短編集

有沢真尋

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「公爵令嬢のプライドと友情」

【7】

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「よし、そこまで。次の訓練にうつる!」

 兵たちの動きを見守っていた、長身で筋肉質な男が声を張り上げる。身につけているのは他の兵たちとさほど変わらないシャツだが、貫禄がある。騎士団長などといった役職者を思わせた。
 訓練中は一兵卒という認識なのか、カールもぴたりと動きをとめてから、こめかみを伝う汗を手の甲で乱暴に拭っていた。

「なんというか、王子様らしくない方ですね。良い意味ですよ、もちろん。魔物討伐に自ら出ているというのは間違いなさそうです」
「王太子なのに、そんな危険を犯すなんて」
「王族は魔法が使えますから、一人いるとだいぶ現場の兵たちも心強いのではないでしょうか。最近は遭遇が即、死を意味するようなハイレベルな魔物は滅多に出ないわけですから、あのくらいの個人戦闘力があれば、危険と言ってもそれほどでは……」
「命を落としたらどうするつもりかしら。軽率だわ」

(冷たい)

 正論ではあるが、普段のフランチェスカらしからぬその冷たい物言いに、ララはおさえきれぬ笑みをこぼした。
 表情や態度だけ見れば怒っているように見えないこともないが、言っていることを聞けば「心配で心配でたまらない」としか聞こえない。それがなぜか冷たい言葉になるのは、本人がその「心配している」という事実を認め難いせいと考えられた。
 顔は赤い。

 フランチェスカに悟られぬよう、ララは顔をそらして存分ににやにやとする。
 ふとそのとき、視界を妙なものがかすった。
 
(黒い)

「うわっ」「やばい」「止まらない!」

 兵士たちの悲鳴じみた声が耳に届く。
 目を向けると、真っ黒の、熊にも似た魔物が兵たちの手を振り切って、見学席へと突進してくるところだった。

(何あれ嘘早い)

 頭の中を、意味をなさない単語が吹き荒れるように通り過ぎて行く中、ララの前に侍女姿のフランチェスカが立った。

「わたくしとして公爵家の血筋。多少の攻撃魔法は使えてよ!」

 魔物に向けて、腕を振りかざす。そこに大気中から光の粒のようなものが瞬く間に凝っていくように見えた。
 その魔法の発動より早く。
 凄まじい速度で走り込んできた兵士の一人が、暴走する魔物の背を駆け上がり、その首筋に剣を叩き込んでいた。

 ビリビリと空気を震わせる、轟音めいた咆哮が上がる。

 その渦中にあってなお、彼は歯を食いしばった表情で、剣をめり込ませていく。
 魔物は動きを止め、叫びも止めた。
 やがて、その場に崩れ落ちるように倒れ込む。
 しゅた、と軽い音を立てて剣士が地面に降り立った。

「実戦を想定した訓練用の魔物が暴れた。済まなかった。怪我は?」

 直前までの激しい戦闘を思わせぬ穏やかな声で、彼は傲然と立ったままのフランチェスカを見つめた。
 濃い群青の瞳が、細められる。

(カール殿下……!)

 フランチェスカの背後で座り込んでいたララからは、婚約者と至近距離で対面したフランチェスカの表情は見えない。
 カールの訝しむような声が、耳に届いた。

「ただの侍女では無いな。見ない顔だ。それといま、魔法を使おうとした。何者だ?」

 * * *
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