3 / 13
社長一柱、社員一人
しおりを挟む
神によって経営される、迷宮企画会社。
アリーナが召喚された世界では、各地に多種多様な迷宮が存在しているという。
迷宮にはそれぞれ担当の神がいて、社長となり社員の天使たちと日夜迷宮探索する「冒険者」ウケする迷宮について思索をめぐらせ工夫を凝らしながら拡張工事を続けているとのこと。
詳しくは、翌日改めて事務室を訪れたヘルムートが得々と講義してくれた。
「神が迷宮を作るにあたって必要なのは、何をおいてもまずマーケティングだ。大体の場所を決めたら現地調査をし、その国の気候や風習、発展度合いなどを確認しておく。そこから、迷宮でドロップするアイテムの開発をする。たとえば、旱魃被害で常時水不足の土地であれば『水が出てくる壺』なんかが良いかもね。冒険者にとって、危険な迷宮探索をしてでも手に入れたい、魅力的な品物であること。ただし、難易度やドロップ率は慎重に決める。そういったアイテムがあまりに手に入りやすければ、文明の発展度合いが想定を上回る、あるいは下回るなどして、極端な影響が出るかもしれない。それは、神の挙動としてあまりよろしくない。干渉しすぎだ」
事務室の応接セットで向かい合って、アリーナは真剣にメモを取りながら耳を傾けていた。
話の切れ目で、すかさず質問。
「迷宮に挑戦すると、人間にとって便利なアイテムが手に入るということですね。ただし、それはいわば神の宝具なので簡単には渡せない。そのため、迷宮を複雑にして攻略しにくくするとともに、モンスターを放ったりトラップを仕掛けたりして人間側にもリスクを負わせる……という。その企画発案を、迷宮の奥に置かれた会社で担当の神と天使が行っている」
「その通りだ。人間の中でも鍛え抜かれた一部の者しか迷宮攻略に挑むことはできない。そして、どの迷宮にも共通する、神側のルールがある。それは『決して、最奥まで到達されてはならない』だ。最奥……、つまり、この迷宮においてはいま私たちがいるこの事務室だね。ここまで人間が来てしまったら、会社は倒産だ」
「倒産するとどうなるんですか?」
アリーナの問いかけに対し、ヘルムートはにこり、と微笑んだ。
「神が迷宮造成を通じて人間界に干渉しているという事実は、決して人間に知られてはならない。会社を見られるというのは即ち、『世界の秘密』を人間に知られるということ。知ってしまった人間の記憶は、社長神が責任をもって完全に消去する。この魔法には莫大な神通力を必要とするため、社長神及び迷宮はその場で消滅する。よって会社は倒産、解散となるわけだ。何も残らない」
語るヘルムートが笑顔なだけに、告げられた内容の怖さがじわじわと身にしみてくる。
ちらりと、この迷宮の社長神であるラインハルトの様子を窺う。
社員である天使たちに次々とやめられ現在この会社には社長一柱のみということだが、ラインハルトはどこを吹く風といった様子。だらりと腕を組んで自分の机に向かって座り、目を閉ざして居眠り真っ最中。
アリーナは、ヘルムートに向き直った。
「この迷宮企画会社は、いま現在倒産の危機に直面しているという認識でよろしいでしょうか」
途端、ヘルムートは自分の膝をぴしゃりと叩いて「その通り!」と楽しげな声を上げた。
「ラインハルトくんにやる気が全くなくて、迷宮はいまにも冒険者に踏破される寸前……、と言いたいところなんだけど。なんと、やる気がなさすぎてろくなアイテムすら考案しないものだから、この迷宮は冒険者からして『攻略する価値もない』認定を受けている。よほどの変わり者しか挑戦してこない」
ほっ、とアリーナは胸をなでおろした。
(ということは、踏破されて社長ごと会社が消滅する危険性自体は無いのね)
そのアリーナの考えを見透かしたように、ヘルムートが付け足して言う。
「しかし、迷宮の人気がなくて冒険者を集められないというのは、神にとってペナルティ案件だ。そもそも神の力の源は、人間の信仰心。ひとが集まらない迷宮の神は、つまり信者が少ないということ。祈りを得られない神の力は限りなく弱く弱くなっていく。弱い神は求心力は失い、天使も寄り付かない。迷宮造成にまわす力もなければ、アイテム開発もできず、モンスターの召喚もおぼつかなくなる。迷宮企画は暗礁に乗り上げ、攻略だけは容易になり、いつか物珍しさから訪れた人間にあっさり踏破されてしまうことだろう。それがね、いまこのラインハルトくんが直面している危機の内容だよ」
ずん、と肩に倦怠感のような重みを感じつつ、アリーナは「よくわかりました」と言葉少なに答えた。
言うことを残らず言い終えたヘルムートは、機嫌良さそうにソファから立ち上がる。
「そこで急遽私が最後のチャンスとして、彼のために異世界から君を喚んだんだ、アリーナ嬢。帰る手段は私も追々考えておくが、その間社長と仲良くこの会社を守り立ててくれ。頼んだよ。君は、えーと……」
見送りのために同時にソファから立ち上がっていたアリーナは、ヘルムートをまっすぐに見上げて言った。
「元の世界では魔法使いとして生計をたてていました。簡単な魔法しか使えませんが、この世界でも私はそのままの形で魔法を使えるみたいなので、会社には魔法で貢献していきたいと考えています」
満足そうに頷いたヘルムートは「頼んだよ」と言って、前日と同じように光り輝きながら消えていった。
アリーナが召喚された世界では、各地に多種多様な迷宮が存在しているという。
迷宮にはそれぞれ担当の神がいて、社長となり社員の天使たちと日夜迷宮探索する「冒険者」ウケする迷宮について思索をめぐらせ工夫を凝らしながら拡張工事を続けているとのこと。
詳しくは、翌日改めて事務室を訪れたヘルムートが得々と講義してくれた。
「神が迷宮を作るにあたって必要なのは、何をおいてもまずマーケティングだ。大体の場所を決めたら現地調査をし、その国の気候や風習、発展度合いなどを確認しておく。そこから、迷宮でドロップするアイテムの開発をする。たとえば、旱魃被害で常時水不足の土地であれば『水が出てくる壺』なんかが良いかもね。冒険者にとって、危険な迷宮探索をしてでも手に入れたい、魅力的な品物であること。ただし、難易度やドロップ率は慎重に決める。そういったアイテムがあまりに手に入りやすければ、文明の発展度合いが想定を上回る、あるいは下回るなどして、極端な影響が出るかもしれない。それは、神の挙動としてあまりよろしくない。干渉しすぎだ」
事務室の応接セットで向かい合って、アリーナは真剣にメモを取りながら耳を傾けていた。
話の切れ目で、すかさず質問。
「迷宮に挑戦すると、人間にとって便利なアイテムが手に入るということですね。ただし、それはいわば神の宝具なので簡単には渡せない。そのため、迷宮を複雑にして攻略しにくくするとともに、モンスターを放ったりトラップを仕掛けたりして人間側にもリスクを負わせる……という。その企画発案を、迷宮の奥に置かれた会社で担当の神と天使が行っている」
「その通りだ。人間の中でも鍛え抜かれた一部の者しか迷宮攻略に挑むことはできない。そして、どの迷宮にも共通する、神側のルールがある。それは『決して、最奥まで到達されてはならない』だ。最奥……、つまり、この迷宮においてはいま私たちがいるこの事務室だね。ここまで人間が来てしまったら、会社は倒産だ」
「倒産するとどうなるんですか?」
アリーナの問いかけに対し、ヘルムートはにこり、と微笑んだ。
「神が迷宮造成を通じて人間界に干渉しているという事実は、決して人間に知られてはならない。会社を見られるというのは即ち、『世界の秘密』を人間に知られるということ。知ってしまった人間の記憶は、社長神が責任をもって完全に消去する。この魔法には莫大な神通力を必要とするため、社長神及び迷宮はその場で消滅する。よって会社は倒産、解散となるわけだ。何も残らない」
語るヘルムートが笑顔なだけに、告げられた内容の怖さがじわじわと身にしみてくる。
ちらりと、この迷宮の社長神であるラインハルトの様子を窺う。
社員である天使たちに次々とやめられ現在この会社には社長一柱のみということだが、ラインハルトはどこを吹く風といった様子。だらりと腕を組んで自分の机に向かって座り、目を閉ざして居眠り真っ最中。
アリーナは、ヘルムートに向き直った。
「この迷宮企画会社は、いま現在倒産の危機に直面しているという認識でよろしいでしょうか」
途端、ヘルムートは自分の膝をぴしゃりと叩いて「その通り!」と楽しげな声を上げた。
「ラインハルトくんにやる気が全くなくて、迷宮はいまにも冒険者に踏破される寸前……、と言いたいところなんだけど。なんと、やる気がなさすぎてろくなアイテムすら考案しないものだから、この迷宮は冒険者からして『攻略する価値もない』認定を受けている。よほどの変わり者しか挑戦してこない」
ほっ、とアリーナは胸をなでおろした。
(ということは、踏破されて社長ごと会社が消滅する危険性自体は無いのね)
そのアリーナの考えを見透かしたように、ヘルムートが付け足して言う。
「しかし、迷宮の人気がなくて冒険者を集められないというのは、神にとってペナルティ案件だ。そもそも神の力の源は、人間の信仰心。ひとが集まらない迷宮の神は、つまり信者が少ないということ。祈りを得られない神の力は限りなく弱く弱くなっていく。弱い神は求心力は失い、天使も寄り付かない。迷宮造成にまわす力もなければ、アイテム開発もできず、モンスターの召喚もおぼつかなくなる。迷宮企画は暗礁に乗り上げ、攻略だけは容易になり、いつか物珍しさから訪れた人間にあっさり踏破されてしまうことだろう。それがね、いまこのラインハルトくんが直面している危機の内容だよ」
ずん、と肩に倦怠感のような重みを感じつつ、アリーナは「よくわかりました」と言葉少なに答えた。
言うことを残らず言い終えたヘルムートは、機嫌良さそうにソファから立ち上がる。
「そこで急遽私が最後のチャンスとして、彼のために異世界から君を喚んだんだ、アリーナ嬢。帰る手段は私も追々考えておくが、その間社長と仲良くこの会社を守り立ててくれ。頼んだよ。君は、えーと……」
見送りのために同時にソファから立ち上がっていたアリーナは、ヘルムートをまっすぐに見上げて言った。
「元の世界では魔法使いとして生計をたてていました。簡単な魔法しか使えませんが、この世界でも私はそのままの形で魔法を使えるみたいなので、会社には魔法で貢献していきたいと考えています」
満足そうに頷いたヘルムートは「頼んだよ」と言って、前日と同じように光り輝きながら消えていった。
5
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
「落ちこぼれ扱い」だった新人冒険者、悪魔の商人からぶっ壊れ性能アイテムを手に入れて無双する/ロー・グライクの奇妙な迷宮探索記
横山剛衛門
ファンタジー
迷宮(ダンジョン)! それは、夢と希望と現実と悪夢が入り混じる驚異の世界!
今日も今日とて冒険者たちは迷宮に群がり、その奥底に眠る財宝と待ち受ける怪物(モンスター)に挑み続ける。
そんな恐るべき迷宮の中でも、より一層変わったものがある。なんと、潜るたびに形を変え、現れる魔物も財宝の位置も同じことはないという、奇妙な迷宮である。
そして、今まさに、その奇妙な迷宮に、一人の新人冒険者が挑もうとしていたーー
**************************
自分には何もないと思っていた主人公が、段々と成長していくお話です。
ローグライクダンジョンゲームをもとに考えました。
*毎朝8時更新の見込みです。
*と言いつつ、夕方18時に再度更新することも。
捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
ファンタジー
物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~
たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!!
猫刄 紅羽
年齢:18
性別:男
身長:146cm
容姿:幼女
声変わり:まだ
利き手:左
死因:神のミス
神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。
しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。
更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!?
そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか...
的な感じです。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる