短編集

有沢真尋

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「月夜に香る薔薇」

【4】

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 ベッドの上にディアドラをそうっと横たえてから、レイはまるで肩の荷が下りたかのようにすっきりとした笑顔でディアドラを見下ろした。

「その……。いつか話そうと思っていたことで、信じてもらえなくても構わない……けど。私のあなたへの思いは本物で。ええと……怯えないで欲しい」
 最後に付け足された一言が妙に真に迫っていて、ディアドラは堪えきれずに笑い声をたてる。
「怯えてはいないです。とても興味深かったです。あなたともっとお話をしてみたいと思いました」
 自分が、このひとの運命の相手とまではまだ思い切れないけれど。
 時間をかけてでも、そう思えるようになったらいいな、と。

「それは私も。ぜひ薔薇を見ながら、お茶を飲んで、美味しいものを食べて。ああ、今日は遅くまで申し訳ありません。ずいぶん長居をしてしまった」
 やや長めにディアドラの顔を見下ろしてから、レイは踵を返す。
 そのまま出ていくのかと見ていると、暖炉の上の飾り棚からガラス細工のオルゴールを手にして戻ってきた。
「このオルゴール、あなたが好きだったんですよ。曲が……」
 ネジを巻いて、ベッドサイドの小卓に置く。
 流れ出した曲に耳を傾けながら、ディアドラは笑みを浮かべて頷いた。

「ほんとだ。好きです、初めて聞くはずなのに、懐かしい」
 ほっと息を吐きだしたレイは、その場を離れて椅子をひとつ持って引き返してくる。
「あなたが眠りに落ちるまで、ここでネジ巻き係をしましょう」
「侯爵なのに」
「侯爵は副業。庭の薔薇係です。それにこの仕事は、他の者には任せられません」
 真面目くさって言われて、これは大変、早く寝ないととディアドラは慌てて目を閉ざす。
 そのまま、少しの間考えてから、思い切って目を開けてみた。

「わたくしの勘違いでなければ……。もしかして部屋に留まる理由が必要なのですか」
 うっ、とレイが胸をおさえる。痛いところを突いてしまったのかもしれない。
 ややして、観念したようにちらりと視線を向けてきた。

「キスをしても良いですか?」

 くすっと笑って、ディアドラはレイの黒い瞳を見つめる。
「わたくしにとっては初めてですけれど、あなたにとっては何回目ですか?」
 片目を瞑って軽くディアドラを睨みつけてから、やがてふきだして、レイは笑ったまま告げた。

「はじめてですよ。最初の一回目です」
 優美な所作で上体を傾けて、目を瞑ったディアドラの唇に唇を寄せた。
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