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王太子妃になれ(命令)
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書状。
王太子妃になれ(命令)。
「なんで今になって突然そんな。ラドクリフ様ですよね。婚約者さまいらっしゃいませんでしたっけ」
休日に実家であるバトルズ侯爵家に呼び出されたミシュレ。
朝食の席に食堂で父に告げられたのは、王家からの縁談。
実質、命令である。
「目的はアルスだな。ラドクリフ殿下は、アルスをたいそうお気に召されていて、ご自分の配下として今以上の強い結びつきを望んでいるようだから」
ミシュレの父親であるバトルズ侯爵は、人の良さそうな丸顔に若干の緊張を走らせつつも、何も包み隠すことなくあっさり打ち明けた。
「それならもっと前でも良かったはず。何かとんでもない裏なんかないですよね」
警戒心あらわのミシュレに対し、侯爵は「いやいや」と軽く答える。
「アルス狙いでお前に結婚を申し込んでくる相手は今までもいたが、当のアルスが毎回どこかから聞きつけては『絶対断ってください』と言ってきていた。自分で叩き返しにいくこともあった。王家に対してもプレッシャーをかけていた恐れは十分にある。裏があるというより、今回は王家がアルスの妨害をかいくぐり、出し抜いたのかもしれない」
その言い方では、アルスの扱いがまるで悪の大魔道士である。ミシュレとしては思うところがないでもなかったが、ひとまず父の説明は聞き流した。
「私を王家に迎え入れても、お兄様を取り込むことにはならないと思うのです。それよりも、現在まだ婚約もなさっていないプリシラ様とお兄様の縁談をまとめてしまった方が手っ取り早いのでは。面識もありますし、仲も悪くないですよ」
二週間前の休日を思い浮かべて、ミシュレは自分で言いながら微苦笑を浮かべた。
せっかくアルスにピンチを助けてもらったというのに、ひどいことをしてしまったのだ。
(私は婚約もまだなら、恋人もいないというのに。お義兄様と姫様の前で水竜の前で「処女ではない」と声に出して言ってしまって……。しかも「初体験の相手は義兄です」ってお義兄様を生々しい嘘に巻き込んでしまった……)
恋情をこじらせていると誤解されては大変とばかりに、ミシュレは言葉を尽くして弁明したというのに、アルスとプリシラ二人そろって生暖かい目で見てきていたのは心の傷となっていて、思い出すたびに胸が疼く。
ミシュレは首を振ってその事案を忘れようとした。
気を取り直して、父と向き合う。
「王家からの縁談の目的が『兄に対して義妹である私を人質にとる』であっても、侯爵家として考えてみた場合は悪い話ではないですよね。私も……、そろそろ真面目に考えないといけない時期のはず。相手が王太子というのは出来すぎだと思うので、まずは間違いではないか確認したいところなんですが」
「アルスには直接爵位を譲ることもできないし、うちとしてはお前がこのままうちに残って婿を迎えてくれるのが理想だったわけだが……」
アルスは、侯爵の再婚相手の連れ子。
侯爵やミシュレとは血の繋がりがなく、家督を継がせるにはかなり入り組んだ手続きが必要となるらしい。
もっとも、アルス自身特にそういったことを期待していない節があった。
何せ、現在国内最強と目されるほどに頭角を現した魔法使い。
いまやどこからも引く手あまたで男盛りの二十五歳。
これまで頑なに縁談は断り続けているが、あの手この手で王家も軍部も並み居る貴族たちも彼を己の陣営に取り込もうと躍起になっているという。
「アルスを引き留めておきたいのは、我が家とて同じ。いっそお前とアルスが結婚してくれたら」
ごくりと飲み込んだお茶が変なところに入って、ミシュレは盛大にむせた。
涙が出て来るまで咳込みつつ、胸をさすって父を睨む。
「滅多なことを言わないでください。私たちは義理とはいえ、兄妹なんですよ!?」
つい最近自分が彼を利用したことを棚に上げて、ミシュレは父を責め立てた。
「もちろんわかってはいるが、アルスもミシュレのことは気に入っているようだし。本当に本当に全然その気はないのか」
「やめてください! 義兄にとって私は『女性』ではありません。義兄の前でそんなことは決して言ってはいけませんよ……!」
まだ何か言いたげな侯爵を睨みつけ、ミシュレは断固として言った。
必要に迫られたとはいえ「自分の初めての相手」と、アルス本人と姫君の前で嘘を言った痛恨の出来事が再び胸によみがえる。
(お義兄様からすれば、私は出会いのときからずっと一貫して「女」ではないというのに。その私に「男」として扱われても迷惑千万ですよね。ただでさえご自分の縁談も持て余して、嫌がっているご様子なのに。私に迫られたりしたら「妹よ、お前もか」って絶望してしまいそう。だめよ、絶対)
本当に、悪いことをしてしまった。
精一杯釈明したつもりであったが、しこりは残したくない。
「今日のお休み、お義兄様と街へ行くお約束があります。ラドクリフ殿下は、さすがに侯爵家として断りにくい相手ですが、受けてしまった結果お義兄様に影響が出るとなれば申し訳ないです。まずは本人と話し合うしかありません。それまではくれぐれもこの件進めないで、王家に対しては濁しておいてくださいね。お父様その辺はお得意でしょう?」
ミシュレは侯爵に念押しをした。
侯爵はといえばまだ何か未練がましく「アルスはだめかな……」と言っていたが、ミシュレが凍てついたまなざしで見つめると、素直に送り出してくれた。
かくして、ミシュレは王太子妃の件をアルスに相談する運びとなった。
王太子妃になれ(命令)。
「なんで今になって突然そんな。ラドクリフ様ですよね。婚約者さまいらっしゃいませんでしたっけ」
休日に実家であるバトルズ侯爵家に呼び出されたミシュレ。
朝食の席に食堂で父に告げられたのは、王家からの縁談。
実質、命令である。
「目的はアルスだな。ラドクリフ殿下は、アルスをたいそうお気に召されていて、ご自分の配下として今以上の強い結びつきを望んでいるようだから」
ミシュレの父親であるバトルズ侯爵は、人の良さそうな丸顔に若干の緊張を走らせつつも、何も包み隠すことなくあっさり打ち明けた。
「それならもっと前でも良かったはず。何かとんでもない裏なんかないですよね」
警戒心あらわのミシュレに対し、侯爵は「いやいや」と軽く答える。
「アルス狙いでお前に結婚を申し込んでくる相手は今までもいたが、当のアルスが毎回どこかから聞きつけては『絶対断ってください』と言ってきていた。自分で叩き返しにいくこともあった。王家に対してもプレッシャーをかけていた恐れは十分にある。裏があるというより、今回は王家がアルスの妨害をかいくぐり、出し抜いたのかもしれない」
その言い方では、アルスの扱いがまるで悪の大魔道士である。ミシュレとしては思うところがないでもなかったが、ひとまず父の説明は聞き流した。
「私を王家に迎え入れても、お兄様を取り込むことにはならないと思うのです。それよりも、現在まだ婚約もなさっていないプリシラ様とお兄様の縁談をまとめてしまった方が手っ取り早いのでは。面識もありますし、仲も悪くないですよ」
二週間前の休日を思い浮かべて、ミシュレは自分で言いながら微苦笑を浮かべた。
せっかくアルスにピンチを助けてもらったというのに、ひどいことをしてしまったのだ。
(私は婚約もまだなら、恋人もいないというのに。お義兄様と姫様の前で水竜の前で「処女ではない」と声に出して言ってしまって……。しかも「初体験の相手は義兄です」ってお義兄様を生々しい嘘に巻き込んでしまった……)
恋情をこじらせていると誤解されては大変とばかりに、ミシュレは言葉を尽くして弁明したというのに、アルスとプリシラ二人そろって生暖かい目で見てきていたのは心の傷となっていて、思い出すたびに胸が疼く。
ミシュレは首を振ってその事案を忘れようとした。
気を取り直して、父と向き合う。
「王家からの縁談の目的が『兄に対して義妹である私を人質にとる』であっても、侯爵家として考えてみた場合は悪い話ではないですよね。私も……、そろそろ真面目に考えないといけない時期のはず。相手が王太子というのは出来すぎだと思うので、まずは間違いではないか確認したいところなんですが」
「アルスには直接爵位を譲ることもできないし、うちとしてはお前がこのままうちに残って婿を迎えてくれるのが理想だったわけだが……」
アルスは、侯爵の再婚相手の連れ子。
侯爵やミシュレとは血の繋がりがなく、家督を継がせるにはかなり入り組んだ手続きが必要となるらしい。
もっとも、アルス自身特にそういったことを期待していない節があった。
何せ、現在国内最強と目されるほどに頭角を現した魔法使い。
いまやどこからも引く手あまたで男盛りの二十五歳。
これまで頑なに縁談は断り続けているが、あの手この手で王家も軍部も並み居る貴族たちも彼を己の陣営に取り込もうと躍起になっているという。
「アルスを引き留めておきたいのは、我が家とて同じ。いっそお前とアルスが結婚してくれたら」
ごくりと飲み込んだお茶が変なところに入って、ミシュレは盛大にむせた。
涙が出て来るまで咳込みつつ、胸をさすって父を睨む。
「滅多なことを言わないでください。私たちは義理とはいえ、兄妹なんですよ!?」
つい最近自分が彼を利用したことを棚に上げて、ミシュレは父を責め立てた。
「もちろんわかってはいるが、アルスもミシュレのことは気に入っているようだし。本当に本当に全然その気はないのか」
「やめてください! 義兄にとって私は『女性』ではありません。義兄の前でそんなことは決して言ってはいけませんよ……!」
まだ何か言いたげな侯爵を睨みつけ、ミシュレは断固として言った。
必要に迫られたとはいえ「自分の初めての相手」と、アルス本人と姫君の前で嘘を言った痛恨の出来事が再び胸によみがえる。
(お義兄様からすれば、私は出会いのときからずっと一貫して「女」ではないというのに。その私に「男」として扱われても迷惑千万ですよね。ただでさえご自分の縁談も持て余して、嫌がっているご様子なのに。私に迫られたりしたら「妹よ、お前もか」って絶望してしまいそう。だめよ、絶対)
本当に、悪いことをしてしまった。
精一杯釈明したつもりであったが、しこりは残したくない。
「今日のお休み、お義兄様と街へ行くお約束があります。ラドクリフ殿下は、さすがに侯爵家として断りにくい相手ですが、受けてしまった結果お義兄様に影響が出るとなれば申し訳ないです。まずは本人と話し合うしかありません。それまではくれぐれもこの件進めないで、王家に対しては濁しておいてくださいね。お父様その辺はお得意でしょう?」
ミシュレは侯爵に念押しをした。
侯爵はといえばまだ何か未練がましく「アルスはだめかな……」と言っていたが、ミシュレが凍てついたまなざしで見つめると、素直に送り出してくれた。
かくして、ミシュレは王太子妃の件をアルスに相談する運びとなった。
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