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第四章
デート(※間違い)
しおりを挟むステファンと連れ立って出かける運びとなり、最初に向かった先は貴族御用達の店が並ぶ通りの、品の良い服飾店であった。
すでに話は伝わっていたようで、ジュディはすぐに奥の個室で採寸。それから年配の女性店主に細かく好みを聞かれ「足さばきが良く歩きやすいスカートと、疲れにくい靴が好きです。たまに走ります」とはきはきと答えた。「夜会用のドレスの話ですよ?」と確認をされてひやっとしたが、特に嫌味などは言われなかった。行き届いた接客であった。
来店から用事が済むのを待つ間、ステファンは折り目正しい従者としての振る舞いを徹底していた。あくまで、ジュディの護衛といった態度で、リンゼイ家からついてきた侍女と共に控えていた。もちろん、そこで余計な無駄話を叩く様子もなく、完全に仕事の空気である。
店での用事が終わった後、「川沿いのレストランで、個室を押さえています。ゆっくり食事を召し上がって頂くようにと、閣下から命じられておりまして。お帰りになるのはまだ早いでしょう?」と声をかけてきた。
準備を入念に済ませ、フルメイクで着飾って出てきて、気分良く買い物をした後だけに、ジュディにとってその提案は魅力的だった。
レストランにつくと、侍女や馬車の御者にも食事をするように言い含めてから、ジュディは放っておくとさっさと立ち去りそうなステファンを誘うことにした。
「個室でひとりにされても、座りが悪いわ。給仕は男性なのでしょうし、同行者がそのまま同席した方が店側も気を使わないでしょう」
従者のように振る舞っているが、ステファンの身なりであれば王都中の店で入れぬところはない。同行者で十分通用する。
声をかけられたステファンは一瞬だけ難しい表情をしたが、すぐに「わかりました」と爽やかに応じて、同席を快諾した。
* * *
二階の個室は、川に面した壁が総ガラス張りで、窓一杯に広がる青空と川の流れや行き交う船、その向こう岸に立ち並ぶ石造りの建物の風景がまさに圧巻だった。
「『ブルー・ランドスケープ・カフェ』って、来たのは初めて。夜の時間帯より天気の良い昼の方が人気と聞いたことがあったけれど、この景色を見ればよくわかるわ」
新しく出来た評判のレストランであった。すぐにテーブルにはつかず、窓際に立って興味深げに外を眺めるジュディの横に並び、ステファンがにこーっと口角を釣り上げて笑う。
「閣下と来たかったですよね? 俺でごめんなさい。デートを他人に任せるなんて言語道断ですよ、閣下は。仕事くらいどうにかしろっていうんです」
「どうして今日はそんなに皮肉っぽいんですか? 何かありました?」
出会い頭からこの方、ずーっとジュディにもガウェインに対しても物言いたげな様子である。ちょうど店員も退室した後で、他に誰もいない場ということもあり、ジュディは思い切って尋ねてみた。
ステファンはジュディを見下ろして、けぶるような目を細めた。まるでその話題を待っていたとばかりに、滔々と流れるように答える。
「良い機会なので、俺からの質問もお許しください。先生は、閣下のことをどう思っているんですか? 誤魔化さないでくださいね。男として見ていますかという意味の質問です。閣下があなたを特別な女性として扱っていることは気づいているでしょう? ドレスを受け取って夜会に出席するとならば、世間の見方もそうなりますよ。今までとはハッキリと風向きが変わります。覚悟はできていますか?」
元来、この国の貴族たちは巷説が好きで、極端な例ともなればその愛読書は国内貴族目録ともいうべき「貴族年鑑」と新聞のゴシップ欄のみ、ひとたび社交界に足を踏み入れれば詮索と憶測による好奇の視線が飛び交うというのが通例だ。
これまでのジュディは、ガウェインの要請により王宮に出入りしていたとしても、地味なドレスや男装に近い出で立ちで目立たぬように振る舞い、男女問わず必要以上に近づかず距離を置いて、噂話に興じることもなかった。
それが、ここに来てジュール侯爵とリンゼイ伯爵が手を結び、娘のジュディがガウェインのパートナーとして夜会に出るとなれば、世間が騒がしくなることは間違いない。その意味くらいわかるだろう、という問いかけである。
ジュディは、真剣な表情で頷いてみせた。
「実は今朝、私もはっきり自覚したんです」
「遅《お》っそ」
「閣下の夢を見てしまって……、私はもしかして閣下のことが、す、好き、なのではないかと。その……好き、みたいで」
「そこから?」
ステファンの反応はひたすら冷ややかであったが、ジュディとしてはついに言ってしまったという気負いが先立ち、それどころではない。興奮に頬を上気させ、こくこくと頷く。
「考えてみると、私だけではなく閣下にも兆候はあったんです。でも、まさかそんな私はどれだけ自意識過剰なのかと、今まで全部自分の中で打ち消してまして。本当に全部。まったく考えないようにしていたんですよ」
「閣下。泣ける……」
ステファンは大きな手のひらで乾いた目元を覆った。明らかに嘘泣きの仕草だったが、ジュディはそもそもステファンのことを見ているようで見ていなかったため、演技を無視してさらに勢い込んで言った。
「閣下には絶対何か裏があるはずだと思っていましたし、先日父と会って話すのを聞いて、『ついに策略を白状してる』って少し肩の荷が下りたくらいなんです。やっぱり全部私の気の所為で、閣下が私に思いを寄せる素振りがあるだなんてそんなわけないじゃないって。気落ちしつつほっとしました。ドレスを贈りたいとは言われましたが、現在閣下が社交に熱心ではないのはパートナーがいないせいかと。それは私も同じなので、利害が一致したのかと……思って、ですね……」
あまりにもステファンから醸し出される空気が冷ややかで、目には見えないブリザードが吹き荒れているのを感じて、ジュディはそこでようやく口をつぐむ。
陰々滅々とした暗い声で、ステファンが独り言のように呟いた。
「逆に、閣下が何をどう言えばそういう解釈に至るのかすごく興味が出てきた。考えを伝える表現能力が絶望的過ぎて、政治家失格じゃないのか」
ガウェインがけなされているらしい、ということは理解したジュディは慌てて声を上げる。
「悪いのは私です……っ」
「はい、大丈夫ですよ先生。先生が悪くないなんて俺は一言も言っていません。どっちも悪い。どっちも馬鹿……おっといまのは言い過ぎました。謝罪致します」
スマートに暴言を謝られたところで、店員が戻ってきた。座りましょう、とステファンに優雅にエスコートされて席につく。
白のクロスのかけられた丸テーブルで向かい合うと、改めてステファンの抜群に整った顔立ちに目を惹きつけられた。
「では、この良き日に」
ワインの注がれたグラスを軽く掲げ持ったステファンに対し、ジュディも軽くグラスを掲げる。口をつけぬまま、綺麗な仕草でグラスを傾けてワインを飲むステファンをしげしげと見つめた。気づいたステファンが「何か?」と視線を流してくる。
「ステファンさんはどうなんですか?」
「何がです?」
「恋バナがあるなら聞きますよ。ほら、私ばかりではなくて。どうぞ」
ステファンが横を向いて、むせた。ごほごほと咳き込んでから呼吸を整え、ジュディに目を向けてきたときには、凍てついた表情となっていた。
「先生、さすが友達がいない。『私が言ったんだからあなたも』って、幼女同盟ですか? 俺の秘密を握ってどうしようって言うんですか。俺が裏切りそうならすかさずばらすぞって脅すんですか?」
「私に友達がいないのは事実ですが、ステファンさんこそ幼女仕草に詳しすぎませんか?」
間髪置かず言い返すと、ステファンはふん、と鼻を鳴らして横を向いた。
「俺のことは良いんですよ。気になる女性はいますが、恋じゃない。危なっかしくて目が離せないだけです」
妙に忌々しげに言われて、ジュディは目を瞬かせた。
「危なっかしい女性ということは、つまり幼女なんですね。お相手は」
手のかかる小さな妹さんでもいるのかしら? という意味で言うと、恐ろしく真剣な顔で睨みつけられた。
ジュディの目を見つめ、ステファンは低く唸るような声を漏らした。
「幼女かもしれません。たちの悪い幼女だと思います。俺が恋をするわけがない相手ですよ。絶対に」
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