9 / 14
【包囲網】
待ち合わせ
しおりを挟む
アルスとの待ち合わせは、街の広場にて。
早めに着いたミシュレは、広場中央、古の英雄が嘶く馬に跨っている石像の前に立ち、澄んだ青空を見上げた。
快晴。
昼には少し早い時間だが、爽やかな風が吹く過ごしやすい気候で、人の出も多い。
がやがやとしたざわめきに身を浸しながら、ミシュレはぼんやりと辺りに視線を滑らせた。
(王太子妃か……。ラドクリフ殿下も、何をお考えなのか。たしか隣国レンステシアの王女と婚約なさっていたはず。政情の変化など、やむを得ぬ事情で婚約解消の方向で動いてる? それでアルス兄様をなんとしてでもおさえようとしている、とか?)
考えようにも、情報が少なすぎる。
はっきりしているのは、自分は王太子妃の器ではないこと。
貴族としての最低限の作法は身につけてはいるが、令嬢としてはかなり変わり者の自覚はある。
今も、変装とまではいかないまでも、令嬢らしからぬ男装だ。
アルスと街歩きをするときは、アルスの装いに似せて誂えた少し薄い色のコートを身につける。瞳の色に合わせてすみれ色。髪は無造作に見えるように一本に適当に束ねて、見た目は少年魔法使い。
以前、たまたま女性の姿でアルスと出歩いたところ、「どうしてあんな女が……?」「つり合いというものを考えないのかしら?」というひそひそ声が耳に入ってしまったことがある。
それだけなら自分が耐えれば済む話だが、アルスが気付いてしまえばことが大きくなるのだ。
――俺の妹の悪口を言っているのは誰だ? 血の海に沈めるぞ?
バチバチバチッとその周囲で盛んに光が弾け、頭上にはみるみるうちに暗雲が立ち込めて、ぺらっぺらの露店など吹き飛ばすほどの暴風が吹き荒れる。
その力、強大にして天候をも操る、と聞いたことはあったが、実際に目にしたときは血の気が引いた。
(怒りの感情に引きずられて魔法が発動しているなんて、お義兄様、ご自分の力をコントロールできていないのでは!?)
という意味で。
本人に聞いたところ「はっはっは、まさか。やる気でやっているんだよ」とは言っていたが、それもそれでおそろしい。やる気でやるとは。
幸い、そのときは死傷者や被害を出すことはなかったが、「家族の悪口を耳にすると、問答無用でぶっち切れる」というアルスの一面を知ってしまったミシュレは、何らかの工夫の必要性を認識したのだ。
他人の口に戸は立てられぬと言うし、自分がアルスに似合う美少女になるのも不可能だ。
ならば少年魔導士を装い、傍からは「友人同士」「同僚」などといった括りで見られるように工夫し、決して嫉妬されないように振舞おう。
それが一番平和だから。
アルスも、ミシュレの男装にとやかく言うことはない。
むしろ「ミシュレが可愛いことは俺だけが知っていればいいから」などと兄馬鹿な発言をして男装を推奨している節まである。
最近では「いっそ学校を卒業したら俺のところに就職したら良いと思う。俺の目の届くところにずっといればいいんだ」などとぶつぶつ言っているくらいだ。
そのたびに「お義兄様の仕事場は魔法使いの研究所ですよね。魔力のない私向きの職場ではないんです」と返答しているが。
(進路……、お義兄様とは早く縁談の件を話し合いたいところです)
アルスを身内に留めておきたいのは自分も同じだとばかりに、父まで「お前とアルスが結ばれてくれたら」と言い出したときには、なんの冗談かとおののいた。
(お義兄様のお相手には、もっとふさわしい方がいます。私などではなく。私は「妹」でじゅうぶんなんですから)
だから、早く結婚してください、お義兄様。
心配事が多いせいか、なんとなく気持ちが暗く、うつむきがちになってしまう。
青空に背を向けるように、ミシュレは足元の石畳に目を落とした。
そのとき、覚えのある声が耳をかすめた。
「お待たせ、ミシュレ。少し遅くなってしまったかな」
アルスの声ではない。
信じられない思いでミシュレは顔を上げて相手を確認した。
「ラドクリフ殿下……?」
プリシラによく似た金髪翠眼の青年が、そこに立っていた。
早めに着いたミシュレは、広場中央、古の英雄が嘶く馬に跨っている石像の前に立ち、澄んだ青空を見上げた。
快晴。
昼には少し早い時間だが、爽やかな風が吹く過ごしやすい気候で、人の出も多い。
がやがやとしたざわめきに身を浸しながら、ミシュレはぼんやりと辺りに視線を滑らせた。
(王太子妃か……。ラドクリフ殿下も、何をお考えなのか。たしか隣国レンステシアの王女と婚約なさっていたはず。政情の変化など、やむを得ぬ事情で婚約解消の方向で動いてる? それでアルス兄様をなんとしてでもおさえようとしている、とか?)
考えようにも、情報が少なすぎる。
はっきりしているのは、自分は王太子妃の器ではないこと。
貴族としての最低限の作法は身につけてはいるが、令嬢としてはかなり変わり者の自覚はある。
今も、変装とまではいかないまでも、令嬢らしからぬ男装だ。
アルスと街歩きをするときは、アルスの装いに似せて誂えた少し薄い色のコートを身につける。瞳の色に合わせてすみれ色。髪は無造作に見えるように一本に適当に束ねて、見た目は少年魔法使い。
以前、たまたま女性の姿でアルスと出歩いたところ、「どうしてあんな女が……?」「つり合いというものを考えないのかしら?」というひそひそ声が耳に入ってしまったことがある。
それだけなら自分が耐えれば済む話だが、アルスが気付いてしまえばことが大きくなるのだ。
――俺の妹の悪口を言っているのは誰だ? 血の海に沈めるぞ?
バチバチバチッとその周囲で盛んに光が弾け、頭上にはみるみるうちに暗雲が立ち込めて、ぺらっぺらの露店など吹き飛ばすほどの暴風が吹き荒れる。
その力、強大にして天候をも操る、と聞いたことはあったが、実際に目にしたときは血の気が引いた。
(怒りの感情に引きずられて魔法が発動しているなんて、お義兄様、ご自分の力をコントロールできていないのでは!?)
という意味で。
本人に聞いたところ「はっはっは、まさか。やる気でやっているんだよ」とは言っていたが、それもそれでおそろしい。やる気でやるとは。
幸い、そのときは死傷者や被害を出すことはなかったが、「家族の悪口を耳にすると、問答無用でぶっち切れる」というアルスの一面を知ってしまったミシュレは、何らかの工夫の必要性を認識したのだ。
他人の口に戸は立てられぬと言うし、自分がアルスに似合う美少女になるのも不可能だ。
ならば少年魔導士を装い、傍からは「友人同士」「同僚」などといった括りで見られるように工夫し、決して嫉妬されないように振舞おう。
それが一番平和だから。
アルスも、ミシュレの男装にとやかく言うことはない。
むしろ「ミシュレが可愛いことは俺だけが知っていればいいから」などと兄馬鹿な発言をして男装を推奨している節まである。
最近では「いっそ学校を卒業したら俺のところに就職したら良いと思う。俺の目の届くところにずっといればいいんだ」などとぶつぶつ言っているくらいだ。
そのたびに「お義兄様の仕事場は魔法使いの研究所ですよね。魔力のない私向きの職場ではないんです」と返答しているが。
(進路……、お義兄様とは早く縁談の件を話し合いたいところです)
アルスを身内に留めておきたいのは自分も同じだとばかりに、父まで「お前とアルスが結ばれてくれたら」と言い出したときには、なんの冗談かとおののいた。
(お義兄様のお相手には、もっとふさわしい方がいます。私などではなく。私は「妹」でじゅうぶんなんですから)
だから、早く結婚してください、お義兄様。
心配事が多いせいか、なんとなく気持ちが暗く、うつむきがちになってしまう。
青空に背を向けるように、ミシュレは足元の石畳に目を落とした。
そのとき、覚えのある声が耳をかすめた。
「お待たせ、ミシュレ。少し遅くなってしまったかな」
アルスの声ではない。
信じられない思いでミシュレは顔を上げて相手を確認した。
「ラドクリフ殿下……?」
プリシラによく似た金髪翠眼の青年が、そこに立っていた。
0
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
愛するお義兄様のために、『悪役令嬢』にはなりません!
白藤結
恋愛
「ふん。とぼけても無駄よ。どうせあなたも『転生者』なんでしょ、シェーラ・アルハイム――いえ、『悪役令嬢』!」
「…………はい?」
伯爵令嬢のシェーラには愛する人がいた。それが義兄のイアン。だけど、遠縁だからと身寄りのないシェーラを引き取ってくれた伯爵家のために、この想いは密かに押し込めていた。
そんなとき、シェーラと王太子の婚約が決まる。憂鬱でいると、一人の少女がシェーラの前に現れた。彼女曰く、この世界は『乙女ゲーム』の世界で、シェーラはその中の『悪役令嬢』で。しかも少女はイアンと結婚したくて――!?
さらに王太子も何かを企んでいるようで……?
※小説家になろうでも公開中。
※恋愛小説大賞にエントリー中です。
※番外編始めました。その後、第二部を始める予定ですが、まだ確定ではありません、すみません。
乙女ゲームのヒロインに転生したけど恋の相手は悪役でした!?
高遠すばる
恋愛
「君を、バッドエンドなんかに奪わせない」
ふと気づく。
「私」の美少女加減に。
リーゼロッテは普通の孤児で、普通の健康優良児。
今日も今日とてご飯が美味しいと思っていたら、 親戚を名乗る紳士がリーゼロッテを迎えに来た! さすが美少女、ロマンティックな人生だ!
ところがどっこい、リーゼロッテを震撼させたのはその足元。こちらを見ているヤツは、まさかまさかの、乙女ゲームの悪役キャラ(幼少期)で!?
シリアスラブラブ時々コメディ、愛が重すぎる、いつもの高遠食堂A定食です。
怪異と私の恋物語 ~命を救ってもらった結果、最強怪異が下僕になりました~
夜桜 舞利花
ファンタジー
人を喰らう怪異と人の少女。決して交わる事の無い2人は契約し主従関係になった。
これは怪異に愛され尽くされる少女が【恋】と【愛】を知る物語。
※コメディをベースとしたシリアス混じってます
盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです
斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。
思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。
さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。
彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。
そんなの絶対に嫌!
というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい!
私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。
ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー
あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの?
ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ?
この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった?
なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。
なんか……幼馴染、ヤンデる…………?
「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?
うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。
これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは?
命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
魔道王子の偏愛と黒髪の令嬢(ただし、猫です)
有沢真尋
ファンタジー
日夜魔法の研究に明け暮れている第二王子。ついに父王は、すみやかに相手を選んで結婚するよう命じる。
これに反発した王子は、思いを寄せる令嬢がいると黒髪の麗しい少女を連れてくるが……?
※「小説家になろう 」にも掲載あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる