王子様の教育係、承りました! ~純情で腹黒な宰相閣下の策略から始まる溺愛、実は重い。すごく。~

有沢真尋

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第六章

偽りの王を戴く未来

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 密約があった。
 第二王子フィリップスを差し出せば、死んだとされた第一王子を返してやろう、と。
 それを信じて王妃オリアーナは、幼い我が子を捨てたのだ。

(裏付けなど取れないし、もうずいぶん前のことだけに、本人たちだって記憶が曖昧かもしれない。たぶん、真相は永久にわからない……)

 ジュディは「そうだとしても」とステファンに重ねて尋ねた。

「ジェラルドは、第一王子殿下ではないですよね? 年齢が、フィリップス様とは同じかその上、ガウェイン様よりは下に見えました」

 一度目は連れ去られた潜伏先で、二度目は明るく照らし出された夜会会場にて、ジュディは彼を目にしている。
 川に落ちた第一王子は、ガウェインよりも年上のはずなので、年齢が合わない。
 ジュディの問いかけに、ステファンはまたもや渋面となった。

「確かにそうなんですが、お顔立ちはフローリー公に似ていらっしゃるので、閣下が突き止めたように、公の御子息というのはあり得ると思います。もしかしたら我々が想定しているよりもお若くて、それこそ第一王子殿下の御子息という可能性も」

「……!?」

 さらりと紡がれた言葉に、ジュディは色をなした。ステファンは「わかりませんよ」と告げてから、先を続ける。

「そして彼はあの場で、フローリー公の生存説をはっきり認めてしまいました。それも、ガウェイン様のお父上であるという、噂を肯定する形で。これが事実と認定された場合、ガウェイン様はフィリップス様に次ぐ王位継承権第二位に浮上するわけです」

 ジュディは頭の中で、王位継承の順位をさらう。
 通常であれば第一位である第一王子が死亡のため、第二王子のフィリップスが第一位。第二位以下はフィリップスに実子がいた場合だが、いないため王弟のフローリー公となる。しかしここも死亡であり実子もいないため、現在の第二位は前王の第三子、元王とフローリー公の弟にあたる人物にある。

(もしガウェイン様がフローリー公の実子と認められた場合……第二位!?)

 でもあの方はジュール侯爵で、と言いたいジュディの意を汲んだように頷いて、ステファンは噛んで含めるように言った。

「ガウェイン様のお母様は、フローリー公の唯一の正妻であったアルシア様です。もし俺が王家サイドの人間で、どうしてもガウェイン様を取り込もうと考えた場合、前ジュール侯爵とアルシア様の婚姻を無効にする方法を探します。フローリー公とアルシア様の婚姻は現在に至るまで有効であり、ガウェイン様はフィリップス様と同じく前王の孫であると証拠を捏造してでも出してしまえば、王位継承権第二位にして二代目フローリー公ガウェイン様を手に入れられる。しかも母親同士が姉妹であることから、フィリップス様とは従兄弟の間柄。超強力な王族の一員ですよ」

「でもその『フィリップス様』は、私たちの殿下ではなく、入れ替わったジェラルドですよね……?」

 ガウェインが自分の顔立ちの印象を変え、フローリー公実父説に対して否定を貫いてきた真の意味が、ここにきて痛いほどにわかる。
 彼こそが、フィリップスの有力な競争相手となり得る立ち位置であったのだ。
 もし本人にその気があれば、簡単にフィリップスを脅かせたはずだ。その危うさを、誰よりも本人たちは知っていたはず。

(かつて東地区に捨てられていたフィリップス王子を見つけ、王宮に連れ戻したガウェイン様。だけど長じるにつれ、フィリップス様は王位に対しての否定的な言動が目立つようになる……)

 自分が王になったら、王家を廃止するのだと言わんばかりの強さで。ジュディはそれを、庶民志向で正義感の現れと受け取っていたが、彼が叫んでいたのはもっと別の思いだったのかもしれない。

“汚れた自分は、王にふさわしくない。王になどなれない。偽りの王を戴いてはならない、王家は自分の代で終わる”

 王位への拒否感は、恐れだったのではないだろうか。間違えた人間が王になってしまう、という。
 だが有力な対抗者はいない。
 限りなくその立ち位置に近いガウェインは、自分が東地区から連れ帰ったフィリップスが王になることを望んでいる。おそらく、フィリップスが尻込みをすれば、ジェラルドが取って代わる陰謀が動くのを察知していたから。

「もしジェラルドの目的が入れ替わりで、殿下に近づき信頼を得て『王など不要だ、王権など倒れるべきだ』と吹き込んで揺さぶりをかけ、王宮で孤立するアウトローに仕上げていたのだとしたら、とんだ食わせ者です。いざ自分が王ともなれば、その特権をほしいままにするつもりのくせに。王権の停止など考えもしないことでしょう」

「……こうなる前に、もっと私にもできることが……」

 頭を抱えたジュディに対し、ステファンは少しだけ身を乗り出して、表情を和らげて言った。

「俺は先生を甘やかす立場にありませんが、少しだけ甘いことを言わせてください。あなたは殿下と真っ向から向き合い、話し相手として受け入れられている。今も傷ついたあの方のそばに近づけるでしょう? それはね、殿下にとっても閣下にとっても、とてもありがたいことですよ。あなたはよくやっているんです。自分を責めて自信を失っている暇はありません、できることから働いてください」

 途中まで沈痛な面持ちで、しみじみと聞いていたジュディであったが、最終的に「働け」と言われて顔を引き締めた。

「そうですね。ガウェイン様も難しいお立場にありながら、お仕事をなさっているわけですから。私もぼーっとしてはいられません」

 すくっと立ち上がる。
 そろそろフィリップスが目覚めているかもしれない。そばについていた方が良いだろう。
 そのジュディを見て、ステファンも席を立った。

「いずれにせよ、恋い焦がれていた一目惚れのお姫様と結ばれたことで、閣下が以前とは見違えるように生き生きとしているのは事実です。信念だけのひとでしたけど、最近は人間味があると言いますか」

「……んっ?」

 何か変なことを言っているな、と思いながらジュディが顔を上げると、見下ろしてきたステファンににっこりと微笑まれる。指で自分の首を指しながら、面白そうに言った。

「あなたのここ、虫に噛まれましたか? 赤くなっています」

 その手の動きを見ながら、自分の首に手をあてたジュディは、言葉もなくゆっくりと顔を赤らめた。
 真っ赤になったジュディを前に、ステファンは楽しげに続ける。

「離婚したって聞いて、ものすごく喜んでましたからね。ひとの不幸を喜ぶ性格でもないのに、あれはわかりやすかった。そのわりに、ずいぶん時間をかけたものです。面白そうなんで今度ぜひゆっくり聞かせてくださいね、のろけ話」

「しませんよ、何を言っているんですか!」

 ジュディが言い返すと、ステファンは遠慮なく噴き出して、明るく声を上げて笑った。



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