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第二章

曲者揃い

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「公爵閣下。お話があります」

 頃合いを見てティーハウスに現れたラングフォード公爵ヘンリーが、ゲストたちの元へ挨拶しに行く前に、ジュディは素早く呼び止めた。

(キッチンへ、アイスティーの提案をしたのは私。自分で説明をしなければ)

 全員に同時に熱いお茶を配るのが難しければ、最初から冷めたお茶を出してしまえばいいのに、と言った件である。
 ヘンリーを見つけて、形式もすっ飛ばして声をかけてしまったが、ヘンリーは嫌な顔をすることなく「何かな」とジュディの話を聞く様子で向き合ってくれた。
 ジュディはその瞬間、顔を合わせたくないゲストのことなどすっかり忘れた。
 ただ目の前のヘンリーにだけ気持ちを集中して、告げた。

「閣下は、冷めたお茶を飲んだことはありますか?」
「あるね。熱いお茶というのは、提供されたそばから冷めていくものだ」
「では、冷めてからの方が飲みやすいと感じたことはありませんか」

 その質問に対し、ヘンリーは即答を避けた。真意を探るようにジュディを見つめて、小首を傾げる。まばたき数度分の間に、相応のプレッシャー。ジュディは背筋を伸ばして立って、その視線に耐える。
 やがて、ヘンリーが小声で呟いた。

「猫舌だ。熱いお茶は苦手だ」
「閣下。私もです」

 相手が相手でなければ、手に手を重ねて握りしめたくなるほど共感した。ジュディは勢いを得て、話を続ける。

「丁寧に淹れたお茶は、冷めても美味しいものです。それに、ケーキや焼き菓子には一般的に熱いお茶が合うとされていますが、料理と合わせる場合は常温のドリンクの方が、食が進みます。つまり、冷めてしまったのではなく、冷めた状態で飲むドリンクです。アイス・ティーなるものがあれば良いなと、私は常々思っていました。猫舌なので」

 ステファンがその場しのぎで口にした呼び名を、ここで使わせてもらう。ヘンリーはうんうん、と頷きながらジュディの目をのぞきこんできた。

「君の言いたいことはわかる。熱いお茶など、実際のところ味なんてわかったものではない。冷めたお茶の最後の一口、溶け残った砂糖と一緒に飲むのが美味しい」

 ジュディは心の底から、賛同した。

「まさに私もそう考えていました。冷めたお茶は、美味しいんです。そうだわ、せっかくなら、甘みをつけてもいいかもしれませんね。フルーツを浮かべたり、炭酸水と合わせるのもいいかも」

 考えながらぶつぶつと言っていると、ヘンリーが「ここまでは君の言いたいことは一応、わかったんだが」とすかさず口を挟んできた。

「冷めたお茶をどうしたいって?」

「今日のゲストに提供したいと考えています。夏場に水のようにごくごく飲めて、食事のときも酒類の苦手な方にうってつけの新しい飲料として。アイス・ティーを」

 勇気を出して言ってみたが、ヘンリーは目を閉ざして考え込んでしまった。

(失敗したら、お名前に傷がつきますものね。いくら趣向を説明しても「冷めたお茶でもてなされた」と噂を広められるのは、ラングフォード公爵家の威信に関わる……)

 ここでヘンリーの許可を得られなければ、ジュディの発案はとんだ先走りとなり、キッチン全体に多大な迷惑をかけることになる。この後の進行にも影響が出るだろう。
 緊張したせいで、ひどく長く感じたその待ち時間の後。
 目を見開いたヘンリーは、榛《はしばみ》色の瞳に強い光を宿して、しっかりとした口調で言った。

「わかった。『最高の茶葉で美味しく淹れた熱いお茶を出す』今まではそれが当然だと信じてきたが、冷めた美味しいお茶でゲストを喜ばせることができれば、それは大いなる可能性を感じる。やってみたまえ。早速キッチンに……」

 ジュディは勢いをつけて、がばっと頭を下げた。

「キッチンにはすでに提案済みで、そういった飲み物の準備を始めています。公爵様のご指示があれば、すぐにでも動き出せます」

 つまり独断専行で、これは事後報告の類である、と。

(絶対ご不快に思われる! だけど、あの段階で動いていないとゲストに提供するのは間に合わなかったから……!)

 今さらながらに、とんでもないことをした実感が湧いてきて、足が震えだす。
 それまで横に立ったまま沈黙を続けていたステファンが、そこで発言をした。

「良い案だと思い、私からも後押しをしました」

 なるほど、とヘンリーは軽い調子で頷いた。

「そうか。わかった。その場でいきなりでは、話を合わせるのが大変だからな。先に話してくれて良かったよ、ありがとう。私からもゲストにうまく話してみよう」

 ヘンリーはそう言って、話は終わったとばかりにその場を後にする。
 背中を見送りながら、ジュディは肩で大きく息をした。緊張が解けても、体中がガチガチに固まったままだ。

「認めてくださったんですよね……、いまの」

 なんとかそれだけを口にすると、ステファンは香気漂う目元に淡く笑みを浮かべて、優しげなまなざしでジュディを見つめてくる。極めつけの色男ぶりに、ジュディは怯《ひる》んで後ずさりそうになった。

「褒めていたと言うんですよ、ああいうのは。気安く振る舞っていますが、損得勘定が厳しく気持ちで動くことはない方です。本当に良いと思わなければ、あなたに礼など言わないでしょう」

 そうですか、と声にならない声で返事をしつつ、ジュディはステファンからのプレッシャーを避けるように顔を背ける。同時、ふと妙だなと気付いて、いま一度顔を上げてステファンをまじまじと見た。

「私の気の所為でなければ、ステファンさんの発言に対して、皆さん強い信頼があるように思うのですが……。提案が通っているのは、私ではなく、ステファンさんのおかげですよね?」

 その質問に対して、ステファンは事もなげにあっさりと答えた。

「特に素性を申し上げていませんでしたが、私はラングフォード公爵家と縁がありまして。そうですね、皆さん顔見知りといったところです。ですので、提案が通りやすいのはあるかもしれません」

 彼は王宮に出入りを許され、若き宰相閣下とは懇意にしていて、王子のお付きでもある。

(縁って……。こちらから聞きにくくて聞けていなかったけれど、ステファンさんはかなりの身分の方、なのですね)

 父や兄に名前を告げて確認をしてもぴんときていないようだったので、偽名の可能性もあると考慮し、素性を探ることは諦めていたのである。本人に聞いても答えてはくれないだろうし、言ってくれるまで待とうと。
 裏のありそうなガウェインといい、つくづく気の休まらない曲者揃いだわ、と青い息を吐き出して、今度こそステファンから視線を逸らした。

 そのとき、ティーハウスの中まで迷い込んできたらしいゲストに、「そこのあなた」と声をかけられた。
 鈴の鳴るような美声。
 ほとんど直接話したことはないが、うっすら聞き覚えがある声音だった。まさか、とジュディは打たれたように立ち尽くし、声の主へと目を向ける。

「そこの立ち話をしているあなた。少し疲れたのだけど、どこか休めるところあるかしら?」

 麗しい声に、どことなく棘を含んで尋ねてきた相手は、予想通りの女性。
 銀色の髪に水色の瞳の、儚げな美貌の持ち主。
 ジュディの元夫の想い人にして、再婚相手である「儚き百合」ことユーニス・アリンガムそのひとであった。

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