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第八章
晩餐のあとで
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「今夜の席では、ガウェイン様に驚かされっぱなしでした」
アルフォンスたちとは店で別れ、屋敷へと帰り着いて部屋へと引き下がってから、ジュディはようやく胸に溜めていたことを口にした。
「そう?」
ワインを飲んでいたはずだが、ランプのやわらかい灯りの中で、ガウェインの顔色はまったく変わらないように見える。
帰宅が遅いだろうからと、あらかじめメイドには休んでいて良いと伝えていたので、着替えを手伝うべく部屋に来る者もいない。
ガウェインの従僕も、姿を見せない。ステファンはフィリップスに付き従う形で、早々に引き下がっている。
「浴室の準備はできているよ。まずは少し寛いだら良いんじゃないかな。君が湯に浸かったまま寝てしまわないように、気をつけておくから」
袖口のカフスを外しながら軽い口ぶりでそう言ったガウェインは、以前ジュディが旅先の公爵邸で寝落ちしたのを思い出したように、ふっと笑った。ジュディも同時に思い出して、ソファに座ろうとしていたのを思いとどまる。疲れている素振りは見せないように背を伸ばして、ガウェインに言い返した。
「あのときは、本当にありがとうございました。今日はそこまで疲れていないので、大丈夫です。浴槽から出てくるまで、きちんと目を開けたままでいますから」
「心配だな。そうだ、一緒に入ろうか。君、寝てる暇ないよ」
「一緒に?」
聞き返してから、二人で浴槽に浸かる光景を思い浮かべて、ジュディは頬に血を上らせた。
数年間人妻だった期間があり、ガウェインとは再婚になるジュディであるが、諸々の事情からひどく奥手であるというのは、すでに二人の間で了解事項になっている。
(今日のガウェイン様は、なんだか無限に甘さが湧き出してくるような……怖いくらい。何かあったのかしら)
レストランでの対応といい、甘やかされていると夢心地になる前に心配になってしまうジュディであった。
しかし、どう切り出して良いかもわからず、まずは普段通りの会話で様子を窺うことにした。
「お風呂の前に、ですね。今晩、ヴィヴィアンさんの言っていた件について少し詳しく聞いておきたいのですが。レイトン侯爵夫人の『金曜会』という集まり、私は初耳です。ガウェイン様は招待状の確保に関して二つ返事でしたが、交流のある方なのでしょうか」
ジャケットを脱いだガウェインは、ジュディをちらりと見て穏やかな声で言った。
「その話を続けるつもりなら、座ったほうが良い。君にしては珍しく、深酒しているように見えた。足元は大丈夫? お茶を用意しようか」
言った側から、すぐにでも自分でてきぱきと動いてしまうのが、ガウェインというひとだ。ジュディは慌てて「お気遣いなく!」と声を上げる。
「水差しの水を飲みます。長々とあなたを引き止めて話そうとも思いません。ガウェイン様こそ、まずは湯を使って楽な服装に着替えたほうが良いです。私はここで待っていますから……」
自分が立ったままでいるから、ガウェインも落ち着かないのかと思い直して、ジュディはソファに腰を下ろす。
その瞬間、ずしりと持て余すほどに自分自身の体が重く感じられて、自覚しないままずいぶん酔っていたことに気づいた。
ガウェインが、早足で近づいてくる。
「やっぱり、強がっていたな。いま湯に浸かったら溺れてしまうよ。俺と一緒に入らないというのなら、今日はもう寝てしまった方が良い」
座面が沈み込み、隣に座ったガウェインに手を掴まれた。
気配は感じるのだが、めまいのせいでうまく反応ができないまま、ジュディはソファの背もたれに背を預けて目を瞑る。
「すみません……。強がったつもりはないんですけど、酔っているみたいです」
「うん。俺がテーブルについたときには、君はもうだいぶ無理していそうに見えた。最近の疲れが出たんじゃないか。過密スケジュールで、ずっと気を張っていたから。そうさせているのは俺だ。気づかないで、申し訳ないことをした」
声が近い。いつの間にかガウェインの腕に抱き寄せられて、胸元に頭を預ける形になっていた。一瞬、意識が飛んだのかもしれない。
(今日、ガウェイン様のご様子がいつもと違ったのは、もしかしてご自身のふるまいの反省から……? 結婚式の準備も、お屋敷のこともガウェイン様の手伝いも私がやりたくてやっていることなのですから、責任を感じることではないのに)
時間がない中で、できる限りのことを頑張ろうと思っていたのは、ジュディの意思でもある。
伝えねば、と思った。
しかし、灯りを絞った居心地の良い部屋で、ガウェインの腕に収まっている安心感から急速に眠気が襲ってきて、口がろくに動かない。ジュディは、かろうじて「大丈夫です」ともごもごとだけ告げた。
「いいから、今日はもうおやすみ。明日また、笑顔の君に会いたい」
眠りに落ちる前に、ガウェインがたしかにそう言うのを聞いた。額にくちづけを受けた気もする。
(私も、明日また笑顔のあなたに……)
はい、と返事をしたつもりだが、声になったかどうかはわからない。
そこから、ジュディはあっという間に眠りに落ちた。
アルフォンスたちとは店で別れ、屋敷へと帰り着いて部屋へと引き下がってから、ジュディはようやく胸に溜めていたことを口にした。
「そう?」
ワインを飲んでいたはずだが、ランプのやわらかい灯りの中で、ガウェインの顔色はまったく変わらないように見える。
帰宅が遅いだろうからと、あらかじめメイドには休んでいて良いと伝えていたので、着替えを手伝うべく部屋に来る者もいない。
ガウェインの従僕も、姿を見せない。ステファンはフィリップスに付き従う形で、早々に引き下がっている。
「浴室の準備はできているよ。まずは少し寛いだら良いんじゃないかな。君が湯に浸かったまま寝てしまわないように、気をつけておくから」
袖口のカフスを外しながら軽い口ぶりでそう言ったガウェインは、以前ジュディが旅先の公爵邸で寝落ちしたのを思い出したように、ふっと笑った。ジュディも同時に思い出して、ソファに座ろうとしていたのを思いとどまる。疲れている素振りは見せないように背を伸ばして、ガウェインに言い返した。
「あのときは、本当にありがとうございました。今日はそこまで疲れていないので、大丈夫です。浴槽から出てくるまで、きちんと目を開けたままでいますから」
「心配だな。そうだ、一緒に入ろうか。君、寝てる暇ないよ」
「一緒に?」
聞き返してから、二人で浴槽に浸かる光景を思い浮かべて、ジュディは頬に血を上らせた。
数年間人妻だった期間があり、ガウェインとは再婚になるジュディであるが、諸々の事情からひどく奥手であるというのは、すでに二人の間で了解事項になっている。
(今日のガウェイン様は、なんだか無限に甘さが湧き出してくるような……怖いくらい。何かあったのかしら)
レストランでの対応といい、甘やかされていると夢心地になる前に心配になってしまうジュディであった。
しかし、どう切り出して良いかもわからず、まずは普段通りの会話で様子を窺うことにした。
「お風呂の前に、ですね。今晩、ヴィヴィアンさんの言っていた件について少し詳しく聞いておきたいのですが。レイトン侯爵夫人の『金曜会』という集まり、私は初耳です。ガウェイン様は招待状の確保に関して二つ返事でしたが、交流のある方なのでしょうか」
ジャケットを脱いだガウェインは、ジュディをちらりと見て穏やかな声で言った。
「その話を続けるつもりなら、座ったほうが良い。君にしては珍しく、深酒しているように見えた。足元は大丈夫? お茶を用意しようか」
言った側から、すぐにでも自分でてきぱきと動いてしまうのが、ガウェインというひとだ。ジュディは慌てて「お気遣いなく!」と声を上げる。
「水差しの水を飲みます。長々とあなたを引き止めて話そうとも思いません。ガウェイン様こそ、まずは湯を使って楽な服装に着替えたほうが良いです。私はここで待っていますから……」
自分が立ったままでいるから、ガウェインも落ち着かないのかと思い直して、ジュディはソファに腰を下ろす。
その瞬間、ずしりと持て余すほどに自分自身の体が重く感じられて、自覚しないままずいぶん酔っていたことに気づいた。
ガウェインが、早足で近づいてくる。
「やっぱり、強がっていたな。いま湯に浸かったら溺れてしまうよ。俺と一緒に入らないというのなら、今日はもう寝てしまった方が良い」
座面が沈み込み、隣に座ったガウェインに手を掴まれた。
気配は感じるのだが、めまいのせいでうまく反応ができないまま、ジュディはソファの背もたれに背を預けて目を瞑る。
「すみません……。強がったつもりはないんですけど、酔っているみたいです」
「うん。俺がテーブルについたときには、君はもうだいぶ無理していそうに見えた。最近の疲れが出たんじゃないか。過密スケジュールで、ずっと気を張っていたから。そうさせているのは俺だ。気づかないで、申し訳ないことをした」
声が近い。いつの間にかガウェインの腕に抱き寄せられて、胸元に頭を預ける形になっていた。一瞬、意識が飛んだのかもしれない。
(今日、ガウェイン様のご様子がいつもと違ったのは、もしかしてご自身のふるまいの反省から……? 結婚式の準備も、お屋敷のこともガウェイン様の手伝いも私がやりたくてやっていることなのですから、責任を感じることではないのに)
時間がない中で、できる限りのことを頑張ろうと思っていたのは、ジュディの意思でもある。
伝えねば、と思った。
しかし、灯りを絞った居心地の良い部屋で、ガウェインの腕に収まっている安心感から急速に眠気が襲ってきて、口がろくに動かない。ジュディは、かろうじて「大丈夫です」ともごもごとだけ告げた。
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(私も、明日また笑顔のあなたに……)
はい、と返事をしたつもりだが、声になったかどうかはわからない。
そこから、ジュディはあっという間に眠りに落ちた。
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