94 / 104
第七章
声を聞く
しおりを挟む
「フィリップス様の入れ替え騒動では、完全にメディアを押さえられました。事実がどうであれ、情報が捻じ曲げられてしまえば真実などいかようにも書き換えられるということが、あの一件でよくわかりました。あちら側には、相当な切れ者がついています。この分だと、次は議会が潰される」
テーブルにつき、アルシアのすすめた果実酒で喉を潤して、ガウェインはそう切り出した。
「狙いを掴んだの?」
アルシアが端的に切り返し、ガウェインは「大まかに」と認める形で答えてから、話を続けた。
「この国の法律は、下院と貴族院と国王の三者の合意を得て制定されるとなっていますが、歴史的にみて両院を通過した案に対し、国王が同意を与えなかった最後の事例はもう百年以上前のことです。実質、議会は王権からの制約を受けない状態にあります」
「王権を強化するにあたって、現在の議会は強すぎるという意味でしょうか」
横で聞いていたジュディは思わず疑問を差し挟み、アルシアとの会話に出しゃばってしまったと慌てて口をつぐんだが、ガウェインは咎めることもなく「そうとも言える」と頷いた。
「議会が強いのは間違いない。また、爵位貴族を招集した貴族院にしても、オールド・フォートのようにもはや選挙が成り立たない選挙区を擁し、実質大地主や富裕層のみに開かれている下院の構成に関しても、問題は多い。だが、それでもこの国の議会はおそらく、世界的に見てもかなりまっとうに機能している。なぜだと思う?」
ガウェインはグラスを手にしたまま、ジュディをまっすぐに見て尋ねてきた。
(能力に拠らず集められた貴族たちと、庶民の多数を占める労働者階級からは代表を出せていない下院が、国民の期待に沿う働きができる理由……?)
社会が求めるものを政治が掬い上げることができているとすれば、それは「声」を聞く仕組みがそこにあるからではないかと、考えられる。
では、「声」を届けているのは誰なのか。
「メディアが、発達しているから、ですか?」
ジュディの視線の先で、ガウェインは唇に上品な笑みを浮かべた。
「その通りだ。国民の声を伝えるジャーナリズムを、政治は無視できない。また、直接の訴えである請願書に注意を払っている議員も多い。これを伝統的に国民もよくわかっているので、地域を超えて連携した請願書が提出されるし、議員も自分の地元以外からの請願であっても耳を傾ける傾向がある。こうして、国の現実を見据えて政治に反映しようとする力が議会には備わっているので、これまでのところ大きな齟齬がなく、この国は繁栄している」
「であれば、その議会を差し置いて王権に力を戻そうという動きは、国民の利益を損なう恐れがありませんか」
ジュディがフィリップスの教育係となったとき、フィリップスは王権を打倒することを念頭に置いていた。
それはさすがに極端に過ぎると待ったをかけた身であるが、だからといって議会から王権へ力の流れを変えようとする動きにも賛成できない。
(「声」が届かなくなるのでは……)
国民と政治が切り離されるような不審感が、そこにある。
ジュディの懸念を、ガウェインもよく理解しているようで「俺もそう考えているが」と話を引き取った。
「今回の入れ替え騒動ではっきりしたように、王権はすでにメディアを引き込んでいる。王子が別人に入れ替わるという異常を、多くの目撃者のいる場で行いながらも、国民に正しく伝えずに騙し通した。あれはおそらく、今後さらに異常な何かを行うための前実験だ。これをそのまま野放しにしてしまえば、向こうは必ず次の一手を打ってくる。ここで食い止めねばならない」
その声には、決然とした響きがあった。
テーブルにつき、アルシアのすすめた果実酒で喉を潤して、ガウェインはそう切り出した。
「狙いを掴んだの?」
アルシアが端的に切り返し、ガウェインは「大まかに」と認める形で答えてから、話を続けた。
「この国の法律は、下院と貴族院と国王の三者の合意を得て制定されるとなっていますが、歴史的にみて両院を通過した案に対し、国王が同意を与えなかった最後の事例はもう百年以上前のことです。実質、議会は王権からの制約を受けない状態にあります」
「王権を強化するにあたって、現在の議会は強すぎるという意味でしょうか」
横で聞いていたジュディは思わず疑問を差し挟み、アルシアとの会話に出しゃばってしまったと慌てて口をつぐんだが、ガウェインは咎めることもなく「そうとも言える」と頷いた。
「議会が強いのは間違いない。また、爵位貴族を招集した貴族院にしても、オールド・フォートのようにもはや選挙が成り立たない選挙区を擁し、実質大地主や富裕層のみに開かれている下院の構成に関しても、問題は多い。だが、それでもこの国の議会はおそらく、世界的に見てもかなりまっとうに機能している。なぜだと思う?」
ガウェインはグラスを手にしたまま、ジュディをまっすぐに見て尋ねてきた。
(能力に拠らず集められた貴族たちと、庶民の多数を占める労働者階級からは代表を出せていない下院が、国民の期待に沿う働きができる理由……?)
社会が求めるものを政治が掬い上げることができているとすれば、それは「声」を聞く仕組みがそこにあるからではないかと、考えられる。
では、「声」を届けているのは誰なのか。
「メディアが、発達しているから、ですか?」
ジュディの視線の先で、ガウェインは唇に上品な笑みを浮かべた。
「その通りだ。国民の声を伝えるジャーナリズムを、政治は無視できない。また、直接の訴えである請願書に注意を払っている議員も多い。これを伝統的に国民もよくわかっているので、地域を超えて連携した請願書が提出されるし、議員も自分の地元以外からの請願であっても耳を傾ける傾向がある。こうして、国の現実を見据えて政治に反映しようとする力が議会には備わっているので、これまでのところ大きな齟齬がなく、この国は繁栄している」
「であれば、その議会を差し置いて王権に力を戻そうという動きは、国民の利益を損なう恐れがありませんか」
ジュディがフィリップスの教育係となったとき、フィリップスは王権を打倒することを念頭に置いていた。
それはさすがに極端に過ぎると待ったをかけた身であるが、だからといって議会から王権へ力の流れを変えようとする動きにも賛成できない。
(「声」が届かなくなるのでは……)
国民と政治が切り離されるような不審感が、そこにある。
ジュディの懸念を、ガウェインもよく理解しているようで「俺もそう考えているが」と話を引き取った。
「今回の入れ替え騒動ではっきりしたように、王権はすでにメディアを引き込んでいる。王子が別人に入れ替わるという異常を、多くの目撃者のいる場で行いながらも、国民に正しく伝えずに騙し通した。あれはおそらく、今後さらに異常な何かを行うための前実験だ。これをそのまま野放しにしてしまえば、向こうは必ず次の一手を打ってくる。ここで食い止めねばならない」
その声には、決然とした響きがあった。
1
お気に入りに追加
420
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください
mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。
「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」
大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です!
男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。
どこに、捻じ込めると言うのですか!
※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる