に柔和な笑みを浮かべて呼びかけてくる。
「アリス? そこにいるのはアリスだよね?」
不自然に優しい、猫撫で声。
背筋にぞくりと悪寒が走る。全身をすっぽり覆う外套を身につけていても、目が合った一瞬で見抜かれてしまっていたのが知れた。
「こんにちは、旅の方かな。私はアンブローズ子爵家のヘンリー。後ろにいる女性の従兄弟にあたります。どういう経緯であなた方とアリスが一緒にいるのかわかりませんけど、迎えに来たんですよ。アリスと少し話をしたい」
鷹揚な話しぶりであったが、押しの強さを漂わせている。拒否はさせない、と。
尋ねられる前から家名を出しているのがその現れ。
(どうしよう……。叔父上の命を受けて追いかけてきたのは確実。今連れ帰られるわけにはいかない。でも、いかにラファエロが強くても、ヘンリーがすでに名乗っている以上、「強盗と勘違いして撃退した」といった言い訳もできないはず。ここで揉めれば子爵家と敵対した事実ができてしまう)
返事をするまでのほんの数秒で、アリスはめまぐるしく考えたが、答えはどう考えてもひとつ。
まったく無関係の二人を巻き込むわけにはいかない。
そのつもりで、顔を上げた。
先に答えたのは、ラファエロであった。
「その話し合いは必要ない。彼女は昨日、暴漢の襲撃を受けている。身辺に危険が迫っていると判断し、我々が保護した。このまま安全な場所まで連れていく」
「おかしなことを言う方だ。彼女を保護するのは、どう考えても身内であるこちらの役目。失礼ながら、私はあなた方を知らない。……暴漢の襲撃と言いましたか。実は今朝、『アリスの工房が荒らされていて、本人の姿が無い』という知らせが子爵家にあり、ほうぼう手を尽くして探していたんです。まさか町の外に出たかと追いかけてきてみれば、この有様」
ヘンリーはそこで言葉を区切り、身をわずかに傾ける。
二人の影になったアリスを確認するような動作をしてから、強い口調で言った。
「アリス、こちらにおいで。なぜ見知らぬ男を頼る。危機的状況から救われた? 騙されているとは考えないのか。お前を信頼させるため、一芝居打たれたやもしれないぞ。その男は危険だ」
返事をすべくアリスが呼吸を整えた一瞬、肩越しにエイルが振り返った。
紫水晶の瞳を向けて、素早く言う。
「今さら『巻き込みたくない』なんて考えるな。俺たちも馬鹿じゃない。訳ありなのはわかっている。その上で、君を他の誰かに渡す気はない。戦闘に参加できる魔法が無いなら動くなよ、薬師の君」
エイルが向き直ると同時に、ヘンリーがかぶせるように声をかけてきた。
「何をごちゃごちゃ話しているのか。さっさと彼女を渡せ。後悔するぞ」
ふっと、ラファエロとエイルが同時に笑った気配があった。「悪役のセリフだな」とエイルが言う。
(何か変。ヘンリーは、昨日襲撃を失敗した暴漢から、ラファエロが腕が立つことは聞いているはず。この人数でかなうと考えてはいないと思うのだけど)
アリスはヘンリーを良く思っていないが、それで能力を過小評価することはしない。この余裕ぶりには何か裏があると確信する。
まさにそのとき、ヘンリーが楽しげな口調で言った。
「そちらがアリスのことをどれだけ把握しているかはわからないが、彼女はある理由からそれなりの重要人物だ。行方不明の件を伝えたところ、ちょうど町に駐留していた王弟殿下の軍も対応を約束してくれている。この先どれだけ急いで逃げても、国境に至るまでには捕捉されるだろう。三人でどうするつもりだ」
「なるほど。この街道を進んでいることで、目的地が国境、その向こうだとアタリはつけているわけか。そして、子爵家の嘆願で軍も動いていると。であれば、差し向けてくれて構わない。おそらくその軍には、俺の『顔見知り』がいる。ごろつき連中を相手にするより、こちらも楽だ」
プレッシャーをかけられても、ラファエロは余裕の態度を崩さずに軽やかに応じる。
はじめて、ヘンリーの眼差しに鋭いものが閃いた。
「……物怖じしない。どうもおかしい。ただの旅人とも思えない。何者だ?」
「さてどうしたものか。名乗っても良いが、聞けば後悔するぞ」
先程ヘンリーから脅迫に使われた「後悔するぞ」をそのまま返して、ラファエロは不敵に微笑む。
ほんの少し思案するように眉を寄せ、ヘンリーは低い声をもらした。
「であれば、この場は一度引こう。ただし、次はこうはいかない。アリス、気が変わったらすぐに戻っておいで。その男たちは妙だ。一緒に行けば大変な思いをするだろう」
手の動作で後ろに控えた二人の男に指図をしながら、手綱を繰って距離を取る。
やがて「次の機会に」と言い残して、背を向けて引き返して行った。
見送ることなく、ラファエロはアリスに顔を向ける。
「あの男がアリスの敵と考えて間違いないか」
「敵、とまで言い切ることは保留にしますが。ついて行こうとは思わない相手です。自作自演といいますか、昨日の襲撃に関わりがあると疑っています」
迷いながらも、踏み込んだ発言をした。
だが、すでに巻き込んでしまった後。
意を決して続ける。
「私は現アンブローズ子爵家の当主が、魔法薬草販売事業で不正をしていることに気づいてしまいました。今は手元にその証拠もありませんが……。私の魔力は一族の中で際立ってはいますが、この不正に関しては私の魔法はむしろ邪魔。その意味では、不正に気付きつつ加担を拒否した私は、この先口封じされる恐れもあります。ヘンリーが言う『次』にはその意味も含まれているはず。私があなたがたにこの話をすることも考えて、間を置かずに対応してくるはずです。ここまで黙っていて申し訳ありません。私はお二人を危険にさらしています。ここで」
もう、置いていってください。
その言葉を口にする前に、ラファエロに力強く頷かれる。
「事情はわかった。信用して話してくれてありがとう。この先もアリスの身の安全を守るため力を尽くす。俺もエイルも」
水を向けられたエイルもまた、にこりと微笑みかけてきた。
「アンブローズ子爵家の魔法には前から興味があったんだ。血によって受け継がれる癒やしの力。その持ち主が、君のような結婚適齢期の未婚女性というのは運命を感じずにはいられない。……未婚だよね?」
「はい」
なんの確認だろう、と思ったところでエイルが笑ったまま言った。
「僕はエキスシェルで魔法薬草を扱っている。立場はこの国におけるアンブローズ子爵家に近い。ちなみに未婚。婚約者もいない。アリスさえ良ければ、亡命した暁には結婚も視野に入れておいて」
「エイル……っ!!」
アリスより先に、ラファエロが目をむいて名を呼んだが、エイルが悪びれた様子もなく堂々と言い放った。
「そのくらいの事情でも言っておかないと、アリスはずっと遠慮しそうだから。こちらにはこちらで、君を助ける理由はいくつもあるんだ。居心地悪そうな顔をしていないで、僕たちに任せておいて。さて、それでは行こう」
さっと馬を走らせ、先程までと同じように先頭を行く。
何を言われたか、理解が追いつかないままアリスはひとまずその背を追って馬を進めた。
横につけてきたラファエロは、唇を引き結んでなぜか沈痛な面持ちをしていたが、やがて「すまない」と小声で謝ってきた。
なんの謝罪か、アリスにはついにわからなかった。
複数の騎影を目にして、「ここで待つ」とラファエロから指示が出た。
アリスは緊張しながら手綱を握り直す。
「外套で顔を隠してな」
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道の端に寄りながら、二人でアリスを背後にかばう形になった。
「エイル。報告受けてなかったけど、追手に何か心当たりは?」
「無いことも無い。ラファエロは?」
「同じく」
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近づくにつれ速度を落として並足となり、通り過ぎることなく横に来て止まった。
アリスは、フードの影から一瞬だけ顔をあげ、相手を確認する。茶色の髪に緑の瞳。見知った相手だけに、すぐに誰かわかった。
(ヘンリー……!)
相手も同様だったようで、目元に柔和な笑みを浮かべて呼びかけてくる。
「アリス? そこにいるのはアリスだよね?」
不自然に優しい、猫撫で声。
背筋にぞくりと悪寒が走る。全身をすっぽり覆う外套を身につけていても、目が合った一瞬で見抜かれてしまっていたのが知れた。
「こんにちは、旅の方かな。私はアンブローズ子爵家のヘンリー。後ろにいる女性の従兄弟にあたります。どういう経緯であなた方とアリスが一緒にいるのかわかりませんけど、迎えに来たんですよ。アリスと少し話をしたい」
鷹揚な話しぶりであったが、押しの強さを漂わせている。拒否はさせない、と。
尋ねられる前から家名を出しているのがその現れ。
(どうしよう……。叔父上の命を受けて追いかけてきたのは確実。今連れ帰られるわけにはいかない。でも、いかにラファエロが強くても、ヘンリーがすでに名乗っている以上、「強盗と勘違いして撃退した」といった言い訳もできないはず。ここで揉めれば子爵家と敵対した事実ができてしまう)
返事をするまでのほんの数秒で、アリスはめまぐるしく考えたが、答えはどう考えてもひとつ。
まったく無関係の二人を巻き込むわけにはいかない。
そのつもりで、顔を上げた。
先に答えたのは、ラファエロであった。
「その話し合いは必要ない。彼女は昨日、暴漢の襲撃を受けている。身辺に危険が迫っていると判断し、我々が保護した。このまま安全な場所まで連れていく」
「おかしなことを言う方だ。彼女を保護するのは、どう考えても身内であるこちらの役目。失礼ながら、私はあなた方を知らない。……暴漢の襲撃と言いましたか。実は今朝、『アリスの工房が荒らされていて、本人の姿が無い』という知らせが子爵家にあり、ほうぼう手を尽くして探していたんです。まさか町の外に出たかと追いかけてきてみれば、この有様」
ヘンリーはそこで言葉を区切り、身をわずかに傾ける。
二人の影になったアリスを確認するような動作をしてから、強い口調で言った。
「アリス、こちらにおいで。なぜ見知らぬ男を頼る。危機的状況から救われた? 騙されているとは考えないのか。お前を信頼させるため、一芝居打たれたやもしれないぞ。その男は危険だ」
返事をすべくアリスが呼吸を整えた一瞬、肩越しにエイルが振り返った。
紫水晶の瞳を向けて、素早く言う。
「今さら『巻き込みたくない』なんて考えるな。俺たちも馬鹿じゃない。訳ありなのはわかっている。その上で、君を他の誰かに渡す気はない。戦闘に参加できる魔法が無いなら動くなよ、薬師の君」
エイルが向き直ると同時に、ヘンリーがかぶせるように声をかけてきた。
「何をごちゃごちゃ話しているのか。さっさと彼女を渡せ。後悔するぞ」
ふっと、ラファエロとエイルが同時に笑った気配があった。「悪役のセリフだな」とエイルが言う。
(何か変。ヘンリーは、昨日襲撃を失敗した暴漢から、ラファエロが腕が立つことは聞いているはず。この人数でかなうと考えてはいないと思うのだけど)
アリスはヘンリーを良く思っていないが、それで能力を過小評価することはしない。この余裕ぶりには何か裏があると確信する。
まさにそのとき、ヘンリーが楽しげな口調で言った。
「そちらがアリスのことをどれだけ把握しているかはわからないが、彼女はある理由からそれなりの重要人物だ。行方不明の件を伝えたところ、ちょうど町に駐留していた王弟殿下の軍も対応を約束してくれている。この先どれだけ急いで逃げても、国境に至るまでには捕捉されるだろう。三人でどうするつもりだ」
「なるほど。この街道を進んでいることで、目的地が国境、その向こうだとアタリはつけているわけか。そして、子爵家の嘆願で軍も動いていると。であれば、差し向けてくれて構わない。おそらくその軍には、俺の『顔見知り』がいる。ごろつき連中を相手にするより、こちらも楽だ」
プレッシャーをかけられても、ラファエロは余裕の態度を崩さずに軽やかに応じる。
はじめて、ヘンリーの眼差しに鋭いものが閃いた。
「……物怖じしない。どうもおかしい。ただの旅人とも思えない。何者だ?」
「さてどうしたものか。名乗っても良いが、聞けば後悔するぞ」
先程ヘンリーから脅迫に使われた「後悔するぞ」をそのまま返して、ラファエロは不敵に微笑む。
ほんの少し思案するように眉を寄せ、ヘンリーは低い声をもらした。
「であれば、この場は一度引こう。ただし、次はこうはいかない。アリス、気が変わったらすぐに戻っておいで。その男たちは妙だ。一緒に行けば大変な思いをするだろう」
手の動作で後ろに控えた二人の男に指図をしながら、手綱を繰って距離を取る。
やがて「次の機会に」と言い残して、背を向けて引き返して行った。
見送ることなく、ラファエロはアリスに顔を向ける。
「あの男がアリスの敵と考えて間違いないか」
「敵、とまで言い切ることは保留にしますが。ついて行こうとは思わない相手です。自作自演といいますか、昨日の襲撃に関わりがあると疑っています」
迷いながらも、踏み込んだ発言をした。
だが、すでに巻き込んでしまった後。
意を決して続ける。
「私は現アンブローズ子爵家の当主が、魔法薬草販売事業で不正をしていることに気づいてしまいました。今は手元にその証拠もありませんが……。私の魔力は一族の中で際立ってはいますが、この不正に関しては私の魔法はむしろ邪魔。その意味では、不正に気付きつつ加担を拒否した私は、この先口封じされる恐れもあります。ヘンリーが言う『次』にはその意味も含まれているはず。私があなたがたにこの話をすることも考えて、間を置かずに対応してくるはずです。ここまで黙っていて申し訳ありません。私はお二人を危険にさらしています。ここで」
もう、置いていってください。
その言葉を口にする前に、ラファエロに力強く頷かれる。
「事情はわかった。信用して話してくれてありがとう。この先もアリスの身の安全を守るため力を尽くす。俺もエイルも」
水を向けられたエイルもまた、にこりと微笑みかけてきた。
「アンブローズ子爵家の魔法には前から興味があったんだ。血によって受け継がれる癒やしの力。その持ち主が、君のような結婚適齢期の未婚女性というのは運命を感じずにはいられない。……未婚だよね?」
「はい」
なんの確認だろう、と思ったところでエイルが笑ったまま言った。
「僕はエキスシェルで魔法薬草を扱っている。立場はこの国におけるアンブローズ子爵家に近い。ちなみに未婚。婚約者もいない。アリスさえ良ければ、亡命した暁には結婚も視野に入れておいて」
「エイル……っ!!」
アリスより先に、ラファエロが目をむいて名を呼んだが、エイルが悪びれた様子もなく堂々と言い放った。
「そのくらいの事情でも言っておかないと、アリスはずっと遠慮しそうだから。こちらにはこちらで、君を助ける理由はいくつもあるんだ。居心地悪そうな顔をしていないで、僕たちに任せておいて。さて、それでは行こう」
さっと馬を走らせ、先程までと同じように先頭を行く。
何を言われたか、理解が追いつかないままアリスはひとまずその背を追って馬を進めた。
横につけてきたラファエロは、唇を引き結んでなぜか沈痛な面持ちをしていたが、やがて「すまない」と小声で謝ってきた。
なんの謝罪か、アリスにはついにわからなかった。
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