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第三章
密会するふたり
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「おお、殿下。こんなお姿で下働きに混じっての労働だなんて。あのジュール侯爵めに無理強いされましたか。とんでもない男ですな」
思った以上にはっきりと、ヒースコートの声が聞こえた。
ジュディは軽く身じろぎをして、ステファンの腕から逃れようと試みる。
(私は騒いだり暴れたりはしないので、あなたの腕は他のことにすぐに対応できるよう、あけておくべきではなくて?)
言葉にこそ出さなかったが、ステファンも同じく考えてくれたのか、そっと手が離れた。ジュディはほっと胸を撫で下ろす。
廊下の先では、ランプの淡い光の中で、フィリップスが笑いながら気さくな調子で受け答えをしていた。
「ガウェインがとんでもない奴だってのは、間違いない。俺をこんな形で王都から引き剥がした。だが、そのおかげで子爵とこうして直接話す機会を持てた。今回はガウェインの行動が完全に裏目に出たな。ずいぶんと間抜けなことだ」
「まったくです。もっともらしく本人も来ていたようですが、目立ちたがりが仇になって、まだまだ紳士の集いから抜け出してはこれないでしょう。詰めが甘いとは、ああいう男のことを言うのです」
位置的に、貴賓室《ステイト・ルーム》が並ぶエリアとは遠く離れていて、よほどのことがない限り、招待客が足を向けることはない場であった。そのせいか、安心してガウェインを腐す内容で話に花を咲かせている。
完全に、二人は何かしらの手段で連絡を取り合っていて、目的を持ってここで落ち合ったかのように見える。
「廊下はいつ誰が来るかわかりませんので」
ヒースコートがそう言いながら、突然振り返るような動作をした。同時に、ジュディは後ろに腕を引かれて廊下の角に身を隠させられていた。
自分では絶対に反応できなかったであろうその動きは、ステファンがいたおかげである。
「ありがとうございます。これはどういうことです?」
礼を言いながらも、すぐにいま見た光景の確認を口にすると、ステファンはジュディに代わって角に身を押し付けながら、目を細めた。耳を澄ませているように見えるが、器用にジュディの問いにも返事をくれる。
「貯蔵室の前でした。そのまま中に入ると思われます。この屋敷の貯蔵室には幽霊が出るという噂があるそうで、用事があるひと以外は近寄らないそうですよ。密会にはうってつけだ」
「そうなの。幽霊って、私は見たことがないのだけれど、何か害があるものなの?」
「はい? 害のあるなしではなく、怖いかどうかです。怖くないんですか?」
見たことがないと言ったばかりだというのに、そんなに意外そうな顔で怖いか怖くないか聞かれても。
ジュディはステファンの反応に戸惑い「会ってから考えるわ。いまのところべつに怖くない」と答えて、そうっと角から廊下をのぞく。
ヒースコートとフィリップスの姿が見えなくなっているのを確認し、足早に進みだした。
「アリンガム子爵と殿下が密会しているのは、子爵の裏稼業が関係していますか?」
声を抑えてステファンに尋ねると「そうですね」とすぐに返事があった。
「今までの数年間、子爵はかなり用心深く行動をしていたようですが、最近目に余る動きが出てきました。下町とのつながりがある殿下が、独自の情報網で荒稼ぎをしている子爵に行き着いていても不思議はありません」
最近、と耳にしてジュディはすぐに思い当たる。自分と離婚してヒースコートは、今まで以上に大胆に行動をしやすくなったか。あるいは、いよいよ財産を食いつぶしてしまい、なりふり構っていられなくなったか。
(ユーニスさんは以前からお金を使い込んでいるようだったけど、再婚したことで歯止めがきなくなった、とか)
いずれにせよ、離婚がきっかけであるとすれば自分にもまったく無関係とは思われなくて、ジュディは気を引き締め直した。
「子爵の稼業は下町に関係しているんですね?」
ちょうど貯蔵庫の前についたところで、ステファンはすぐに答えず、一度口を閉ざした。
高い位置から、視線を流してくる。
「危険な話だとは気づいていますよね。首をつっこむのをやめようという気はないんですか。知れば知るほど、あなたは危うい立場になります」
ジュディは、肩をすくめてみせた。
「もちろん気づいていますよ。ですが、私の仕事は殿下の行く末を見届ける役目です。腕が立たないからといって、まだ年若いあの方が危険に飛び込んでいくのを、私がみすみす見ているわけにはいかないでしょう? その場にいれば、私にだってできることはあるかもしれません。悲鳴を上げて誰かを呼んだり。何かの時間稼ぎとか」
今度は、ヒュウ、とステファンが短く口笛を吹いた。
「なるほど。幽霊も元夫も怖くないあなたに、恐怖心から手をひくという考えはないらしい。教育係とはかくも命がけ、と」
そしてドアにそっと耳を押し付けた。中を窺おうとしているのを見て、ジュディは口をつぐむ。
(それにしても、殿下は正義感の塊のようなところがある方……。いかに目的が一致したとしても、ヒースコートと手を組むとは考えにくいような。そもそも「裏稼業」ってなんのことなの?)
思った以上にはっきりと、ヒースコートの声が聞こえた。
ジュディは軽く身じろぎをして、ステファンの腕から逃れようと試みる。
(私は騒いだり暴れたりはしないので、あなたの腕は他のことにすぐに対応できるよう、あけておくべきではなくて?)
言葉にこそ出さなかったが、ステファンも同じく考えてくれたのか、そっと手が離れた。ジュディはほっと胸を撫で下ろす。
廊下の先では、ランプの淡い光の中で、フィリップスが笑いながら気さくな調子で受け答えをしていた。
「ガウェインがとんでもない奴だってのは、間違いない。俺をこんな形で王都から引き剥がした。だが、そのおかげで子爵とこうして直接話す機会を持てた。今回はガウェインの行動が完全に裏目に出たな。ずいぶんと間抜けなことだ」
「まったくです。もっともらしく本人も来ていたようですが、目立ちたがりが仇になって、まだまだ紳士の集いから抜け出してはこれないでしょう。詰めが甘いとは、ああいう男のことを言うのです」
位置的に、貴賓室《ステイト・ルーム》が並ぶエリアとは遠く離れていて、よほどのことがない限り、招待客が足を向けることはない場であった。そのせいか、安心してガウェインを腐す内容で話に花を咲かせている。
完全に、二人は何かしらの手段で連絡を取り合っていて、目的を持ってここで落ち合ったかのように見える。
「廊下はいつ誰が来るかわかりませんので」
ヒースコートがそう言いながら、突然振り返るような動作をした。同時に、ジュディは後ろに腕を引かれて廊下の角に身を隠させられていた。
自分では絶対に反応できなかったであろうその動きは、ステファンがいたおかげである。
「ありがとうございます。これはどういうことです?」
礼を言いながらも、すぐにいま見た光景の確認を口にすると、ステファンはジュディに代わって角に身を押し付けながら、目を細めた。耳を澄ませているように見えるが、器用にジュディの問いにも返事をくれる。
「貯蔵室の前でした。そのまま中に入ると思われます。この屋敷の貯蔵室には幽霊が出るという噂があるそうで、用事があるひと以外は近寄らないそうですよ。密会にはうってつけだ」
「そうなの。幽霊って、私は見たことがないのだけれど、何か害があるものなの?」
「はい? 害のあるなしではなく、怖いかどうかです。怖くないんですか?」
見たことがないと言ったばかりだというのに、そんなに意外そうな顔で怖いか怖くないか聞かれても。
ジュディはステファンの反応に戸惑い「会ってから考えるわ。いまのところべつに怖くない」と答えて、そうっと角から廊下をのぞく。
ヒースコートとフィリップスの姿が見えなくなっているのを確認し、足早に進みだした。
「アリンガム子爵と殿下が密会しているのは、子爵の裏稼業が関係していますか?」
声を抑えてステファンに尋ねると「そうですね」とすぐに返事があった。
「今までの数年間、子爵はかなり用心深く行動をしていたようですが、最近目に余る動きが出てきました。下町とのつながりがある殿下が、独自の情報網で荒稼ぎをしている子爵に行き着いていても不思議はありません」
最近、と耳にしてジュディはすぐに思い当たる。自分と離婚してヒースコートは、今まで以上に大胆に行動をしやすくなったか。あるいは、いよいよ財産を食いつぶしてしまい、なりふり構っていられなくなったか。
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「子爵の稼業は下町に関係しているんですね?」
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