短編集

有沢真尋

文字の大きさ
上 下
35 / 38
「ハニトラしてこいと言われたので、本気をだしてみた」

【3】

しおりを挟む
「ハニートラップだ!! 一身上の都合でハニトラを敢行している! だが、そろそろ行き詰まるかもしれない。留意すべき点があれば教えてくれ!」

 年上の伯爵令嬢セルマなる貴婦人を籠絡する使命を帯びたフィンレイは、騎士団内でも指折りの色男として浮名を流している同僚のアランに詰め寄った。
 仕事終わりの騎士団の寮で、街に出かけようとしていたところで捕まった私服姿のアランは、いかにも女性に好かれそうな甘く整った美貌の持ち主。片方の眉を跳ね上げて、口の端を面白そうに釣り上げる。

「あのフィンレイに、面白い任務がまわってきたものだな。こうやって臆面もなく俺に聞いてくるということは、他言無用の制約はないんだな? それなら相談に乗らなくもない」

 重要な確認を受けて、フィンレイは力強く頷いた。

「場合によっては、識者の協力を仰いでも良いと。ただし、標的に近づくのは俺一人で、手段は合法の範囲内で相手の心身を傷つけないこと。必要な情報を探った後も、定期的な接触の可能性を排除することなく、良好な関係で任務を終えるようにと」

 アランは、フィンレイが並べ立てた情報をふんふんと腕組をして聞き終えた。
そして、少しだけ考える素振りをして言った。

「それはハニトラなのか? どストレートに、その相手と友だちになるってことじゃないのか? もしくは恋人……」

 もっともな疑問だったが、フィンレイは「ハニトラだ!」と勢いよく断言をした。

「任務の完了は、二週間後の王宮主催の夜会に彼女を誘い、エスコートして入場、ダンスを一曲踊ることだ。こんなの、ある程度親しく特別な間柄の女性とでなければ、実現不可能だ。任務で女性と親しくなることを『ハニトラ』以外のなんと言う」

「なるほど? 待てよ。お前は今まで、そういったこと全然なかったよな。縁談も直接の誘いもすべて遮断してきたよな? それが、夜会の場に堂々と女性と現れたとなると……引っ込みがつかないんじゃないのか?」

「その場合は、相手の気持ちを確認する。迷惑だと言うのなら、俺がそのひとには非がないことを公言し、俺の完全な片思いだったと周知徹底させる。セルマ嬢には、嫌われたくない。……任務後の定期的な接触の可能性を、残しておきたいので」

 真面目そのものの顔で言うフィンレイであったが、落ち着かない様子で視線が泳いだ。「はは~ん」と、アランが相好を崩した。

「すでに相手について、ある程度の調べはついているんだな?」

「もちろんだ。指令が下ってからこの一週間、標的のセルマ・ランス伯爵令嬢について尾行や聞き込みなどで張り付いて、行動パターンも人間性も調査済みだ。すれ違いざまにハンカチを落としてみたら、拾って声をかけてくれた。そのとき、少しだけ会話もした。実に理知的で素晴らしい女性だと思う。任務とはいえ、迷惑をかけたり、彼女の不利益になることはしたくないんだ。幸い、彼女から抜いてくる情報も差し障りのないものなので、現在の彼女の立場を不当に貶めるものではなく良かった……」

 普段、取り澄ました顔をしているフィンレイが、女性にハンカチを拾ってもらった件を熱心に話す様子に、アランは堪えきれずに腹を抱えて笑い出した。「ハニトラ、がんばってるなぁ!」と、笑いすぎて目に涙をにじませながら、真剣な顔で待機しているフィンレイに尋ねる。

「上々だ。そのときに、お前から相手のご令嬢に名乗ったり、次の約束を取り付けたりしたのか?」

「ハンカチを拾っただけで『我こそはフィンレイ! 騎士である!』と名乗られたら、びっくりしないか? 予定を聞かれて、また会いましょうと言われたら、警戒しないか?」

 フィンレイは、真面目くさった顔で答えた。アランは「あー」と間延びした声を上げて、フィンレイの両肩に両手を置いた。

「お前は素晴らしく安全な男だ。だが、それでは始まる恋も始まらない。ちなみに、標的に近づいて何を探るのが目的なんだ?」

「好きな花だ。おそらく今回の任務は、俺が今後ハニトラ案件をできるかという団長からのテストの意味合いであって、正規任務ではなく、対象も悪事には無縁な女性のように思われる。好きな花についてはもう聞いた。カスミソウだ。いかにも彼女らしいと思った。花束で贈りたい」

 寮の出入り口で話していたせいで、通りすがりの団員たちが立ち止まり、話に耳を傾けている。フィンレイは囲いができていく様子に不思議そうにしながらも、アランに向き直り「彼女に花を贈っても良いものだろうか。ハンカチを拾ってもらっただけなのに」と言った。

「フィンレイ、気になるから教えてほしい。どうやって好きな花を聞いたんだ?」

「そんなこと、百戦錬磨のアランならいくらでも思いつくだろ?」

「いや、俺はお前の言葉で聞きたいんだ」

「ハンカチを受け取るときに『花のような綺麗な手ですね。あなたのお好きな花はなんですか』と聞いたら『私の好きな花はカスミソウです。控えめで落ち着くんです』と。ものすごく可憐な笑顔で、親切にも教えてくれた。花のような女性だ。そのまま悪い男に摘み取られるんじゃないかと心配になって、家に無事帰り着くまで尾行してしまった」

 周囲に集まった騎士たちは、頭を抱える者、呻き声を上げる者、胸をかきむしる者、思い思いのポーズで悶絶していた。フィンレイの、一途と執着紙一重の熱烈な告白を聞き終え、その肩に手を置いたまま直立の姿勢を保っていたアランは「わかった」と深く頷いた。

「ひとりでずいぶん頑張ったんだな、ハニトラ。それはもう立派なハニトラだよ……! こうなったら、相手が他の男に摘み取られないよう、しっかり護衛しながら夜会にエスコートだ。協力は惜しまないぞ。聞いたな、みんな」

 アランがその場にいた騎士たちを振り返ると「うぉーっ!!」という雄叫びが上がった。洗練優美が特色の王宮騎士団とはいえ、そこは戦闘職の男集団、気合が入った怒号は凄まじいものがあった。

 通りすがりの文官がびくっと身を引き「戦支度……?」と呟いていたが、やるぞやるぞの空気に満ち溢れた騎士団はもはやそれどころではない。

 かくして、フィンレイのハニトラは(非番等で)暇をしていた騎士団たちの強烈なバックアップを受けて、続行されることとなった。

 * * *

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

鐘が鳴った瞬間、虐げられ令嬢は全てを手に入れる~契約婚約から始まる幸せの物語~

有木珠乃
恋愛
ヘイゼル・ファンドーリナ公爵令嬢と王太子、クライド・ルク・セルモア殿下には好きな人がいた。 しかしヘイゼルには兄である公爵から、王太子の婚約者になるように言われていたため、叶わない。 クライドの方も、相手が平民であるため許されなかった。 同じ悩みを抱えた二人は契約婚約をして、問題を打開するために動くことにする。 晴れて婚約者となったヘイゼルは、クライドの計らいで想い人から護衛をしてもらえることに……。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...