王子様の教育係、承りました! ~純情で腹黒な宰相閣下の策略から始まる溺愛、実は重い。すごく。~

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
76 / 104
第七章

義兄弟の交わり

しおりを挟む
 国内最大有力紙「パブリッシュ」をはじめ、各紙がいっせいにフィリップス王子の華々しいを煽り立てた。

 麗しの貴公子が、薔薇の咲き誇る季節に花の広間にて招待客たちの前に、成長した凛々しい姿で現れた、と。

 執務机に積み上げた新聞を黙々と読みながら、ガウェインはその事実を確認する。
 取り替えではなく、はじめからフィリップスがで、あの場は「デビューの場面」だったことにされているようだ。

 フィリップスは、それまでいくつかの行事に顔を出してはいたものの、絵姿や写真等は出回っていない。王妃に嫌われ、国王にも顧《かえり》みられることなく、王宮内では孤立していて婚約者も定まっていなかった。当然にして、王侯貴族の強力な後ろ盾を持たない。それを、うまく利用された形だ。

 公の場で王妃に歯向かったガウェインに関しては、差し当たり判断保留とみなされているらしい。王宮内での行動には別段支障もなく、表面上は大きく変わりない。つまり、用もないのに近寄ってくる者はいない、いつも通りだ。静かなのは、今だけかもしれないが。
 これまで側にいた者たちも、引き抜かれたり逃げ出すこともなく、粛々と業務をこなしている。

「閣下、読み終わった新聞は片付けてもよろしいですか」
「ん。あとで読み直すかもしれない。分類して保管しておいてくれ」

 身の回りの細々とした事務作業は、ヴァランタンという異国から来た青年が担っている。漆黒の癖っ毛に、琥珀色の瞳で年の頃はガウェインよりいくつか下。ステファンのように腕っぷしが強いわけではないが、書類整理には抜群に力を発揮する。

 もう一人、やたらと背の高い茶髪の青年、ラインハルトがガウェインの執務室に常駐していた。こちらも外国由来の血筋で、元軍人。恵まれた体格で腕も立つので、もっぱらガウェインの護衛の位置づけである。「本気でやりあえば閣下には負ける」とは本人の弁だが「盾は多い方が良い」とガウェインは重用していた。

 主要メンバーとして、普段ならここにステファンもいるのだが、現在は侯爵邸で留守番のため、王宮には顔を見せていない。
 生粋の国内貴族を近くに置いていないのは、こだわりではなく自然とそうなった結果である。
 十年前はもっと人の出入りもあったのだが、娘や孫を婚約者にすすめた結果、ガウェインにけんもほろろにあしらわれ、近づかなくなった者も多いのだ。
 現在のこの状況は、一言でガウェインにとって「快適」である。

 読み終えた新聞を目の前からさらったヴァランタンが、未読の山から一紙を抜いてガウェインの正面に置く。

「『デイブレイク』です。ゴシップ三流紙ですが、本件に関しては着眼点の異なる記者がいるようです」

 説明を添えられ、ガウェインは見出しに目を落とす。

“王宮内乱の幕開け!? フィリップス王子は取り替えられた子チェンジリングの衝撃!!”

 無言で、ガウェインはその記事の文面を追った。
 ほぼ正確に、夜会での一幕が書かれている。タブロイドらしく、正しくスキャンダラスで、醜聞を煽り立てる過剰な文章ではあったが、およそその場にいなければ書けない内容であった。

「……圧力をかける者が見逃したか、うまくやり過ごして出し抜いたか。影響力は弱いとはいえ、よく書いたな」

「『ジュール侯爵が王妃へ宣戦布告か!?』の部分は笑いましたね。閣下、反逆者ですよ」

 笑ったと言う割に、ぴくりとも表情を変えないヴァランタンが、冷めきった口調で呟いた。

「『二代目フローリー公、王妃と熱烈な交歓をする』とか、事実をおおいに捻じ曲げられるよりはよほど潔いな。さすがにクソセンス過ぎるだろ『パブリッシュ』の記者は。どんな検閲が入れば、あそこまで正確性を欠いた表現になるんだ」

 同じく、冷え冷えとした声で答えながら、ガウェインは「デイブレイク」を机に戻した。考え込むように見つめてから、再び手にする。
 そのとき、ラインハルトが「ブラックモア子爵がおいでですよ」と声をかけに来た。
 訪ねて来たら通して良い、と事前に申し伝えていたこともあり、その後ろからは笑顔のアルフォンスが姿を見せる。

「どーもー、陣中見舞い来たよ。義弟のしけた面を見てみたくて……ん?」

 さばさばと明るい口調でガウェインをからかいつつ、その手にしている「デイブレイク」を見つけて、目を瞬く。

「それ、えっちな絵とか連載小説の新聞だよね。閣下も読むのか~。そっかぁ。私も、知識としてはそういうものもあると知っているけどね。というか新聞は最低でも三紙以上目を通すようにしているからそれもまあ、購読しているんだけど」

 聞いてもいない話をされたガウェインは、ちらりとヴァランタンに目を向けた。

「これまでのは」
「処分してますね。保管場所も無限ではないので」

 確認してから、ガウェインはすっとアルフォンスに視線を戻す。

「過去のが手元にあるのであれば、お貸し願えますか。大変興味がある」
「えっ、あ、うん、そうなんだ……。気に入った日の分しか無いけど、わかった。他ならぬ閣下の頼みとあれば、ありったけ持ってくるよ、任せて」

 どん、と頼もしく胸を叩いて請け負ってから、アルフォンスは執務机ににじりより、身を乗り出して囁いた。

「ジュディとはその……、何かこう、えっちな絵と文章で欲求を満たさなきゃいけない事態になっているとか。いやそれとも閣下にとってえっちな絵は別腹なのか」

「彼女との関係は、極めて順調です。すべて満たされておりますので、ご心配なく」

 ものすごく何かを聞きたい様子のアルフォンスをすげなくあしらってから、ふと思い出したことがあって、ガウェインは語調をやわらげた。

「ジュディには少々用事を頼むことになりまして、数日王都を離れることと思います。護衛もつけますが、ご心配かと思いますので日程その他あとで詳細をご連絡いたします。いまから、とても寂しくて。私はその間、夜寝られないかもしれません」

 ガウェインの、常ならぬしおらしい態度に、アルフォンスは興味をひかれたように「そうなの?」と聞き返した。

「いまは、いつも一緒に……?」
「はい。それで、ジュディがいない間、どうしたものかと……。アルフォンス義兄さま、その期間、我が家に来ますか?」
「なんで?」
「顔が似ているので。少しは寂しさがまぎれるかと。一緒に寝てくれてもいいです」
「閣下には節操というものがないのか」

 からかわれていると気付いたアルフォンスが、ぴしゃりと言い放つ。
 まったくこたえた様子のないガウェインは、楽しげに微笑んだ。

「ガウェインと呼んでください。あまりいないんですよ、名前で呼んでくれるひと。この名前、使わなすぎて、忘れるかもしれません」
「なるほど? ガウェイン」

 一応、誘い水には乗る付き合いの良いアルフォンスである。
 さらりと名を呼ばれたガウェインは、軽く目を瞬いた。次いで、白皙の美貌に甘い笑みを浮かべて、アルフォンスをまっすぐに見つめる。

「義兄さま、好きです」
「んんっ。ガウェインの『好き』は安いな、なんだか。そんなの私に言っていないで、ぜひ大切な婚約者に」
「ご心配なく。毎日毎晩、朝までずっと言い続けています」
「聞きたくない。そんな話は聞きたくない」

 止めなければまだまだ続けそうなガウェインに対し、アルフォンスは心底呆れた顔でそう言って、首を振った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。  その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。  しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。  ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」  一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる────── ※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。 ※※不貞行為の描写があります※※ ※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...