王子様の教育係、承りました! ~純情で腹黒な宰相閣下の策略から始まる溺愛、実は重い。すごく。~

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
46 / 104
第四章

隠しても、無いことにならない

しおりを挟む
 取るものもとりあえずで、ジュディたち四人は午後の早い時間に駅に向かい、鉄道で王都まで帰ることになった。

 前夜、公爵邸マクテブルク・パレスで起きた事件で被害者が出たのは、貯蔵室での一件のみ。犯人も捕まっている。
 アリンガム子爵夫妻の部屋での発砲騒動に関しては、関係者で口裏を合わせて「貯蔵庫での銃声」と誤魔化した上で、警察に報告をしたとのことだった。逃げたままの下手人がいるのを、伏せた形となる。

 ヒースコートは詐欺の取り調べの関係で、公爵とガウェインの手配により、直接王都の「監獄塔」送りにされるという。子爵夫妻が出先から戻らぬことに関しては「夫婦で共犯であり、夫人を屋敷に帰して証拠を隠されるのを防ぐため」という内容で、と屋敷に通達するとのこと。実際にはユーニスは行方不明なのだが、当面それを公表するメリットはないので、というのがガウェインの話だった。

 こういった詳しい事情は、屋敷に滞在していた他のゲストには知らせない。ただ、「屋敷で使があり、銃が使われて死者が出た」と「アリンガム子爵夫妻は、昨日から引き続きの夫人の体調不良で人前には出てこない」程度の説明が朝食の席で公爵からされたという。疑いを持つ者もいるかもしれないが、子爵逮捕の件がひとの噂になるのは、これより少し先になるだろう、とガウェインは結んだ。

「ただでさえ亡霊が出るという噂の貯蔵庫だったのに、殺人事件の現場になるとはな。ますますひとが近寄らなくなるだろうさ」

 特別車両のゆったりとしたソファに腰を落ち着けて、フィリップスが皮肉っぽく言った。
 車内の揺れをものともせず、テーブルそばに立って手酌でグラスにワインを注ぎ、ひとりで飲んでいたステファンが、横から口を挟む。

「格好の肝試しの現場になりそうですね。あと、逢引き。ひとりで行くのが怖いって言い出すメイドに、親切なふりをした若い男が同行するんですよ」

「なるほど、そこでよろしくやるわけか」

 行儀悪く、丸ごとのりんごにシャリッとかぶりついて、フィリップスがすかさず言い返す。油紙に包んだサンドウィッチを食べていたジュディは、危うくふきだしそうになり、気合で堪《こら》えて口の中のものを飲み下した。続けて白ワインをひとくち飲んでから、「なんの話をしているんですか」と諭すように割り込む。

「ステファンさんは、変なことを殿下にふきこまないでください。殿下も、そういったことに興味を持つ前に、まずはご婚約ですとか、正しい道筋で女性とのお付き合いをじっくり学ぶべきでして」

 教育係なので。

(こんな品のない男同士の会話から、男女のことを興味本位で学ぶのはあまりよくないわ。私だって、結婚前にそんな機会なかったもの)

 信念にかけて言ったのに、ガウェインも含めた男性三人からの返事は一分以上にわたる無言だった。
 ゴトン、ゴトン、と車輪がレールを擦る音だけが車内に響く。

「……何か言ったらどうなんです?」

 耐えかねてジュディが言うと、切れ長の目を細めたステファンが「何かと言われましても」と答えながら、椅子に座っているジュディに視線をくれる。

「何を言っても、先生の立場がなくなります」

「それこそ何を言うつもりなんです!? 良いですよ、受けて立ちますわよ。私、こう見えて閣下に教育係のお役目を頂いて、殿下を教え導く立場ですからね。甘く見られては沽券に関わります」

 手の中で油紙を畳み、片手を胸にあてて自信に満ちた表情でステファンを見つめ返す。「さぁどうぞ」と促して、背筋を伸ばし、居住まいを正してみせた。

 ……はぁ。

 沈黙の後、疲れを覚えたように息を吐き出された。大変納得のいかない返答であり、ジュディはキッときつい目つきになって早口に言った。

「言いたいことをあまり溜め込むと、体に悪いですよ」

 すると、ステファンは「はい」と速やかに実に良い返事をして、滑《なめ》らかに続けた。

「では溜めません、言います。先程のような会話は、男同士で集まった場では日常的になされる部類です。先生の前でしてしまったのは俺の落ち度です。申し訳ありませんでした」

「謝って頂く必要はございませんわ。ただ、女性の前ではできない話という自覚があるのなら、殿下の前でなさるのも適切とは思いませんの。殿下を一流の紳士にお育て申し上げるのは、私たち大人の責務でありますからして」

 力説しているのに、どうも反応が鈍い。
 ステファンはジュディに対して何度か頷いてから、「閣下」とソファに座っているガウェインを指名した。

「少年の成長には、ある種こういった男同士の会話も必要であると、閣下から先生にお伝え頂けますでしょうか。身の回りから、ただ濁りや汚れを取り除いてばかりいても、不自然でしかありません。なぜなら世の中には、綺麗ではない部分もたくさんあるからです。現にあるものを無いように見せても、無知な人間が育つだけ。必要なのは、あるものはあると教え、そこから正しく選ぶ方法を学んで頂くことです」

 あら饒舌、とジュディは目を丸くする。

(ステファンさんは、私に対してずいぶんずけずけ言うようになってきたと思っていたけど、あれでも遠慮しているのかもしれないわ。閣下に対しては手加減なしみたいだけど)

 そのガウェインは、優雅に口元まで運んでいたティーカップを下ろし、微笑んで言った。

「どちらの言い分ももっともだと思う。あるものを無いように見せてばかりでいては、教育にはならない。だが一方で、会話には節度があるべきで」

 常識人のように話し始めたのを、フィリップスが遮った。

「上品ぶった貴族連中だって、結局のところ一皮むけば薄汚く下品な欲望に満ちた豚ばかりだ」

「豚に何か恨みが?」

 かつて出会い頭にフィリップスから何度か豚扱いをされたことにより、最近では豚にシンパシーを覚えかけていたジュディは、眉をひそめて呟く。
 フィリップスは煩《わずら》わしそうな視線をジュディに向けて、投げやりに答えた。

「先生の元旦那が何をしていたか、あのときの会話を聞いていたなら察しはついているんだろう? 東地区《スラム》における人攫い行為及び、人身売買だ。若く美しい女や子どもを真っ先に買い漁っているのは、この国の富裕層だぞ、笑えるだろ。売れ残りは安価で他国に売り飛ばしているみたいだがな。かくて、世界は汚く欺瞞に満ちている。見せかけだけ綺麗にしてなんになる。俺は、汚れこそ見つめるべきじゃないのか?」

 ですが、あなたはこの国でもっとも高貴な者、王になるべき方。ご自身が汚れをまといすぎては……

(とは、言えない。すべてをご自身で経験なさる必要はないと思うけれど、民の痛みを知りたいという殿下を、止めることなど)

 迷いながら、ジュディはそれでも自分の考えを伝える。

「尊いお心ばえだと思います。ですが、その気持ちが先走ったために、今回のように危険に身を晒すことになるのなら、少し思いとどまって頂きたいのです。あなたの代わりはいません。ご自身を大切になさって初めて、他の方に手を差し伸べられるものとお考えください」

 ふん、と鼻を鳴らしてフィリップスはソファの背もたれに深く沈み込んだ。そして、ジュディでも他の誰でもなく、どこか遠くを見るまなざしになって言った。

「俺がどうしてああいった事情に通じているのか、気になっているんだろう。いいぜ、言っても。公式記録にはない、公開されていないことだが、俺はいまより幼い頃、誘拐されて行方不明になっていた時期がある。結構長く、半年とか一年とか、そのくらいだ。自分でもはっきり覚えていない。その頃俺は、東地区にいたんだ。この国の吹き溜まり、すべての汚れの寄せ集め、見捨てられた貧民街。あの場所に」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください

mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。 「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」 大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です! 男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。 どこに、捻じ込めると言うのですか! ※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。

【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。  その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。  しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。  ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」  一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる────── ※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。 ※※不貞行為の描写があります※※ ※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...