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第二話
森の中
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――ほんっと、うちの殿下には困ったものです。相手は怪我人ですよ? 自覚ありますか?
――うるさい、声が大きい。アシュレイが起きる。
――いえいえ、黙りませんよ。言わせて頂きますけどね。もとはと言えば殿下の一目ぼれで、わがままでこんな遠くまであの方を連れてきているんですからね! それが、守り通すこともできずに危険な目に合わせて。その挙句、介抱しているうちに変な気を起こしただなんて……ケダモノですね!
――違う、誤解だ。何もしていない。血を失い過ぎて体温が下がった相手には、ああやって肌を合わせて熱を与えるのが一番効率が良いし、水だって自力で飲めなかったからああするしか!!
――理性飛びかけていたくせに。えっち。
ゆめうつつ、遠くで誰かが何かを話している。
声は聞こえるものの、内容はよく頭に入ってこない。
(片方はエグバードさま……? 相手は……たしか……、ライアスさん?)
エグバードの従者の男性の声のような気がする。
声の調子から、どうもエグバードが怒られているようだが、はっきりしたことがわからない。
聞いているつもりでも、意識が浮かび上がっている時間は本当に短いらしく、会話がぶつぶつと途切れる。
たまに目を開けると、エグバードがそばにいて、何か言っている。蜂蜜と混ぜ合わせたような甘い水を少しずつ飲ませてくれたり、髪を撫でてくれたり。
(大きな手……優しくて気持ち良い……)
何か言いたいのに、何も言えないまま眠りに落ちる、その繰り返し。
「ここ……」
ようやく声が出たのは、最初に会話してからどのくらいたってからのことだろう。
「ああ、今日は少し元気そうだな。ここは森の中で見つけた小屋だ。あの城を出てから三日経ってるんだが、お前の怪我のこともあるから留まっていた。随従たちとは合流できたんだが、何人かは街に向かわせている。ここは俺とライアスと……」
機嫌が良さそうに話してくれるエグバード。ドアが開かれていて、明るい光が差し込んでいる。いまは昼間らしい。
「追手は」
「今のところは大丈夫だ。アリシア姫が見逃してくれた……とは考えていないが、泳がされているのかもしれない。姫の気持ちがまだ俺にあるかは不明だが、もし襲撃があったら俺が盾になって君を守る。今度は……」
エグバードは、アシュレイの力の入っていない手を両手で握りしめて、自分の唇の近くに寄せた。
「調子の良いことを言っていると思うだろうが、守る」
その言葉を聞いた瞬間、アシュレイは反射的に身を起こした。
自分ではそのつもりだったが、脇腹に力が入らずにずるりと体勢が崩れ、エグバードに抱き留められる。
藁を重ねたうえに布を敷いただけのような簡易ベッドで、エグバードは床に膝をついていた。
あたりはガランとしていて、何もない。
「どうした、突然」
しっかりと胸に抱き寄せられているせいで、声が体に直接響いてくる。
アシュレイは立ち眩みのような眩暈に襲われて、目を閉ざしながら答えた。
「守る、という言葉に……」
反応しました。
(守られている場合ではないので)
最後までうまく言えないまま、呼吸を整えてもう一度口を開く。
「怪我は……。私は動けるように、なります、か?」
ふふっとエグバードが笑う気配があった。
「それだけ話せるなら大丈夫だ。もう一番危ないところは脱しただろう。次に目覚めたときには何か少しでも食べろ。動けるようになったらここを出発する」
(ああ、私がいるから、こんないつ敵の襲撃があるとも知れない場所から動けないのか……)
意識が途切れそうになりながら、アシュレイは一言呟いた。
「申し訳ありません……」
閉じたままの瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちたのを感じながら、どうすることもできずに今一度眠りに落ちた。
――うるさい、声が大きい。アシュレイが起きる。
――いえいえ、黙りませんよ。言わせて頂きますけどね。もとはと言えば殿下の一目ぼれで、わがままでこんな遠くまであの方を連れてきているんですからね! それが、守り通すこともできずに危険な目に合わせて。その挙句、介抱しているうちに変な気を起こしただなんて……ケダモノですね!
――違う、誤解だ。何もしていない。血を失い過ぎて体温が下がった相手には、ああやって肌を合わせて熱を与えるのが一番効率が良いし、水だって自力で飲めなかったからああするしか!!
――理性飛びかけていたくせに。えっち。
ゆめうつつ、遠くで誰かが何かを話している。
声は聞こえるものの、内容はよく頭に入ってこない。
(片方はエグバードさま……? 相手は……たしか……、ライアスさん?)
エグバードの従者の男性の声のような気がする。
声の調子から、どうもエグバードが怒られているようだが、はっきりしたことがわからない。
聞いているつもりでも、意識が浮かび上がっている時間は本当に短いらしく、会話がぶつぶつと途切れる。
たまに目を開けると、エグバードがそばにいて、何か言っている。蜂蜜と混ぜ合わせたような甘い水を少しずつ飲ませてくれたり、髪を撫でてくれたり。
(大きな手……優しくて気持ち良い……)
何か言いたいのに、何も言えないまま眠りに落ちる、その繰り返し。
「ここ……」
ようやく声が出たのは、最初に会話してからどのくらいたってからのことだろう。
「ああ、今日は少し元気そうだな。ここは森の中で見つけた小屋だ。あの城を出てから三日経ってるんだが、お前の怪我のこともあるから留まっていた。随従たちとは合流できたんだが、何人かは街に向かわせている。ここは俺とライアスと……」
機嫌が良さそうに話してくれるエグバード。ドアが開かれていて、明るい光が差し込んでいる。いまは昼間らしい。
「追手は」
「今のところは大丈夫だ。アリシア姫が見逃してくれた……とは考えていないが、泳がされているのかもしれない。姫の気持ちがまだ俺にあるかは不明だが、もし襲撃があったら俺が盾になって君を守る。今度は……」
エグバードは、アシュレイの力の入っていない手を両手で握りしめて、自分の唇の近くに寄せた。
「調子の良いことを言っていると思うだろうが、守る」
その言葉を聞いた瞬間、アシュレイは反射的に身を起こした。
自分ではそのつもりだったが、脇腹に力が入らずにずるりと体勢が崩れ、エグバードに抱き留められる。
藁を重ねたうえに布を敷いただけのような簡易ベッドで、エグバードは床に膝をついていた。
あたりはガランとしていて、何もない。
「どうした、突然」
しっかりと胸に抱き寄せられているせいで、声が体に直接響いてくる。
アシュレイは立ち眩みのような眩暈に襲われて、目を閉ざしながら答えた。
「守る、という言葉に……」
反応しました。
(守られている場合ではないので)
最後までうまく言えないまま、呼吸を整えてもう一度口を開く。
「怪我は……。私は動けるように、なります、か?」
ふふっとエグバードが笑う気配があった。
「それだけ話せるなら大丈夫だ。もう一番危ないところは脱しただろう。次に目覚めたときには何か少しでも食べろ。動けるようになったらここを出発する」
(ああ、私がいるから、こんないつ敵の襲撃があるとも知れない場所から動けないのか……)
意識が途切れそうになりながら、アシュレイは一言呟いた。
「申し訳ありません……」
閉じたままの瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちたのを感じながら、どうすることもできずに今一度眠りに落ちた。
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