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第一話
脱出
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「この顔をよく見ろ! 本日の主賓、レガイラのエグバードだ! 俺を殺す許可は下りているのか?」
騒ぎに気付いた兵が押し寄せたところで、ここぞとばかりにエグバードは名乗りを上げた。
背中にアシュレイをかばいながら。
(かばれわている場合では、と言いたいところだけど。私の命は軽い……)
矢面に立てば、あっさりと射殺される。その程度の価値。
護衛として訓練を積み、貴人を守る為に生き、命を散らす。そのことに疑問を覚えないようにしようと思って来たけれど。
エグバードが、そんな自分を守ろうとしてくれているから。
(死ねない。せめてここを切り抜けるまでは)
彼は、アシュレイを殺して自分が生き延びる方法を、すでに却下している。この上「足手まといになりたくない」とごねても面倒をかけるだけ。
私は、私にできることをする。
エグバードの名乗りを受け、手を出しかねて遠巻きにする兵たち。
すばやく視線をすべらせながら、エグバードが低い声で「行くぞ」と囁いてきた。
「はい。突破しましょう」
二人が動けば、さすがに逃がすわけにはと包囲が狭まる。怯まずに、エグバードが剣を振るい、目の前の相手を薙ぎ倒す。
すかさず剣を向けてきた相手は、アシュレイがナイフでいなしつつ、手を蹴り上げて剣を跳ね飛ばした。
「お供の方々は」
包囲を抜けて廊下を走りながら、アシュレイが声をかける。
「俺の従者はそれなりにしぶとい。心配しなくても、異変を感じれば自分で行動を起こしている」
ここまでの道中、同行していた面々を思い浮かべてアシュレイはほっと小さく息を吐いた。
「それなら安心です。皆さんを置いて逃げるわけにはと思っていましたので」
エグバードの部下の中には、アシュレイの事情を知っている者もいるが、とても親切にしてくれた。自分たちだけ脱出しても、残った面々が見せしめとして殺されたり拷問を受けたりするのではという心配があった。
「ひとまず外へ」
エグバードが言ったそのとき、前方に人影がひとつ。
「牢破りをなさったみたいね、エグバード様」
窓のない廊下で、灯りは左右の壁に等間隔に灯された蝋燭の火のみ。
その乏しい光の中で、フリルとレースを重ねた薄黄色のドレスにガウンを羽織った姫君が立っていた。
「これはこれはアリシア姫、この度は趣向を凝らした歓待をどうも。おかげでしなくてもいい怪我をしている人間がたくさんいるぞ」
道すがら、襲い掛かってきた相手の命を奪わぬようには気を付けてはいたものの、手加減は出来ていない。
「あなたがわたくしとの婚姻をないがしろにし、そんなつまらない女を連れてくるから。もう少し見どころのある姫ならばいざ知らず、どこにでもいるような醜女」
力強く、罵られた。
エグバードの影から見たアリシア姫は、さすがに高貴の身の上を思わせる整った細面で、絹糸のような金髪もうつくしく、美人に見えた。
「これで俺の一目ぼれでね。その暴言は許しがたい」
何やらエグバードは張り合うように言い返したが、アシュレイは(ブスでいいです、もう。そこは触れないでください)とひそかに首を振る。
アリシアはほとんど表情を変えずに目を細め、嘆息した。
「ここまで騒がれてしまっては興ざめもいいところよ。さっさと私の目の前から消えて。表門から出られるようにしておくわ」
「……それはどうも」
エグバードの返事はわずかに逡巡しているようでもあったが、その申し出を受け入れることにしたらしい。
(そんなにあっさり? なにか裏があるのでは?)
アシュレイもいわく言い難い嫌な気配は感じたものの、「行こう」とエグバードに促され、表門に向かう運びとなった。
* * *
兵たちにも連絡が入ったようで、咎められることなく表門を出る。
(本当に逃がすつもり? この後エグバード様が生きて国に帰った場合、国際問題になって下手をすれば戦争沙汰なのでは……?)
アリシア姫のわがままは、「幽閉され餓死を恐れたエグバードが妻を手にかけ、罪悪感から口をつぐんでアリシア姫との結婚を承諾する」という線が守られなければただの失敗だ。
傍からみればバカげた策略でも、やると決めた以上はやり抜くしかないように思える。
「エグバードさま……」
開いた門を並んで通り抜けてから、アシュレイはエグバードに声をかける。
絶対に、何かある。
そう思いながら、嫌な予感とともに振り返った。
城壁の上で、何かがきらりと光るのが見えた。
(まさか、この暗さで正確に矢で射ることなど)
当たる訳がないと思いながらも、アシュレイはとっさに身を乗り出してエグバードの盾となる。
風を感じた瞬間、体を捻って避けようと思ったが、よけてしまえばエグバードに当たってしまう。
受けるしかない、と考えるまでもなく体が判断していた。
脇腹に、激しい衝撃。
「あっ……」
それはすぐに痛みとなって、耐え切れずに膝から崩れ落ちる。
眩暈がして、視界がぐらついた。
(エグバードさま……)
「アシュレイ!?」
エグバードの抑えた悲鳴を聞きながら、アシュレイは目を閉ざした。
騒ぎに気付いた兵が押し寄せたところで、ここぞとばかりにエグバードは名乗りを上げた。
背中にアシュレイをかばいながら。
(かばれわている場合では、と言いたいところだけど。私の命は軽い……)
矢面に立てば、あっさりと射殺される。その程度の価値。
護衛として訓練を積み、貴人を守る為に生き、命を散らす。そのことに疑問を覚えないようにしようと思って来たけれど。
エグバードが、そんな自分を守ろうとしてくれているから。
(死ねない。せめてここを切り抜けるまでは)
彼は、アシュレイを殺して自分が生き延びる方法を、すでに却下している。この上「足手まといになりたくない」とごねても面倒をかけるだけ。
私は、私にできることをする。
エグバードの名乗りを受け、手を出しかねて遠巻きにする兵たち。
すばやく視線をすべらせながら、エグバードが低い声で「行くぞ」と囁いてきた。
「はい。突破しましょう」
二人が動けば、さすがに逃がすわけにはと包囲が狭まる。怯まずに、エグバードが剣を振るい、目の前の相手を薙ぎ倒す。
すかさず剣を向けてきた相手は、アシュレイがナイフでいなしつつ、手を蹴り上げて剣を跳ね飛ばした。
「お供の方々は」
包囲を抜けて廊下を走りながら、アシュレイが声をかける。
「俺の従者はそれなりにしぶとい。心配しなくても、異変を感じれば自分で行動を起こしている」
ここまでの道中、同行していた面々を思い浮かべてアシュレイはほっと小さく息を吐いた。
「それなら安心です。皆さんを置いて逃げるわけにはと思っていましたので」
エグバードの部下の中には、アシュレイの事情を知っている者もいるが、とても親切にしてくれた。自分たちだけ脱出しても、残った面々が見せしめとして殺されたり拷問を受けたりするのではという心配があった。
「ひとまず外へ」
エグバードが言ったそのとき、前方に人影がひとつ。
「牢破りをなさったみたいね、エグバード様」
窓のない廊下で、灯りは左右の壁に等間隔に灯された蝋燭の火のみ。
その乏しい光の中で、フリルとレースを重ねた薄黄色のドレスにガウンを羽織った姫君が立っていた。
「これはこれはアリシア姫、この度は趣向を凝らした歓待をどうも。おかげでしなくてもいい怪我をしている人間がたくさんいるぞ」
道すがら、襲い掛かってきた相手の命を奪わぬようには気を付けてはいたものの、手加減は出来ていない。
「あなたがわたくしとの婚姻をないがしろにし、そんなつまらない女を連れてくるから。もう少し見どころのある姫ならばいざ知らず、どこにでもいるような醜女」
力強く、罵られた。
エグバードの影から見たアリシア姫は、さすがに高貴の身の上を思わせる整った細面で、絹糸のような金髪もうつくしく、美人に見えた。
「これで俺の一目ぼれでね。その暴言は許しがたい」
何やらエグバードは張り合うように言い返したが、アシュレイは(ブスでいいです、もう。そこは触れないでください)とひそかに首を振る。
アリシアはほとんど表情を変えずに目を細め、嘆息した。
「ここまで騒がれてしまっては興ざめもいいところよ。さっさと私の目の前から消えて。表門から出られるようにしておくわ」
「……それはどうも」
エグバードの返事はわずかに逡巡しているようでもあったが、その申し出を受け入れることにしたらしい。
(そんなにあっさり? なにか裏があるのでは?)
アシュレイもいわく言い難い嫌な気配は感じたものの、「行こう」とエグバードに促され、表門に向かう運びとなった。
* * *
兵たちにも連絡が入ったようで、咎められることなく表門を出る。
(本当に逃がすつもり? この後エグバード様が生きて国に帰った場合、国際問題になって下手をすれば戦争沙汰なのでは……?)
アリシア姫のわがままは、「幽閉され餓死を恐れたエグバードが妻を手にかけ、罪悪感から口をつぐんでアリシア姫との結婚を承諾する」という線が守られなければただの失敗だ。
傍からみればバカげた策略でも、やると決めた以上はやり抜くしかないように思える。
「エグバードさま……」
開いた門を並んで通り抜けてから、アシュレイはエグバードに声をかける。
絶対に、何かある。
そう思いながら、嫌な予感とともに振り返った。
城壁の上で、何かがきらりと光るのが見えた。
(まさか、この暗さで正確に矢で射ることなど)
当たる訳がないと思いながらも、アシュレイはとっさに身を乗り出してエグバードの盾となる。
風を感じた瞬間、体を捻って避けようと思ったが、よけてしまえばエグバードに当たってしまう。
受けるしかない、と考えるまでもなく体が判断していた。
脇腹に、激しい衝撃。
「あっ……」
それはすぐに痛みとなって、耐え切れずに膝から崩れ落ちる。
眩暈がして、視界がぐらついた。
(エグバードさま……)
「アシュレイ!?」
エグバードの抑えた悲鳴を聞きながら、アシュレイは目を閉ざした。
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