短編集

有沢真尋

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「嘘と惚れ薬と婚約破棄」

【3】

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「ジャスティーン、今日この日をもって、君とは婚約破棄をする」
 なのになのになぜか始まってしまいました、婚約破棄イベント!

 卒業パーティーの会場で、アーノルド様が宣言。
(取り巻き! 早く止めてください! このままだと王子御乱心で国王陛下が乗り出してきて廃嫡だなんだの大騒ぎに……!!)
 と思っているのに、なぜか誰も止めない。
 今日も今日とて肌を露出しないドレスを身に着けたジャスティーン様は、腰に手をあて、片手で扇を開いてにこにこと笑って聞いている始末。ええええ。
 しかも、けろっとした調子で言い出しました。
「待ってたよこの日を。せいせいする。婚約破棄、気持ち良い」
 ええええええ。
(どうしよう……、この二人の会話がわからない)
 ジャスティーン様のお友達的ポジションですぐそばにいた私に、アーノルド様がふと視線を向けてきました。

「さてそれでものは相談なんだが。俺は以前からそちらの御令嬢を憎からず思っていた……、というか、正直に言えば好みです。レベッカ、俺と付き合っては頂けないだろうか」
 好青年だけど特に恋心を抱いたことはないアーノルド様からの、まさかの告白。
(うっそ……。なんでこう、悪役令嬢婚約破棄ルートに入ってるの……。フラグなんか今まで何ひとつ立てていないと思うのですが)
「すみません、気の利いたセリフが思い浮かばないんですけど、無いです。無理です。王太子妃? というか未来の王妃様? 無理無理無理無理です。どうぞジャスティーン様と」
 予定通り結婚を。
 皆まで言わせてもらえませんでした。
 背後に回り込んで、耳元に唇を寄せてきたジャスティーン様に、低い声で言われてしまったのです。

「俺いまフリーなんだけど。俺にしとかない?」
 声が。
 いつもと違う。
 普段から低い声だったけど、御顔を見ないで聞けば男性としか思えないような声でした。
「ジャスティーン様……?」
 振り返ると、近い位置でにこりと笑われてしまう。

「アーノルドとは生まれる前から婚約関係で。俺が生まれたときに、『占い師は女で間違いないって言っていたけど、男でしたー!!』って言い出せなかったんだって、父上も母上も。引っ込みつかないまま、長らく嘘の婚約関係を続けてきたんだけど、卒業を機に解散することにしていたんだ。すっきりした」
 騒然。
 周囲で黄色い悲鳴が上がっていますが、悲鳴を上げられ慣れているジャスティーン様は全く気にしていません。
 私の目をまっすぐに見つめてきて言いました。

「好きだよ、レベッカ。あの日の惚れ薬がまだ効いているみたいだ。俺の体にしたことの責任、とってくれるかな……?」
「責任」
 たしかに、変なものを飲ませてしまった覚えはありますが、これは責任をとるべき場面なのでしょうか。 
 ドキドキしながら、念のためお伺いしました。
「飲ませたのではなく、勝手に飲まれた気がするのですが……。その、ジャスティーン様の体の変異はあのときからですか。つまりその」
 私を好きになったというのは。
 さすがにそこまで言わせるのは図々しいかなと段々声が小さくなってしまいます。

 だいたい、婚約破棄即告白ってありなのでしょうかと思ったのですが、アーノルド様は笑顔で見守っていました。目が合うと力強く頷いて親指を立てて来ました。完全にこの恋、応援されているようです(そうえいば当て馬的告白までなさってましたものね! 王子なのに!)。

「うん。今のは俺が悪かった。薬関係なしに、ずっと前から俺はアーノルドのことは特に好きじゃなかったし、レベッカのことが好きだった。結婚を前提に家同士の付き合いをしつつ婚約をしたいんだけど、どう?」
(その告白、アーノルド様のくだりは余計では!? ジャスティーン様、たまに一言多いですよね!?)
 傷ついてないかな、と思ってアーノルド様に目を向けてみたけれど、「オッケー、オッケー!」と言わんばかりに片目を瞑って、両手で親指を立てていました。あ~もう、全力で認めてますね……。
 それどころか取り巻きさんたちも妙に安らかに「うんうん」と頷いている。もしかしたら彼らもずっと前からジャスティーン様の秘密をご存知だったのかもしれない。 
 頭の中は真っ白でしたが、覚悟を決めて、ジャスティーン様にお返事をしました。笑顔で待っていらしたので。
 私も、笑顔だけは負けないように、心の底から笑って。

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


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