短編集

有沢真尋

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「騎士団長なんて無理です!筋肉に興味はありません!」

【4】

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※国王カール(26):王太子時代、十二歳で初陣を飾り、以降騎士団に身をおいて激戦を渡り歩いていた。筋肉。

※王妃フランチェスカ(24):聡明と名高く、王宮内外で人気。婚約者時代からカールにベタぼれ。筋肉に一家言ある。

(あ~~~~ああ~~~~)

※しまった、と瞑目する王妃の侍女見習いクレア(19):やや嫁き遅れ気味の子爵令嬢。結婚相手募集中だが騎士団長は受け付けていない。筋肉に否定的。国王夫妻を前に大失言をしたことには気づいている。

※とんでもない空気にハラハラしていた宮廷画家ダナン(35):クレアに同情し、場を和ませようと思案中。筋肉ではない。

「そういえば、いま描いているのとはべつに、王妃様の別のお姿の絵も描いていたんですよ。その、勝手に描いていたのではなく、きちんと宰相閣下の許可を得ているので、おかしなものではありません。ご安心を。いまお見せします」

 ダナンは絵筆を置いて、背後に布をかけて置いてあったキャンバスを指し示す。サイズが大きいので持ち上げるのではなく、丁寧な仕草で布を取り払った。
 描かれていたのは、麗々しい正装の国王カールと、なぜか侍女に身をやつした王妃の姿。

(この絵はたしかに王妃様に見えるのだけど、王妃様は由緒正しき公爵家の出身で、侍女などをなさっていたことは無いはず……? なぜこのような絵を?)

 王宮に勤めて日が浅いクレアは事情がわからず首を傾げたが、フランチェスカは笑みをこぼしながら「あら~」と照れくさそうに声を上げた。

「わたくし、ときどき皆さんの声を聞くために、侍女の姿で王宮のあちこちで聞き込みをしているの」

(なるほど。王妃様は民の声によく耳を傾ける方だと聞いていたけど、そんなことまでなさっていたのですね)

 クレアは感心しきり。
 国王カールもまた満更でもない様子で「フランチェスカの変装は実に上手い。もっとも、他の誰が気づかなくても、俺だけはフランチェスカを見誤ったことはないが」と愛妻家らしい発言をした。
 まあ、うふう、とフランチェスカが嬉しそうにカールの脇腹をつつく。

 ――どうです? この空気、ばっちりじゃないですか?

 宮廷画家ダナンは、自分の策で場が持ち直したことで、得意げにクレアに目配せを送っていた。
 しかし、国王と侍女姿の王妃の寄り添う絵をしげしげと見ていたクレアは「でも、これ」と思わず声に出して呟いてしまった。

「後世のひとが見たら、事情がわからなくて悩むでしょうね。まさか王妃様が侍女姿で描かれるなんて思わないでしょうし。愛妾? 陛下は侍女と浮気していたのか? みたいな」

 しん。

(あ~~~~ああ~~~~)

 もう助けないからね! と言わんばかりのダナンに、クレアは目だけで(ほんとごめんなさい~~!!)と謝る。
 そのどうしようもない沈黙の中、カールが力強く言い切った。

「俺には愛人などいない! フランチェスカだけだ!!」

 フランチェスカはにこにこと笑って「わたくしも陛下だけです」とカールを見上げて淑やかに言ってから、クレアに視線をくれた。

「若い頃から武勇にばかり注目されてきた陛下だけど、こういうところがすごく素敵なのよ。クレア、覚えておいて。筋肉は裏切らないわよ」

 はい、と素直に頷けばよいのに、クレアはつい言ってしまった。

「裏切らないのは陛下であって、筋肉ではないですよね?」
「同じよ、同じ」
「陛下=筋肉でも筋肉=陛下ではないですよね??」

 騙されまいと頑張ったが、フランチェスカから鋭い視線で刺されて、ついに口を閉ざす。
 服従を示すため、心にもないことを言った。

「筋肉はうらひらな……」

 心にもなさすぎて、噛んだ。

 * * *
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