王子様の教育係、承りました! ~純情で腹黒な宰相閣下の策略から始まる溺愛、実は重い。すごく。~

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
9 / 104
第一章

そこに何があるのか

しおりを挟む
 家庭教師勤務、二回目。
 初っ端から、逃げられる。


 * * *


 王宮に着き、ジュディは時間を作ってまで出迎えてくれたガウェインと、出会い頭に早速会話を交わした。

「あの件に関しては、少しお時間頂きます。殿下のスタート地点に関しては数名で検討している最中で、すぐに結論が出ません。王家の血縁からたどり、殿下を受け入れても問題のない地主階級《ジェントリ》の家の選定からなのです。なおかつ、警備に割く人員の面から、治安的にも安定している地区が望ましい。また、殿下を庶民にするなど、前例のないことではありますが、王家から受け入れ先への『非合法』な手段でゴリ押しではなく、法律の解釈で乗り切れない場合は法案も通して議会の承認を得る形で……」

 現実に解決しなければならない問題が、山積みらしい。
 ジュディはガウェインと肩を並べて、緋色の絨毯の敷かれた廊下を歩きながら「わかりました」と返事をした。エスコートした方が良いのか、いらないのか、うかがい合う空気には気づかなかったふりをして、腕を取らずにすたすたと歩いている。ガウェインも了承したようで、話を続けた。

「なるべく、急ぎます。殿下のに関しては探っていますが、どうにも尻尾を掴めません。相手が上手《うわて》なのか、王宮の情報収集力がたいしたことないのか、そこは触れないで頂けますと幸いなのですが」

 ガウェインは誠実そうな口ぶりに、ほんの少し情けなさを交えて言った。だが、ジュディは「はい」と返事をしつつ内心では違うことを思った。

(言葉通り、真に受けない方が良さそうね。すでに割り出してはいるけど、理由があって泳がせているだけかもしれないわ)

 革命を目論む相手が、文字通り「尻尾」を出す。つまり明確な悪事の証拠が出た場合は、一気に押さえるつもりなのか。それはもちろん、こじつけたようなものではだめだ。無辜の民を革命潰しのためだけに捕らえるなど、絶対にあってはならない。そのときには、フィリップスの中でも民衆の間でもその者は英雄となり、権力への憎しみは正しく固定化されるだろう。
 その意味では、無理に相手とフィリップスを引き離しても、問題は解決しない。もし別れるにしても、自分からその手を離したと本人が納得しない限り、禍根が残る。
 ジュディは脳裏に描いたその考えを口にすることはなく、「まだ相手が見つからない」というガウェインの言い分を、この場では受け入れた。その上で、明るい口調で言った。

「やはり、殿下が王都から離れて、どこか遠くへ行く計画は有効のように思います。物理的に相手と離れられますし、もし相手が追いかけてきて殿下に接触をはかるような場合には、正体がわかりますから」

「あはははは、それはたしかに。しかしその相手が、思ったひとと全然違ったら面白いですよね。庶民の英雄どころか、王宮の重臣とか、貴族の中でも別格の公爵家とか。私とか」

「最後のは冗談のおつもりで言いました? 私は笑った方が良いですか?」

 さらっと付け加えられた一言は、聞き流す場面なのか、うまく受け止めて返すべきなのかわからず、ジュディはにこにこと笑顔で尋ねる。ガウェインはどこか悲しげに笑って「私のような者でも、たまに冗談を言ってみようとするんですけど、どうも面白くないみたいです」と答えた。

「考えようによっては、面白かったです。閣下がすべての黒幕だなんて!」
「冗談というのは、考えてようやく意味がわかるようでは『うけた』ことにはならないですよね。難しいな、私はなかなか女性と話すことがないもので。いや、男性が相手なら爆笑必至というわけでもないのですが」

 独り言めいた呟きを耳にし、ジュディはそっと視線を流してガウェインの横顔をうかがう。

(お部屋に女性の立ち入りを認めないばかりか、女性とあまり話さないだなんて。閣下は女性が苦手なのかしら……? それなら私はいったい、どういう枠で)

 憶測しそうになって、やめた。どういうも何も、離婚出戻りで女性としてはまったく意識しなくて済む、仕事相手だ。
 視線に気付いたように、ガウェインがジュディへと顔を向けてきた。口元には微笑みが浮かんでいる。

「ところで、今日のあなたの装いはとても素敵ですね」

 金色の瞳が、きっちりと結わえた金の髪から薄緑色のジャケット、トラウザーズまでをさっと眺める。およそ女性のする服装ではなく、線の細い男性にしか見えないのは、ジュディも自覚している。
 ジュディもまた、「ありがとうございます」と微笑んだ。

「仕事をするにあたり、走りやすさを重視しました」
「まったく、あなたの聡明さは私の想像以上です。おそらくその先読みの力が、あなたを助けるでしょう」

 言い終える前に、遠くから近づいてくるバタバタという足音がその声に重なる。廊下の先の曲がり角から、三名の兵士が姿を見せた。
 このパターンは以前もあった、とジュディが覚悟したところで先頭の兵が告げた。

「閣下! 殿下が脱走しました」
「早速やられたか」
「やられた、というのは?」

 何人も護衛兵がついていて、どうやって? とジュディが不思議に思って聞き返すと、ガウェインは金色の瞳を瞬かせ、どこかいたずらっぽく答えた。

「王宮の部屋には、すべてではありませんが、隠し通路があるんです。殿下はコツを覚えてしまったようで、最近はどこの部屋でもすぐに見つけるようになってしまいました」

 そういえば、一番最初の日、フィリップスは変なところから現れていた。あれね、とジュディは思い出しながら聞き返す。

「はじめから、殿下を隠し通路のない部屋に閉じ込め、いえ、お待ち頂くことはできないんですか?」

「隠し通路がなぜあるかといいますと、もしものときに逃げるためです。もしものときが、日常において絶対に無いとは言い切れませんので、殿下にはなるべくなら通路のある部屋をお使い頂くのがのぞましい。とはいえ、情報漏洩の危険性もありますから、平時ですし殿下にも護衛たちにも通路への抜け道は教えていないんですが。今日は逃げにくい奥の部屋でお待ち頂いていたのに」

「逃げ出したとすれば、向かう先は城下ですよね」

 ジュディの確認に、ガウェインは頷いてみせた。

「会いたい相手に会いに行くのでしょう。チャンスと言えばチャンスです」

 それがなんのチャンスかは、確認するまでもない。ジュディの肚は決まった。

「わかりました。私が追いかけます。殿下の行きそうな場所を教えてください。すぐお声がけせずに、まずはそのお付き合いについて、探れるだけ探ります」

「あまり危険なことはしないでください」

 思いがけず、心配そうに眉をひそめて言われる。ジュディはガウェインを安心させたい一心で、精一杯の笑顔で答えた。

「気をつけますので、ご心配なく。ですが、興味があるのです。殿下がいったい、庶民のいかなる現状を見て胸を痛め、ご自身のあり方も含めこの国の貴族階級の批判に至ったのか。殿下が胸に抱く王権打倒とおぼしき誓いはいったい、どこからきているのか。まずは私も、殿下と同じものを見たいのです」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。  その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。  しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。  ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」  一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる────── ※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。 ※※不貞行為の描写があります※※ ※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...