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第八章
遅れてきたひと
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「遅くなってしまった。私の分は、全部の皿を一度に並べてくれて構わない。ここから追いつく」
料理が進んだところで、ガウェインが店員に案内されて姿を見せた。
急いで来ただろうに、髪や服装に乱れたところもなく、礼装を完璧に着こなしている。室内をさっと見回してジュディを見つけると、ぱっと顔を輝かせた。あまりにもわかりやすい表情の変化に、その場の全員の視線が釘付けとなった。
ガウェインは、辺りが華やぐほどの笑みを浮かべたまま、まずはアルフォンスに向かって声をかける。
「ブラックモア子爵、今日は素敵な誘いをありがとうございます。ジュディとはあまり一緒に出歩く機会がなかったもので、こうして外で会えるのがすごく嬉しいんですよ。彼女が俺に気づいて、振り返る瞬間が本当に可愛くて」
「ガウェイン様!」
焦ったジュディは、無作法を承知の上でその言葉を遮った。
ホストであるアルフォンスへの挨拶のはずが、途中から文章が完全にねじれてジュディの話になってしまっている。ガウェインらしくない隙を見せていると、焦ってしまったのだ。
(六人の席で! みんな揃っているときに、私とのデートみたいな言い方をしないでください!)
内輪とはいえ人目のあるところでそれ以上厳しく咎めることはできず、ジュディは口をつぐむ。
ガウェインはといえば、悪びれた様子もなくジュディの隣の席に腰を下ろすと、「顔が赤いよ」と面白そうに目を細めて、低く囁いてきた。
息を潜めて耳をすませていた全員に、その声ははっきりと聞こえる音量だった。
「甘っ。胸焼け」
グラスを傾けながら、フィリップスが毒づく。ですね、とステファンも呆れた様子で同意を示した。
フォローの言葉も浮かばず、ジュディは頬を染めたままぼそぼそとガウェインに言う。
「もう少し、手加減なさろうという気はないんですか」
「手加減?」
「二人きりではないんですから、あまり、そういう、愛情を前面に出されましても、私としましても……」
「顔に好きって書いてるってこと? どこ? 触って教えて」
体を傾けて、肩を寄せてきたガウェインに対して、ジュディは慌てて「閣下!」と叫んでその頬に手で触れ、押し返そうとした。ガウェインは「なるほど、そこか」と呟いて、素早くジュディの手首を掴んで指先にキスをして、そのままテーブルの下に手を下ろす。手首は掴まれたままだ。
(これはどういう……。ガウェイン様がここまで人前で感情をあらわにするのは、一周回って、なにかの策略のような気がしてきました……仲良し見せつけ作戦? 外部の方と言えば、兄様とヴィヴィアンさんしかいないのに?)
心臓がばくばくと鳴って、顔は火を吹きそうなほど熱い。
ガウェインは、泡立つワインの注がれたフルートグラスを手にして「この良き日に」と告げて一同を見回し、口をつけた。アルフォンスやヴィヴィアン、ステファンがその動きに続く。
手首を掴まれたままのジュディは、胸がいっぱいで、空いている手を伸ばしてグラスを掴んだものの、とても飲める気がしなくてそこで動きを止めた。緊張と焦りのせいで、指先が震えている。
ガウェインは、優しくジュディの指に指を絡めてから、手を放した。
そして、ヴィヴィアンに視線を向けると、「今日の主旨をかいつまんで教えていただけますか」と如才ない態度で言った。
「ああ……いけない、放心していたわ。閣下の今までのイメージとは違ったからびっくりしちゃったけど……本当に、相思相愛なのね!」
目を丸くしたまま、ほうっと息を吐き出したヴィヴィアンを、アルフォンスが何か言いたげな目で見ていたが、口を挟むことはなかった。
ヴィヴィアンは、ガウェインが来る前まで話題にのぼっていた特別な夜会について、ぜひ出席すべきだし、そのために招待状を得て欲しいという話を始めた。
料理が進んだところで、ガウェインが店員に案内されて姿を見せた。
急いで来ただろうに、髪や服装に乱れたところもなく、礼装を完璧に着こなしている。室内をさっと見回してジュディを見つけると、ぱっと顔を輝かせた。あまりにもわかりやすい表情の変化に、その場の全員の視線が釘付けとなった。
ガウェインは、辺りが華やぐほどの笑みを浮かべたまま、まずはアルフォンスに向かって声をかける。
「ブラックモア子爵、今日は素敵な誘いをありがとうございます。ジュディとはあまり一緒に出歩く機会がなかったもので、こうして外で会えるのがすごく嬉しいんですよ。彼女が俺に気づいて、振り返る瞬間が本当に可愛くて」
「ガウェイン様!」
焦ったジュディは、無作法を承知の上でその言葉を遮った。
ホストであるアルフォンスへの挨拶のはずが、途中から文章が完全にねじれてジュディの話になってしまっている。ガウェインらしくない隙を見せていると、焦ってしまったのだ。
(六人の席で! みんな揃っているときに、私とのデートみたいな言い方をしないでください!)
内輪とはいえ人目のあるところでそれ以上厳しく咎めることはできず、ジュディは口をつぐむ。
ガウェインはといえば、悪びれた様子もなくジュディの隣の席に腰を下ろすと、「顔が赤いよ」と面白そうに目を細めて、低く囁いてきた。
息を潜めて耳をすませていた全員に、その声ははっきりと聞こえる音量だった。
「甘っ。胸焼け」
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フォローの言葉も浮かばず、ジュディは頬を染めたままぼそぼそとガウェインに言う。
「もう少し、手加減なさろうという気はないんですか」
「手加減?」
「二人きりではないんですから、あまり、そういう、愛情を前面に出されましても、私としましても……」
「顔に好きって書いてるってこと? どこ? 触って教えて」
体を傾けて、肩を寄せてきたガウェインに対して、ジュディは慌てて「閣下!」と叫んでその頬に手で触れ、押し返そうとした。ガウェインは「なるほど、そこか」と呟いて、素早くジュディの手首を掴んで指先にキスをして、そのままテーブルの下に手を下ろす。手首は掴まれたままだ。
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ヴィヴィアンは、ガウェインが来る前まで話題にのぼっていた特別な夜会について、ぜひ出席すべきだし、そのために招待状を得て欲しいという話を始めた。
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