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「公爵令嬢のプライドと友情」
【6】
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王太子カールは、輝くようなプラチナブロンドで空を切り、汗をほとばしらせながら兵士たちと組稽古の真っ最中であった。
「初陣は十二歳です。国境付近の魔物討伐をはじめとし、最近は辺縁部の農村巡りなどをして戦いに明け暮れていまして。たまに王宮に帰って来ても、ああして鍛錬を欠かさないわけです」
見学席に二人を通すと、リノスは「これで」と一礼をして去った。
「稽古……本格的ですね……」
ララは、百人近い兵士たちが打ち合う圧巻の光景を前に、溜息をこぼした。
中でも目を引くのは、軸足が強く、動きが俊敏で、軽装ながらまったく危なげなく立ち回っている王太子カールの姿。
気迫に満ちており、一切手を抜いている気配がないのは、見ているだけで伝わってくる。
沈黙してその姿に見入っているフランチェスカに、ララはちらりと視線を向けた。
フランチェスカは唇を引き結び、胸の前で腕を組んで傲然と立っており、一言「手ぬるい」と言った。
「どのへんがですか?」
「対人間の稽古という時点で、実戦的ではないわ。あの方々が主に相手にしているのは魔物のはずよ。大小様々で、剣ではなく爪や牙で襲いかかってくるはず。人間相手に腕を磨いても、どこまで役に立つというのかしら。カール殿下は、少し考えなしではなくて」
(冷たい?)
いつになく、フランチェスカの物言いは冷ややかであった。
ララの驚いた気配に気づいたのか、「だって」と言い訳のように呟くも、それ以上を口にすることはなかった。
「せっかく、婚約以来十数年越しにお会いできたんですから、もう少し違う感想は無いんですか。全然覚えていないと言ってましたけど、実物を目にしてどうです。よほど真面目に修行をなさっておいでなのか、お一人だけ動きが群を抜いていますし、かなりの美形……」
「そうかしらっ!? あのくらいだったら、お兄様のほうがよほどよほど」
何やら妙に早口にかぶせてきた。
気の所為ではなく、頬がかすかに赤らんでいる。
「たしかにローレンス様はまぎれもなく麗しい方ではありますが。カール殿下も」
「あああ、あなた、ララは、ああいう感じが好きなの? つまり、殿下みたいな感じが、好みなの?」
「ええ? たしかに素敵だとは思いますけど、まさか人様の婚約者に懸想などしませんが」
(この焦りはいったい?)
明らかに焦っているのだ。今にも舌を噛みそうなほど。
呆気にとられてその様子を眺めてから、ララはぼそりと提案した。
「もう少し近くで見てみましょうか?」
「そそそそ、そんなことしたら、わたくしたちが殿下の視界に入ってしまうじゃない! きっとお邪魔でしょうし、何かの間違いでこの地味な顔が覚えられでもしたら……!」
(普段なら「覚えようとしたって覚えられるはずがないわ。印象が薄いんですもの」くらい言うのに……? あれ?)
「初陣は十二歳です。国境付近の魔物討伐をはじめとし、最近は辺縁部の農村巡りなどをして戦いに明け暮れていまして。たまに王宮に帰って来ても、ああして鍛錬を欠かさないわけです」
見学席に二人を通すと、リノスは「これで」と一礼をして去った。
「稽古……本格的ですね……」
ララは、百人近い兵士たちが打ち合う圧巻の光景を前に、溜息をこぼした。
中でも目を引くのは、軸足が強く、動きが俊敏で、軽装ながらまったく危なげなく立ち回っている王太子カールの姿。
気迫に満ちており、一切手を抜いている気配がないのは、見ているだけで伝わってくる。
沈黙してその姿に見入っているフランチェスカに、ララはちらりと視線を向けた。
フランチェスカは唇を引き結び、胸の前で腕を組んで傲然と立っており、一言「手ぬるい」と言った。
「どのへんがですか?」
「対人間の稽古という時点で、実戦的ではないわ。あの方々が主に相手にしているのは魔物のはずよ。大小様々で、剣ではなく爪や牙で襲いかかってくるはず。人間相手に腕を磨いても、どこまで役に立つというのかしら。カール殿下は、少し考えなしではなくて」
(冷たい?)
いつになく、フランチェスカの物言いは冷ややかであった。
ララの驚いた気配に気づいたのか、「だって」と言い訳のように呟くも、それ以上を口にすることはなかった。
「せっかく、婚約以来十数年越しにお会いできたんですから、もう少し違う感想は無いんですか。全然覚えていないと言ってましたけど、実物を目にしてどうです。よほど真面目に修行をなさっておいでなのか、お一人だけ動きが群を抜いていますし、かなりの美形……」
「そうかしらっ!? あのくらいだったら、お兄様のほうがよほどよほど」
何やら妙に早口にかぶせてきた。
気の所為ではなく、頬がかすかに赤らんでいる。
「たしかにローレンス様はまぎれもなく麗しい方ではありますが。カール殿下も」
「あああ、あなた、ララは、ああいう感じが好きなの? つまり、殿下みたいな感じが、好みなの?」
「ええ? たしかに素敵だとは思いますけど、まさか人様の婚約者に懸想などしませんが」
(この焦りはいったい?)
明らかに焦っているのだ。今にも舌を噛みそうなほど。
呆気にとられてその様子を眺めてから、ララはぼそりと提案した。
「もう少し近くで見てみましょうか?」
「そそそそ、そんなことしたら、わたくしたちが殿下の視界に入ってしまうじゃない! きっとお邪魔でしょうし、何かの間違いでこの地味な顔が覚えられでもしたら……!」
(普段なら「覚えようとしたって覚えられるはずがないわ。印象が薄いんですもの」くらい言うのに……? あれ?)
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