95 / 104
第七章
選択の先
しおりを挟む
「王権を強めるために議会を潰すとして、現実的にはどのような方法が考えられるのですか? つまり、相手の狙いは何で、何に警戒をすれば防げるのですか」
ガウェインの言葉を追いかけてジュディが問いかけると、グラスを空にしていたガウェインは嬉しそうに微笑んだ。我が意を得たりと、会話を楽しんでいる様子であった。
「議会政治の歴史は、国王をはじめとした少数の権力者から国政に関わる権限を奪い取る過程の話でもある。つまり、この国では長い時間をかけて『政治を決めるのは国民の意思を体現した議会である、すなわち国民が決めている』という体裁を整えて、王権の力を削いできた。今後、この逆の動きを仕掛けられると予想している」
「逆といいますと?」
「議会の権威が失墜するようなこと。つまり、ある難題が持ち上がった際に、議会が空回りをし、結論を出せなくなる。もしくは、出した結論に世論が反発する。この状況で国王が宣言するんだ。『国民投票』の実施を。そこで多数決で出した結論が、議会の結論と食い違った場合、『議会はもはや国民の意思を反映していない、有名無実の組織である』とされるだろう。そうなれば、大幅に権限を削られるか、解散させられるかだ」
言われた内容を咀嚼するようにジュディが黙り込むと、ガウェインの後ろに立って控えていたステファンが、「よろしいですか」と口を挟んだ。
「たとえば、バードランドが独立を求めて内戦を起こすとします。このとき、議会は早期解決を重視し、独立を認めるという結論を出すかもしれない。そこに王権が待ったをかける。そして『離反する国は徹底的に抑圧し、植民地とした方が連合国にとっては利益となる』とメディアを使って大々的なキャンペーンを仕掛け、『戦争すべき』に世論を誘導した上で『国民投票』を実施。ここで開戦が過半数を占めた場合、『議会は国民の利益を見誤っており、正しいのは王権である』という図式ができあがる。これは、そういう話です」
ステファンらしい具体的な例示で説明されて、ジュディは「よくわかりました」と言葉少なく答えてから、グラスを傾ける。
頭の中で整理を試みるも、ガウェインとステファン、アルシアの三者から視線を向けられることに気づき、確認のためにその段階での理解を口にした。
「本来は国民の声を政治に反映させるために公正中立であることが望ましいメディアが、すでに王権によって買収され、その声を体現する機関となっている現状があるわけですよね。この状況で戦争のような難題が持ち上がってくると、メディアを使って簡単に『議会はもはや頼りにならない。国を率いるのは強いリーダーである』と印象操作がなされ、王権の強かった時代の再現をされてしまう、と……」
自分で話していて、ジュディは背筋がうすら寒くなるのを感じた。
(独裁だわ。時代が逆行する。だけど、もし相手側にそれをなし得る人材がいるのだとすれば……)
ジェラルドではなく、もっと狡猾な何者かがそこにいるように思えた。
ガウェインは、ジュディの話を大筋を認めた上で、話を引き継ぐように続ける。
「実際に、今以上の繁栄を求めるなら、植民地政策は必須だ。現在の議会はその点では慎重派で、見ようによっては弱腰だろう。この状況を歯がゆく思っている者は、想像以上に多いかもしれない。メディア戦略によって世論を強硬派に誘導するのも、現実的にあり得ると考えられる。現在の議会がすぐさまそちらに傾くことはないが、議会を廃止されてしまえば、この国が覇道を求めて戦争大国となる未来も――」
意志の強いガウェインでさえ、言い淀んだ未来。
(繁栄を求めるなとは、言えない。誰だって、豊かな生活を望む。それは悪いことではない。だけどそこでは確実に踏みにじられる者がいる。それで構わないと考える者が、想像以上に多い、とは)
覇道を進む王を選び、痛みに目を瞑る国民は、もはや無辜《むこ》の民ではありえないだろう。
フィリップスの交代劇の向こうに広がるもうひとつの未来を思い、ジュディは暗澹たる気持ちで呟く。
「この国が築いてきたものを、根幹から破壊し、新たな時代を作ろうとする独裁者がジェラルドの側にいると」
「すべてが間違いとは言わない。自国の利益を冷徹に見据える政策は、必要だ。だが、それでも戦争は必要がない。絶対に避けるべきだ。俺はそう考えるから、あちら側とは徹底的にやり合うことになる。俺が選ぶ道は、そういう道だ」
理解して欲しいとか、ついてきて欲しいという言葉はそこにはなかった。
(ガウェイン様は、おひとりでも突き進む決意を固めているから)
乞われずとも、ジュディが選ぶ道もまた決まっている。
「その道を、私もともに歩みたいと考えています」
ガウェインただひとりをまっすぐに見て告げると、ガウェインは「ありがとう」と柔らかい声で答えた。
アルシアはその二人の様子をじっと見つめていて、ステファンはさりげなく視線を外した。そのまま「一度、屋上の確認へ行ってまいります」と告げる。
立ち去ろうとしたステファンに、ガウェインはすかさず手を伸ばしてその手を取って、にやりと笑った。
「さっきのたとえは、なかなか臨場感があってわかりやすかった。やっぱりお前は頼りになるな」
「なんですか、取ってつけたように褒めなくても」
呆れたように言って、ステファンは手を払う。
そして「それでは」と行ってその場を後にした。
それまで黙っていたアルシアは、ふっと息を吐きだすと、満面の笑みで告げた。
「あ~、お腹空いちゃった。もう待てないから食事にしましょうか。あなたも遠路はるばるご苦労さま。まずはたくさん食べましょう。それがいいわ」
ガウェインの言葉を追いかけてジュディが問いかけると、グラスを空にしていたガウェインは嬉しそうに微笑んだ。我が意を得たりと、会話を楽しんでいる様子であった。
「議会政治の歴史は、国王をはじめとした少数の権力者から国政に関わる権限を奪い取る過程の話でもある。つまり、この国では長い時間をかけて『政治を決めるのは国民の意思を体現した議会である、すなわち国民が決めている』という体裁を整えて、王権の力を削いできた。今後、この逆の動きを仕掛けられると予想している」
「逆といいますと?」
「議会の権威が失墜するようなこと。つまり、ある難題が持ち上がった際に、議会が空回りをし、結論を出せなくなる。もしくは、出した結論に世論が反発する。この状況で国王が宣言するんだ。『国民投票』の実施を。そこで多数決で出した結論が、議会の結論と食い違った場合、『議会はもはや国民の意思を反映していない、有名無実の組織である』とされるだろう。そうなれば、大幅に権限を削られるか、解散させられるかだ」
言われた内容を咀嚼するようにジュディが黙り込むと、ガウェインの後ろに立って控えていたステファンが、「よろしいですか」と口を挟んだ。
「たとえば、バードランドが独立を求めて内戦を起こすとします。このとき、議会は早期解決を重視し、独立を認めるという結論を出すかもしれない。そこに王権が待ったをかける。そして『離反する国は徹底的に抑圧し、植民地とした方が連合国にとっては利益となる』とメディアを使って大々的なキャンペーンを仕掛け、『戦争すべき』に世論を誘導した上で『国民投票』を実施。ここで開戦が過半数を占めた場合、『議会は国民の利益を見誤っており、正しいのは王権である』という図式ができあがる。これは、そういう話です」
ステファンらしい具体的な例示で説明されて、ジュディは「よくわかりました」と言葉少なく答えてから、グラスを傾ける。
頭の中で整理を試みるも、ガウェインとステファン、アルシアの三者から視線を向けられることに気づき、確認のためにその段階での理解を口にした。
「本来は国民の声を政治に反映させるために公正中立であることが望ましいメディアが、すでに王権によって買収され、その声を体現する機関となっている現状があるわけですよね。この状況で戦争のような難題が持ち上がってくると、メディアを使って簡単に『議会はもはや頼りにならない。国を率いるのは強いリーダーである』と印象操作がなされ、王権の強かった時代の再現をされてしまう、と……」
自分で話していて、ジュディは背筋がうすら寒くなるのを感じた。
(独裁だわ。時代が逆行する。だけど、もし相手側にそれをなし得る人材がいるのだとすれば……)
ジェラルドではなく、もっと狡猾な何者かがそこにいるように思えた。
ガウェインは、ジュディの話を大筋を認めた上で、話を引き継ぐように続ける。
「実際に、今以上の繁栄を求めるなら、植民地政策は必須だ。現在の議会はその点では慎重派で、見ようによっては弱腰だろう。この状況を歯がゆく思っている者は、想像以上に多いかもしれない。メディア戦略によって世論を強硬派に誘導するのも、現実的にあり得ると考えられる。現在の議会がすぐさまそちらに傾くことはないが、議会を廃止されてしまえば、この国が覇道を求めて戦争大国となる未来も――」
意志の強いガウェインでさえ、言い淀んだ未来。
(繁栄を求めるなとは、言えない。誰だって、豊かな生活を望む。それは悪いことではない。だけどそこでは確実に踏みにじられる者がいる。それで構わないと考える者が、想像以上に多い、とは)
覇道を進む王を選び、痛みに目を瞑る国民は、もはや無辜《むこ》の民ではありえないだろう。
フィリップスの交代劇の向こうに広がるもうひとつの未来を思い、ジュディは暗澹たる気持ちで呟く。
「この国が築いてきたものを、根幹から破壊し、新たな時代を作ろうとする独裁者がジェラルドの側にいると」
「すべてが間違いとは言わない。自国の利益を冷徹に見据える政策は、必要だ。だが、それでも戦争は必要がない。絶対に避けるべきだ。俺はそう考えるから、あちら側とは徹底的にやり合うことになる。俺が選ぶ道は、そういう道だ」
理解して欲しいとか、ついてきて欲しいという言葉はそこにはなかった。
(ガウェイン様は、おひとりでも突き進む決意を固めているから)
乞われずとも、ジュディが選ぶ道もまた決まっている。
「その道を、私もともに歩みたいと考えています」
ガウェインただひとりをまっすぐに見て告げると、ガウェインは「ありがとう」と柔らかい声で答えた。
アルシアはその二人の様子をじっと見つめていて、ステファンはさりげなく視線を外した。そのまま「一度、屋上の確認へ行ってまいります」と告げる。
立ち去ろうとしたステファンに、ガウェインはすかさず手を伸ばしてその手を取って、にやりと笑った。
「さっきのたとえは、なかなか臨場感があってわかりやすかった。やっぱりお前は頼りになるな」
「なんですか、取ってつけたように褒めなくても」
呆れたように言って、ステファンは手を払う。
そして「それでは」と行ってその場を後にした。
それまで黙っていたアルシアは、ふっと息を吐きだすと、満面の笑みで告げた。
「あ~、お腹空いちゃった。もう待てないから食事にしましょうか。あなたも遠路はるばるご苦労さま。まずはたくさん食べましょう。それがいいわ」
1
お気に入りに追加
420
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。
その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。
しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。
ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」
一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる──────
※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。
※※不貞行為の描写があります※※
※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる