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第七章
対面のとき
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ばたばたと廊下で忙しなく人が行き交う気配があり、ほどなくしてブルー・ヘヴンの本当の領主である青年が、レストランの特別席へと姿を現した。
「ガウェイン様!?」
驚きのあまり、ジュディはガタッと音を鳴らして席を立ってしまう。
肩に流した枯れ草色の髪。均整の取れた体躯に、さらりと着こなした裾の長めのジャケット。眼鏡はしていないので、その眉目秀麗な顔立ちが際立っている。
ジュディと目が合うと、引き締まった口元をほころばせて「今、着きました」と低く心地よい声で言った。
「来るかもしれないとは思っていたけど、なかなかどうして、良いタイミングよ。上出来だわ」
酒精で頬を染めたアルシアが、ほっとしたようにガウェインを歓迎する言葉を口にする。持ち上げはしないが、いたずらに腐すこともなく、真正面から迎え入れる態度であった。
アルシアの元まで歩み寄ったガウェインは、優美な仕草で軽く身をかがめて「遅くなりました」と告げ、頬に口づけを受ける。
その横で立ったままのジュディに顔を向けると、姿勢を正しながら優しげに目を細めた。
「飲んでいたんですか。それ、美味しい?」
「はい。あの、先に頂いてました。美味しいです。ガウェイン様は、温泉……」
一緒に姿を見せたステファンに視線を向け、ジュディから促すように尋ねると「入っていません」とステファンがきっぱりとした口調で答えた。
「閣下は到着してまず殿下に挨拶を済まされていましたので、十分です。アルシア様は別の場所ですと、こちらへお連れしました。殿下たちはいま仲良く裸の付き合いをしています。あちらにはラインハルトがついているので、心配はしていません」
報告として、まったく過不足がなくそれ以上尋ねることもない。
(ジェラルドが来ていることも、すでにご存知なんですね)
最大の懸念事項が伝わっていることに、胸を撫で下ろす。
まだほとんど言葉を交わしていないのに、顔を見ただけで、安心感が全然違った。離れて過ごすことに心細さを感じていたのだと、痛いほど自覚する。
「お仕事が山積みの中、ご無理をなさってのことかもしれませんが、来てくださって嬉しいです」
素直な気持ちを伝えると、ガウェインはジュディのほっそりとした手を取り、その甲に口づけを落とした。
「一晩で音を上げました。あなたが横にいないと、寝られないんです」
声はひどく甘く、鼓膜を震わせる。
愛しげな瞳で見つめられ、視線が絡んだそのとき、ジュディは「ああ!」と声を上げた。
ステファンに向き直り、「これで大丈夫です!」と満面の笑顔で言い放つ。
「夜の警備が手薄で悩ましいとのことでしたが、ガウェイン様がいてくださるのでもう心配いらないと思います! 問題が解決して、みんな安心ですね!」
無言のまま、ステファンが額を手で押さえた。疲労を覚えたような表情をしていた。
しかし、ジュディ並びにガウェインに対して釘を刺すのは忘れなかった。
「婚約者のお母様の前で、婚約者を警備員扱いするのは慎むべきでしょう。閣下も、今はそんな話をしている場合ではありません。アルシア様が王都の寺院での結婚式を支援なさると仰ってくださっていますので、まずはその話を進めたらいかがでしょうか。ジェラルドの立太子式を可能な限り妨害せよと仰せです。私もそれは打つべき手のひとつのように思います」
びしっと言われたジュディはその通りだと申し訳なく思い、居住まいを正す。
一方、ガウェインはあらましを聞き終えるなり「なるほど」と頷いてから、アルシアに向き直った。
「ご支援に感謝を。盛大な式にしたいと思いますので、よろしくお願いします。メディアが無視できないくらいに、派手に動きます。ちょうど選挙も近いので、やってみたいと考えていたことがあります。聞いて頂けますか?」
すでに母子の甘えじみた空気はなく、ガウェインの横顔には透徹とした冷ややかさすら漂っていた。
それは彼が真剣なときに見せる表情である。
(アルシア様と直接話す必要のある件を固めてきたのだわ)
彼は決して、ブルー・ヘブンまで遊びに来たわけではないのだ。
身の引き締まる思いで、ジュディはガウェインの語る内容に耳を傾けた。
「ガウェイン様!?」
驚きのあまり、ジュディはガタッと音を鳴らして席を立ってしまう。
肩に流した枯れ草色の髪。均整の取れた体躯に、さらりと着こなした裾の長めのジャケット。眼鏡はしていないので、その眉目秀麗な顔立ちが際立っている。
ジュディと目が合うと、引き締まった口元をほころばせて「今、着きました」と低く心地よい声で言った。
「来るかもしれないとは思っていたけど、なかなかどうして、良いタイミングよ。上出来だわ」
酒精で頬を染めたアルシアが、ほっとしたようにガウェインを歓迎する言葉を口にする。持ち上げはしないが、いたずらに腐すこともなく、真正面から迎え入れる態度であった。
アルシアの元まで歩み寄ったガウェインは、優美な仕草で軽く身をかがめて「遅くなりました」と告げ、頬に口づけを受ける。
その横で立ったままのジュディに顔を向けると、姿勢を正しながら優しげに目を細めた。
「飲んでいたんですか。それ、美味しい?」
「はい。あの、先に頂いてました。美味しいです。ガウェイン様は、温泉……」
一緒に姿を見せたステファンに視線を向け、ジュディから促すように尋ねると「入っていません」とステファンがきっぱりとした口調で答えた。
「閣下は到着してまず殿下に挨拶を済まされていましたので、十分です。アルシア様は別の場所ですと、こちらへお連れしました。殿下たちはいま仲良く裸の付き合いをしています。あちらにはラインハルトがついているので、心配はしていません」
報告として、まったく過不足がなくそれ以上尋ねることもない。
(ジェラルドが来ていることも、すでにご存知なんですね)
最大の懸念事項が伝わっていることに、胸を撫で下ろす。
まだほとんど言葉を交わしていないのに、顔を見ただけで、安心感が全然違った。離れて過ごすことに心細さを感じていたのだと、痛いほど自覚する。
「お仕事が山積みの中、ご無理をなさってのことかもしれませんが、来てくださって嬉しいです」
素直な気持ちを伝えると、ガウェインはジュディのほっそりとした手を取り、その甲に口づけを落とした。
「一晩で音を上げました。あなたが横にいないと、寝られないんです」
声はひどく甘く、鼓膜を震わせる。
愛しげな瞳で見つめられ、視線が絡んだそのとき、ジュディは「ああ!」と声を上げた。
ステファンに向き直り、「これで大丈夫です!」と満面の笑顔で言い放つ。
「夜の警備が手薄で悩ましいとのことでしたが、ガウェイン様がいてくださるのでもう心配いらないと思います! 問題が解決して、みんな安心ですね!」
無言のまま、ステファンが額を手で押さえた。疲労を覚えたような表情をしていた。
しかし、ジュディ並びにガウェインに対して釘を刺すのは忘れなかった。
「婚約者のお母様の前で、婚約者を警備員扱いするのは慎むべきでしょう。閣下も、今はそんな話をしている場合ではありません。アルシア様が王都の寺院での結婚式を支援なさると仰ってくださっていますので、まずはその話を進めたらいかがでしょうか。ジェラルドの立太子式を可能な限り妨害せよと仰せです。私もそれは打つべき手のひとつのように思います」
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