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第七章
家族と役割
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「ここはアルシア様のお考えを、聞いておいたほうが良いみたいですね。ジェラルドを邸内に招き入れた件、なにか思惑があるかもしれません。下手に行き違う前に、意思の統一をはかるべきです」
閉塞感が漂う中、ジュディはそう提案をした。
(フィリップス様の行動を制限しないようにと思ったばかりなのに、私が足を引っ張ってしまった)
邸内が危険地帯となったことにより、みんなで一部屋に集まる原因を作ったのは、フィリップスよりもジュディである。この上夜の警備まで気にされていることに、プレッシャーを感じた。
さらに言えば、もしジュディが男で彼らと「裸の付き合い」ができたなら、この状況下でも全員で温泉に行けたのかもしれないと思うと、大変申し訳無い思いが強い。勇み足となっても、何かせずにはいられない。
つまり、まだ他人だからと周りに見過ごされてはいるが、家族となる自分こそがアルシアと話し合うべきではないかと。
意気込むジュディをじっと見つめていたステファンが、ぼそりと言った。
「つまり、アルシア様と裸の付き合いをなさると」
「のぞいてはいけませんよ」
ノータイムでジュディが言い返すと、ステファンは「むっ」とした表情で唇を引き結んで黙ってしまった。
(いまの流れを作ったのは、ステファンさんでは?)
温泉に行けなかったのがよほどこたえているのかと、ジュディは申し訳ない気持ちからフォローをする。
「アルシア様の裸が気になるのはわかりますが」
ステファンは、唇を開きかけ、何かを言い返そうとしていた。しかし、結局何も言わないまま絶句し、額を手でおさえて首を振っている。
それまで口を挟まないでいたフィリップスが、小声で「違う」と呟いた。
「先生、いまのはだいぶ間違えている」
「間違えていますか? ブルー・ヘヴンの女領主とバードランドのステファンさんなら、縁談としてはありですよね? その場合、ガウェイン様が義理の息子になりますが。あっ、私は義理の娘ですか。ステファンお義父さま……」
堪えきれなかったように、ラインハルトが横を向いて噴き出した。
フィリップスも、何か言おうとした気配はあったが、とっさに言葉が出なかったようで唇を半開きにしたまま苦笑を浮かべていた。ジュディと目が合うと、その表情のまま言った。
「先生の話を聞いていると、家族のあり方について悩むのは時間の無駄なんだと思ってしまう。人間関係というのは、俺が考えているより、全然単純で浅いものなのかもしれない」
「どうしてそういう理解になるんです? 何事も侮ってはいけませんよ?」
雑談の場で深い話をしたつもりはないが、軽んじられるのも教育者としていかがなものかと、ジュディは毅然として言い返した。
だが、ラインハルトは笑いすぎて崩れ落ちているし、ステファンに至っては眉間を指でつまんで瞑目してしまっている。よほど上司のガウェインが自分の息子になる図が強烈だったのだろうか。
「真面目に話していますのに」
納得行かない気分でジュディがそう呟くと、フィリップスは背もたれにだらしなく寄りかかりながら「誰か先生にお茶を」と声をあげた。
ちょうどそのとき、ノックの音とともにドアが開き、「みんな揃っている?」と言いながらアルシアが顔を見せた。
ここは出番、とジュディは率先して立ち上がる。
「アルシア様、さきほど聞きそびれてしまいました。ぶしつけな質問となりますが、どうしてあの『フィリップス殿下を名乗る方』を迎え入れたのですか? トラブルの元になるとはお気づきだったんですよね?」
ドレスの裾をさばいて、部屋の中に進んできたアルシアは、すっきりした美貌に笑みを浮かべてジュディを見た。
「もしあなたなら、追い返せる? 元夫の子かもしれない相手が、ずっと会いたかったと言ってきたら、とりあえず話だけでも聞いてみようかなと思わない?」
尋ねられて、自分のこととして考えてみる。
(アリンガム子爵とユーニスさんの間に子どもがいて、私に会いたいって言ってきたら……?)
ヒースコートを実質仕留めて監獄塔に突っ込んだのは、ガウェインだ。ユーニスは行方不明のままである。どう考えても、その「子」がジュディに会いにくる用事は穏当なものではない。
「拒否はしないかもしれませんが、宿泊まではお断りするかもしれません。相手の状況次第かとは思いますが」
ぎりぎり受け入れられるラインとして、そう答えるとアルシアは唇を吊り上げて笑い、瞳を輝かせた。
「そこはこの地の女主人としての責務ね。王都からはるばるお越しになった王子様がここに泊まるつもりだと言ってきたとして、話を全部聞いた後に『無理ですね』とは言えないわ」
「ごもっともです」
つまり、来訪を受けた時点でこうなることは決まっていたのだ。
「王子様って、やりたい放題ですね」
ジュディが思わず正直なところを口にすると、フィリップスが嫌そうな顔をしながら「こっちを見て言うな」と抗議をした。
アルシアは居並ぶ面々を見回して、くす、と声を立てて笑った。
「ブルー・ヘヴンの誇る温泉施設には、私の肝いりのレストランを併設しているの。準備は整っているから出かけましょう。雁首揃えてそんな顔をしているくらいなら、温泉に入った方が良いと思うわ。あの子はさっさと行ったわよ、温泉」
あの子がジェラルドを指しているのは明らかであり、それを言われてフィリップスが黙っていられるわけがない。
だん、と素早い動作で立ち上がって、全員を振り返り、宣言をした。
「行くぞ、温泉」
閉塞感が漂う中、ジュディはそう提案をした。
(フィリップス様の行動を制限しないようにと思ったばかりなのに、私が足を引っ張ってしまった)
邸内が危険地帯となったことにより、みんなで一部屋に集まる原因を作ったのは、フィリップスよりもジュディである。この上夜の警備まで気にされていることに、プレッシャーを感じた。
さらに言えば、もしジュディが男で彼らと「裸の付き合い」ができたなら、この状況下でも全員で温泉に行けたのかもしれないと思うと、大変申し訳無い思いが強い。勇み足となっても、何かせずにはいられない。
つまり、まだ他人だからと周りに見過ごされてはいるが、家族となる自分こそがアルシアと話し合うべきではないかと。
意気込むジュディをじっと見つめていたステファンが、ぼそりと言った。
「つまり、アルシア様と裸の付き合いをなさると」
「のぞいてはいけませんよ」
ノータイムでジュディが言い返すと、ステファンは「むっ」とした表情で唇を引き結んで黙ってしまった。
(いまの流れを作ったのは、ステファンさんでは?)
温泉に行けなかったのがよほどこたえているのかと、ジュディは申し訳ない気持ちからフォローをする。
「アルシア様の裸が気になるのはわかりますが」
ステファンは、唇を開きかけ、何かを言い返そうとしていた。しかし、結局何も言わないまま絶句し、額を手でおさえて首を振っている。
それまで口を挟まないでいたフィリップスが、小声で「違う」と呟いた。
「先生、いまのはだいぶ間違えている」
「間違えていますか? ブルー・ヘヴンの女領主とバードランドのステファンさんなら、縁談としてはありですよね? その場合、ガウェイン様が義理の息子になりますが。あっ、私は義理の娘ですか。ステファンお義父さま……」
堪えきれなかったように、ラインハルトが横を向いて噴き出した。
フィリップスも、何か言おうとした気配はあったが、とっさに言葉が出なかったようで唇を半開きにしたまま苦笑を浮かべていた。ジュディと目が合うと、その表情のまま言った。
「先生の話を聞いていると、家族のあり方について悩むのは時間の無駄なんだと思ってしまう。人間関係というのは、俺が考えているより、全然単純で浅いものなのかもしれない」
「どうしてそういう理解になるんです? 何事も侮ってはいけませんよ?」
雑談の場で深い話をしたつもりはないが、軽んじられるのも教育者としていかがなものかと、ジュディは毅然として言い返した。
だが、ラインハルトは笑いすぎて崩れ落ちているし、ステファンに至っては眉間を指でつまんで瞑目してしまっている。よほど上司のガウェインが自分の息子になる図が強烈だったのだろうか。
「真面目に話していますのに」
納得行かない気分でジュディがそう呟くと、フィリップスは背もたれにだらしなく寄りかかりながら「誰か先生にお茶を」と声をあげた。
ちょうどそのとき、ノックの音とともにドアが開き、「みんな揃っている?」と言いながらアルシアが顔を見せた。
ここは出番、とジュディは率先して立ち上がる。
「アルシア様、さきほど聞きそびれてしまいました。ぶしつけな質問となりますが、どうしてあの『フィリップス殿下を名乗る方』を迎え入れたのですか? トラブルの元になるとはお気づきだったんですよね?」
ドレスの裾をさばいて、部屋の中に進んできたアルシアは、すっきりした美貌に笑みを浮かべてジュディを見た。
「もしあなたなら、追い返せる? 元夫の子かもしれない相手が、ずっと会いたかったと言ってきたら、とりあえず話だけでも聞いてみようかなと思わない?」
尋ねられて、自分のこととして考えてみる。
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ぎりぎり受け入れられるラインとして、そう答えるとアルシアは唇を吊り上げて笑い、瞳を輝かせた。
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「行くぞ、温泉」
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