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第二章

ティーハウスにて

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 広大な庭園の中でも、森のように木々の生い茂った一角に建てられた豪勢な別館。

 シンプルにティーハウスと呼ばれているそこは、一階の開口部が大きく、柱がずらりと並んで天井を支えていて、野外との行き来がしやすそうな開放的な作りをしていた。
 上階部分はバルコニーが庭にせり出すように広く取られており、手すりに寄れば眼下がよく見晴らせそうで、ダンスやゲームに直接参加をしていなくても一体感を楽しめそうである。

 ジュディたちが着いたときには、準備は佳境に差し掛かっているようであった。フィリップスは、すぐにふらりと離れてどこかへいってしまった。

(私はどこに加わるべきかしら?)

 屋外にテーブルや椅子を並べたり、慌ただしくドリンクのボトルを運ぶ屋敷の使用人たちの動きを見ながら、ジュディは辺りをキョロキョロ見回す。
 背後から、「良い建物ですよね」と話しかけられた。
 ハッと声のした方へ振り返ると、そこにいたのはお仕着せを隙なく着込んだステファンで「公爵閣下の発案と聞いております」と前置きをしてから、ティーハウスの方へと視線を投げかけて話を続ける。

「ティーガーデンといえば、一昔前の流行で王都にもずいぶんあったようですが、現在はすっかり下火になりましたね。今日のこの場は、ある種の懐古趣味といったところでしょうか。当時の空気感を再現した、一日限りのイベントということです」

 焦って仕事に加わる前に、よく見ておけという意味かと、ジュディは呼吸を整えて相槌を打った。

「そうですよね。私もティーガーデンは聞いたことはありますが、実際に行ったことはありません。一日だけ特別に開催と言われて招待を頂いたら、来たくもなります。趣向の凝らされたお茶会や夜会のイメージといいますか」

 ティーハウスは、門を通過してから本館に至る手前の道沿いに位置している。屋外の利用も考慮に入れられた建物だけあって、パレスに比べると出入りしやすくカジュアルな印象があった。

(位置的にも導線が良いし、いずれは貴族階級だけではなく庶民への開放も視野に入っているのかも……)

 そのジュディの考えを見越していたかのように、ステファンがバルコニーを見上げて言った。

「今日は楽団の演奏がありますが、この建物はバルコニーを舞台に見立てて、劇場のように使うこともできるでしょう。将来的には、地域の皆さんを招く娯楽施設としての利用を見込んでいると思います」

「入場料の設定次第ですが、少しくらい無理をしても来てみたいひとはいるでしょうね」

 王都まで観に行かずとも近場で演劇や演奏を楽しめるとあらば、奮発して家族や恋人と来ても良いと思う者はいそうだ。調理場も附設していることから、飲食を伴ったイベントも可能なので、公爵邸の料理人の料理が食べられるという触れ込みだけでもかなり注目を集めるはず。

(公爵閣下によるパレスの観覧ツアーより、よほど庶民の手の届きやすいアトラクションかもしれない。無料にしてしまえば誰を呼び込むかわかったものではないから、ある程度の金額は設定するとして。それでも、それで公爵閣下が収入を得るというよりは慈善的な意味合いが大きいでしょうけど)

 住民に対して開けたパレス運営を目指しているということなのだ、とジュディは深く感じ入った。
 そのとき、屋敷の使用人たちに混ざってテーブルを運んでいるフィリップスの姿が目に飛び込んできた。


 * * *


「これはそこだな。フィル、重いから置く時気をつけろよ」

 新入りか、他家からの助っ人と思われているらしいフィリップスは、当たり前のように指示をされて使われているようだった。
 この場にいる関係者全員に、フィリップスの素性が周知されているわけではない。むしろ知らぬ者も多い中、ジュディの聞き間違いではければ早速「フィル」と気安く呼ばれていた。

 フィリップスもまた借り物のお仕着せを身に着けていたが、いまは作業しやすいようにジャケットは脱いでシャツ一枚の姿である。
 それでも、輝きの強い瞳と、整った容貌がどこにあっても目をひく。年若いメイドたちなど、明らかに「あのひとは誰?」といった様子で気にしており、ちらちらと視線を送っていた。

「このテーブル、もう少し向こうの方が良いんじゃないですか? 楽団のひとたちの場所と近すぎませんか」

 一度テーブルを置いてから、フィリップスがさっと辺りを見回して指示役に提案をしている。

「えっ!?」

 聞くとはなしに聞いていたジュディは、思わず声を上げた。 
 聞き間違いでなければ、ずいぶんと丁寧な言葉遣いだった。普段のフィリップスからは実にかけはなれた、まずまず模範的な従僕らしい話しぶりだったのだ。

(いつもは私にも他の人に対しても、あんなに偉そうなのに?)

「それもそうだな。もう少しずらそう」

 指示役はフィリップスの意見を聞き入れ、テーブルをもう一度運ぶように指示を出す。それを受けて、フィリップスは億劫がることもなくもう一人の若者とさっさと持ち上げ、離れた位置まで運んだ。

「溶け込んでる……。殿下がごく普通にお仕事なさって、皆様の間に溶け込んでいる」

 見事な擬態である。
 正直なところ、まったく予期していなかったジュディは、面食らってしまった。だが、それこそフィリップスらしいとも思う。

(たぶん、初めてではないわね。最初から反発らしい反発もしていなかったけれど、殿下はすでに、どこかでこういった経験をなさっているんだわ。そして今日はご自分の中で納得されてお仕事なさっている……)

 不意に、胸騒ぎがした。
 これだけ、場に合わせてふさわしい振る舞いにスムーズに切り替えられるのであれば、普段からやろうと思えば造作もないということなのではないだろうか。そう考えれば、偉ぶっている態度にも何か裏があるのではと思わされる。
 つい、フィリップスを見る目が鋭いものになってしまった。そのせいなのか、すぐに気づかれた。

「おい、さぼるなよ。仕事はたくさんあるぞ!」

 即座にフィリップスがジュディに声をかけてくる。それはいつも同様にふてぶてしく傲慢な口ぶりで、周りの男性たちが「なんだ、彼女はお前の知り合いか?」とフィリップスを小突き始めた。
 フィリップスは笑ってちらっとジュディを見て、視線を絡めたまま周囲に対して「姉さんです」と答える。

 事実無根すぎる申告にジュディは目をむき、周囲はフィリップスに対して「お姉さんにあんな言い方しちゃだめだぞ」とたしなめるようなことを言った。フィリップスは、それに適当な返事をしながら、心底おかしそうに声を立てて笑い出した。
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