短編集

有沢真尋

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「ハニトラしてこいと言われたので、本気をだしてみた」

【4】

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 商会の受付に、カスミソウの花束を持った男が、セルマを訪ねて来ているという。
 取次を受けたセルマは、相手に心当たりがあった。

(最近カスミソウの会話をしたといえば、ハンカチを落とした、あの男性よね? まさかお礼に来てくれたのかしら。ハンカチを拾っただけで?)

 すぐ行きますと答えて、二階の事務室を出て階段を下りる。途中で歩幅を緩めて、そうっと玄関ホールをうかがうと、姿勢の美しい青年が立っていた。その手には、畑の一角を刈り取ってきたのではというほどの大げさな花束が抱えられていて、セルマは怯んで足を止めてしまった。

 青年の体格がしっかりしているので錯覚しそうになるが、どう見ても大砲の砲丸のようなサイズ感である。カスミソウの控えめさが好き、と言った覚えはあるが、その花束に控えめさは感じない。受け取ったら腕が折れそうだ。どうしてそうなってしまったのだろう。

 視線を感じたのか、青年がちらっと階段を見上げてきた。陽の光に透き通るような瞳で、顔立ちもすっきりと整っており、気後れするほどの美男子である。セルマよりもいくつか年下だろう。身なりも良いことから貴族と思われた。
 青年は、セルマと目が合うと、ぱっと顔を輝かせた。

「先日はありがとうございました! お礼をしたくて、突然押しかけてすみません!」
「いえ、あの、もしかしてと心当たりはあったんですけど……。その花束、重くないですか?」

 階段を急いで駆け下りながら、セルマは青年を気遣って尋ねた。

(こういうとき、可愛いお嬢さんならきっと「私のために、ありがとう!」って言うのよね。腕の耐久値を心配するだなんて、侮られたとお怒りにならないかしら)

 本当に自分は面白みのない女だわ、と思いながらセルマは青年の前に立つ。
 カスミソウで前が見えない。
 カスミソウの向こうから、青年が声をかけてきた。

「カスミソウであなたが見えない。やはり大きすぎたか」

 良かった。自分でもやり過ぎに気づいている、とセルマはほっと胸をなでおろして、カスミソウに話しかけてみた。

「すぐに花瓶を用意しますと言いたいところなんですけど……まずは置いてください。腕が」
「腕は大丈夫です、鍛えていますから。ただ、あなたが見えないまま話すのは……」

 答えてから青年はホールの隅にカスミソウを運んで、置いた。ずし、と聞こえた気がした。
 戻ってきてセルマの正面に立つと、青年はにこにこと大変感じよく笑った。

「花を贈るなら、本気が伝わるようにと仲間に言われて……。あっ、すみません、こっちの話です。女性に贈り物をしたことがないので、同僚に指南を受けまして」

 わー。
 セルマはにこにことした表情を変えぬまま、心の中で「うーわー」と叫び続けていた。

(手の内を全部言ってしまってますね、この方。まさかハンカチを拾っただけで、私に本気になったとでも言うのでしょうか。こんな思い込みの強い方初めてお会いしたかもしれませんよ……!?)

 美形なのに大丈夫かな、悪い女の人に騙されないかな、と親戚のおばさんのような気持ちになってくる。弟がいたら、こんな感じかもしれない。危なっかしいので、目を離せない、たとえるならそういう境地である。
 青年は、ジャケットの内ポケットから、封蝋のされた封筒を取り出してセルマに差し出してきた。
 あきらかに高級な紙の使われたそれは、なんらかの招待状に見えた。

 どうぞ、と促されてひとまずセルマは中を確認する。
 王室主催の夜会への招待状であった。紋などがすべて正規のものであると確認し、これを入手できる時点で青年の身元は確かなのだろう、と確信する。

(問題は、なぜこれを、ハンカチを拾っただけの私のところへ持ってきたか、よね)

どう見ても「本気」の激重花束とともに。
 まさか、と視線を向けると、青年は恐ろしく真剣な顔でセルマを見ていた。

「フィンレイ・バントックと申します。騎士団所属で、育ての親で身元保証人は団長のガラハ侯爵です。あなたのことは、少し調べさせて頂きました。現在ご婚約などはされていないとのことで、もし差し支えなければ一緒に参加していただきたいのです。ダンスを踊る相手を必要としています」

 王宮の夜会ということで覚悟はしていたが、想像以上の青年の来歴にセルマは気が遠くなりかけた。

(どうして!? 調べた結果、どうして私なの!? もっといろいろ周りにいるでしょう。それとも、いすぎて問題なのかしら。たとえば、しつこい相手を振り切るために、偽装恋人をお披露目する必要があるとか……。ガラハ侯爵とお父様は商会でつながりもあって仲も悪くないはずだし、これまで社交界に縁遠かった私だったら、一度参加したくらいなら素性までたどられないかもしれないと? 私自身が結婚に期待を抱いていなさそうだから、一夜の相手としては後腐れもないとお考えに……)

 自分のことをわかりすぎているセルマは、そこまで一通り考えた。
その上で、こういった問題は断ったところで他の誰かに行くだけだし、それは時間の無駄というもの、と結論付けた。

「ダンスは、女学校で必要だからと履修した程度で、ここ数年実践の機会がありませんでした。今から特訓しても、付け焼き刃と変わらないでしょう。夜会は参加することがなかったので、ドレスなどは急いで作っても、間に合うかは……。こんなお返事で大丈夫ですか?」

 フィンレイと名乗った青年は、ぱっと顔を輝かせた。

「もしお許し頂けるなら、ドレスや装飾品の手配はお任せください。すでにいくつか仲間に聞いて当たりをつけています。ダンスの練習も、講師を派遣できます。当日は私がお迎えに上がりますので、何もご用意頂く必要はありません」
「そ、そこまで……? 理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 かなり、思い込みが強すぎないだろうか? と不安になって、セルマは尋ねてみた。フィンレイは落ち着いた微笑を浮かべて、きっぱりと言い切った。

「ハンカチを拾って頂いて、好きな花を教えてくださったからです。もっとあなたのことを知りたくなって調べてみたら、俺以外のひとにもすごく親切にしている場面を何度も見ました。それで、遠くから尾行しているだけではなくて、実際に向かい合って話してみたいと思いました」

 あ、やっぱりちょっと思い込みの激しいことを言っているな、とセルマは笑顔の裏ですばやく算段した。セルマとしても、相手がどういった人間であるのか、せっかくだから夜会までの間調べてみようと決める。

(何かとんでもない事実が出てきたら、当日は腹痛がしたと言って家を出なければ良いだけだわ)

 これまで色恋には縁がなかったとはいえ、性格的には決して引っ込み思案ではないセルマは「わかりました」とにこやかに答えた。
 話を切り上げてその場は一度別れてから、ひそかにフィンレイについて調べ始めることにした。
そういったしたたかさが、自分の長所だとセルマは信じている。

 * * *

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