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第八章
無駄のない男
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ガウェインの副官という立ち位置は、かなりの胃の強靭さを要求されるに違いない。
「え……?」
と、呟いたのを最後に絶句してしまったステファンを、ジュディは気の毒なものを見る目で見てしまった。
数秒後、その視線に気付いたステファンが、ジュディを軽く睨みつけてからガウェインに向き直る。
「耳が間違えたみたいです。閣下がジェラルドの部屋でお休みになると聞こえました。そして、先生にはアルシア様のお部屋に行って頂くと」
「間違えていない。情報は正確だ」
温泉で入浴後、連棟住宅《テラスハウス》に帰り着いたガウェインとジュディを玄関ホールまで迎えに出てきたステファンは、聞き間違いを否定されて暗い笑みを浮かべた。
「何言ってんだろ。確かに、襲撃に備えて警戒するよりも、館内に入り込んだ不安要素をその場で直に監視した方が間違いないし、手薄になる先生の警備はアルシア様の護衛に任せた方が安心なのはわかるのですが」
咎めるようにぶつぶつと言っていたが、はからずもガウェインの案を全肯定していることに気付いたらしく、額に拳をあてて瞑目してしまった。敗北の表情をしている。
(胃薬をさしあげたい……)
二人のやりとりを見守っていたジュディとしては、ステファンの言わんとすることがよくわかった。
ガウェインの発想は、無駄がない。
現状、王子を名乗っているジェラルドは「高貴な身分」であるので、その部屋に乗り込んで監視する役目は、ガウェインをおいて他に任せられる者はいないのだ。また、本人は腕に覚えがあるので、何があっても対応する自信があるのだろう。
その上でジュディに関しては、いっそアルシアに託すのが安全と考えている。
そうすればステファンはフィリップスについていられるし、アルシアの護衛は女性の警護になれているので、ジュディを一緒に任せても問題ないという効率一択の考え方だ。
脅威を自分で押さえ、護衛対象は一箇所にまとめる。
理にかなっていて、歪みない。
ただし、ガウェインを部屋に迎え入れるジェラルドの心情であるとか、一箇所にまとめられた姑と嫁(予定)の会話などは、この案においてまったく考慮の外なのだった。
「それは、アルシア様とはまだ話し合ってませんよね?」
本気ですかという言葉を呑み込んだ顔のステファンが、ガウェインに最終確認のように尋ねる。
「帰り道で思いついたので、これからだな」
ステファンが何に引っかかっているのか、まったく理解していない様子で答えるガウェイン。
これ以上話しても無駄だ、と見切りをつけたようにステファンがジュディに目を向けた。
「先生はそれで良いんですか」
「はいっ」
言いたいことは無いわけではなかったが、押し問答に時間をかけるつもりのなかったジュディは、即答をする。
ステファンはひどく安らかな笑みを浮かべて「良いなら良いです」と呟いた。
言葉通り、ガウェインは広間へと向かうと、来訪者たちと雑談に興じていたアルシアに自分の考えを告げた。
ジェラルドは辟易とした表情をして明らかに嫌がっていたが、アルシアは苦笑を浮かべて「無駄を省けば、それが上策でしょうね」と言い分を認めた。
壁際に立って聞いていたラインハルトが、思わずのように「貴族社会はあらゆる場面において、意味不明な無駄を重んじる習慣があり、その何もかもを単純化したあげくに粉砕するのはどうかと思いますよ。アルシア様と先生はまだ他人です」と恐ろしく的確な意見を言っていたが、ガウェインは「何も心配なければ俺だって婚約者の部屋が良いに決まっている」とあけすけとした物言いで言い返していた。
かくして、ブルー・ヘヴンで過ごす夜の部屋割りが決まった。
その後、夜が更けるまで奇妙な和やかさで過ごしてから、各自部屋に引き下がる。
ジュディは、突然のアルシアとの同室に緊張していたが、あまりアルコールに強くないらしいアルシアは部屋に戻るなり健やかに寝てしまったので、会話も何もあったものではなかった。
用意されていたエキストラベッドで休み、問題なく朝を迎えた。
アルシアは朝にもあまり強くないらしく、心ゆくまで寝過ごしていた。ジュディもそれにならって、やきもきしながらも自分もほとんど同時に起きたふりをした。
二人で身支度を整えて食堂に向かうと、男性陣は楽しげに会話をしていた。
ジェラルドだけ憔悴しきった顔をしていたが、光り輝くような笑みを浮かべたアルシアに「よく眠れましたか?」と尋ねられると、反発することもなく「そうですね」と答える。
ガウェインとの間で一緒に王都に帰ると話がまとまっていたらしく、前日のような悪さは特にしなかった。できなかったのかもしれない。
忙しいガウェインに合わせて、慌ただしく全員で帰途につくことになり、駅舎まで見送りに来たアルシアは「近い内に遊びに行くわね」と約束してジュディとしっかりと握手をしてから、送り出してくれた。
かくして、親への挨拶を乗り越えたジュディとガウェインは、王都にて結婚式の準備に奔走することになる。
「え……?」
と、呟いたのを最後に絶句してしまったステファンを、ジュディは気の毒なものを見る目で見てしまった。
数秒後、その視線に気付いたステファンが、ジュディを軽く睨みつけてからガウェインに向き直る。
「耳が間違えたみたいです。閣下がジェラルドの部屋でお休みになると聞こえました。そして、先生にはアルシア様のお部屋に行って頂くと」
「間違えていない。情報は正確だ」
温泉で入浴後、連棟住宅《テラスハウス》に帰り着いたガウェインとジュディを玄関ホールまで迎えに出てきたステファンは、聞き間違いを否定されて暗い笑みを浮かべた。
「何言ってんだろ。確かに、襲撃に備えて警戒するよりも、館内に入り込んだ不安要素をその場で直に監視した方が間違いないし、手薄になる先生の警備はアルシア様の護衛に任せた方が安心なのはわかるのですが」
咎めるようにぶつぶつと言っていたが、はからずもガウェインの案を全肯定していることに気付いたらしく、額に拳をあてて瞑目してしまった。敗北の表情をしている。
(胃薬をさしあげたい……)
二人のやりとりを見守っていたジュディとしては、ステファンの言わんとすることがよくわかった。
ガウェインの発想は、無駄がない。
現状、王子を名乗っているジェラルドは「高貴な身分」であるので、その部屋に乗り込んで監視する役目は、ガウェインをおいて他に任せられる者はいないのだ。また、本人は腕に覚えがあるので、何があっても対応する自信があるのだろう。
その上でジュディに関しては、いっそアルシアに託すのが安全と考えている。
そうすればステファンはフィリップスについていられるし、アルシアの護衛は女性の警護になれているので、ジュディを一緒に任せても問題ないという効率一択の考え方だ。
脅威を自分で押さえ、護衛対象は一箇所にまとめる。
理にかなっていて、歪みない。
ただし、ガウェインを部屋に迎え入れるジェラルドの心情であるとか、一箇所にまとめられた姑と嫁(予定)の会話などは、この案においてまったく考慮の外なのだった。
「それは、アルシア様とはまだ話し合ってませんよね?」
本気ですかという言葉を呑み込んだ顔のステファンが、ガウェインに最終確認のように尋ねる。
「帰り道で思いついたので、これからだな」
ステファンが何に引っかかっているのか、まったく理解していない様子で答えるガウェイン。
これ以上話しても無駄だ、と見切りをつけたようにステファンがジュディに目を向けた。
「先生はそれで良いんですか」
「はいっ」
言いたいことは無いわけではなかったが、押し問答に時間をかけるつもりのなかったジュディは、即答をする。
ステファンはひどく安らかな笑みを浮かべて「良いなら良いです」と呟いた。
言葉通り、ガウェインは広間へと向かうと、来訪者たちと雑談に興じていたアルシアに自分の考えを告げた。
ジェラルドは辟易とした表情をして明らかに嫌がっていたが、アルシアは苦笑を浮かべて「無駄を省けば、それが上策でしょうね」と言い分を認めた。
壁際に立って聞いていたラインハルトが、思わずのように「貴族社会はあらゆる場面において、意味不明な無駄を重んじる習慣があり、その何もかもを単純化したあげくに粉砕するのはどうかと思いますよ。アルシア様と先生はまだ他人です」と恐ろしく的確な意見を言っていたが、ガウェインは「何も心配なければ俺だって婚約者の部屋が良いに決まっている」とあけすけとした物言いで言い返していた。
かくして、ブルー・ヘヴンで過ごす夜の部屋割りが決まった。
その後、夜が更けるまで奇妙な和やかさで過ごしてから、各自部屋に引き下がる。
ジュディは、突然のアルシアとの同室に緊張していたが、あまりアルコールに強くないらしいアルシアは部屋に戻るなり健やかに寝てしまったので、会話も何もあったものではなかった。
用意されていたエキストラベッドで休み、問題なく朝を迎えた。
アルシアは朝にもあまり強くないらしく、心ゆくまで寝過ごしていた。ジュディもそれにならって、やきもきしながらも自分もほとんど同時に起きたふりをした。
二人で身支度を整えて食堂に向かうと、男性陣は楽しげに会話をしていた。
ジェラルドだけ憔悴しきった顔をしていたが、光り輝くような笑みを浮かべたアルシアに「よく眠れましたか?」と尋ねられると、反発することもなく「そうですね」と答える。
ガウェインとの間で一緒に王都に帰ると話がまとまっていたらしく、前日のような悪さは特にしなかった。できなかったのかもしれない。
忙しいガウェインに合わせて、慌ただしく全員で帰途につくことになり、駅舎まで見送りに来たアルシアは「近い内に遊びに行くわね」と約束してジュディとしっかりと握手をしてから、送り出してくれた。
かくして、親への挨拶を乗り越えたジュディとガウェインは、王都にて結婚式の準備に奔走することになる。
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