上 下
2 / 13

つまり誘拐

しおりを挟む
 目を開けたそこは、なんの変哲もない事務室らしき部屋。

「事務室……?」

 黒革の古ぼけたソファに横たわっていたアリーナは、めまいのような気持ち悪さをこらえながら半身を起こす。ぱさ、とかけられていた毛布が肩から腰へ落ちた。
 右を見れば、黒髪黒瞳に無表情の男。精悍な顔立ちで、寡黙な印象。目が合っても無言。
 左を見れば、金髪金瞳で抜群の笑顔、「はぁい」と軽く手を振ってくる優男。

(し、知らないひとだ……。ここどこ……!?)

 青い瞳を大きく見開いたアリーナに対し、金髪の優男が音楽的な響きの声で話しかけてくる。

「異世界へようこそ~。気分はどう?」
「異世界? んっ……すみません……吐きそう」

 話そうとした瞬間、視界がぐるぐるとまわり、猛烈な吐き気がこみ上げてきてアリーナは手で口を覆った。
 そのまま、胃の腑のものを戻してしまうかと覚悟したとき、ごく軽く肩に何かが触れた。
 それが何か確認する前に、すうっと気持ちの悪さが引いていく。
 顔を上げても、肩にはもう何もない。視線をすべらせた先にいたのは黒髪の男だが、向けられているのは横顔で、目を合わせる気はまったくないらしい。
 そのアリーナの視界に、腰を折り曲げた金髪の男が、ひょいっと顔を割り込ませてきた。

「私の名前はヘルムート。この世界における最高の創造神。歓迎するよ、異世界の乙女。よくこの世界に来てくれたね!」
「……最高の創造神……? 異世界?」

 ヘルムートが身につけているのは、柄物のシャツに白のベスト、揃いのズボン。髪を軽く束ねた小洒落た雰囲気のある美青年ではあるが、神とは。

(神要素どこ……? 人間じゃないの?)

 さらにアリーナは、辺りを見回す。
 筆記具のひとつものっていないまっさらの事務机、ほとんど埋まっていない書棚にはファイルが数冊。枯れた観葉植物、埃っぽいローテーブル。閉め切られたカーテン。特段何の変哲もないドアが二つ。

(ここって、街場の何かの事務所にしか見えないんだけど……。家で寝ていたのに、なぜ謎の事務所でチャラ男風の最高神と無愛想な男に囲まれているの?)

 固まってしまったアリーナに対し、最高神のヘルムートはにこにこと愛想よく笑いかけながら、もふもふとしたぬいぐるみらしきものを差し出してきた。それが何で、なぜ渡されたのかもわからないままアリーナは受け取る。両手で、ぬいぐるみの腕を広げて見ると、茶色のクマに見えた。目はボタンだが、糸が伸びて飛び出したようになっている。子どもが思う存分振り回した後のようだ。
 横から、すっと蝋細工のような細長い指が伸びてきて、クマの頭をふに、と押した。

「これはいま私が開発中の新作、異世界人を召喚できるレアアイテム。今日ここで使ってみた結果、君が召喚されました!」

 向けられていたのは、満面の笑み。
 呆然と見上げたアリーナは、ほとんどまわらない頭と舌でなんとか答えた。

「開発中の作品は、無闇に使ってはいけないのではありませんか?」
「うん。そうなんだけど、実験や試運転はどうしたって必要だろ?」
「実験と試運転」
「そう。さすが天才の私が作っただけであって、開発中にも拘わらず、なんの問題もなく異世界召喚が無事成功! この作品はいずれ実用化できそうだ」
「実用化していないアイテムで召喚されたんですが? 私が?」
「ようこそ!!」

(……胡散臭さと怪しさしか無いんですけど、この神様は一体何を言っているの?)

 もう一人の黒髪の男を見ると、ちらっと見返された。何か言いたそうに口を開きかけたが、ため息とともに唇を引き結び、目を閉じて頭を振り出す。

「何が起きているのかさっぱりわからないんですけど、ご説明頂いても良いですか?」

 男は、観念したように目を開くと、アリーナを見て一言。

「誘拐だ」
「ああ! わかりやすい!!」
「世界間の」
「ええ……、急にわかりにくい」

 正直に告げたアリーナに対して、男はついに体ごと向き直ってぼそぼそとした口調で話し始めた。

「俺も神で」
「…………」
「ここで会社を営んでいるんだが」
「……………………」
「社員の天使が全部逃げた結果、この最高神が誰か都合すると言い出して、異世界から君を喚んだ。帰す手段に関してはまだ開発中とのことで、すぐには対応できない。よって当面、君にはこの世界で生活してもらうしかない」

 無言になったアリーナさておき、傍らで聞いていたヘルムートは「うんうん」と明るく頷いた後、「それじゃ、後は若い二人でよろしくね」と笑顔で片手を上げた。
 ハッとアリーナが顔をあげるのと、ヘルムートがきらきらと光り輝きながら消えるのが同時。
 残されたのは黒髪の自称神とアリーナの二人きり。
 耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。

(よくわからないけど、このひとが変な気を起こす前にここを出て行った方が良いのでは……!?)

 思いつくと同時にアリーナは毛布をはねのけ、立ち上がる。木の床に下ろした足は寝る前に履いた擦り切れた靴下のみだったが、この際構っていられない。
 先程視認していたドアのひとつに向かって、猛烈に走り出した。

「待ちなさい」

 背後から声をかけられたが、構わずにドアノブに手をかける。

(出てしまえばこちらのもの……!)

 ドアを開いた先にいたのは。
 ライオンと蛇とヤギの三種の頭を持つモンスター、キマイラ。
 三つの顔と六つの目がアリーナにいっせいに向けられる。

 ライオンの顔が、耳まで裂けそうなほど口を開いて轟く咆哮を上げた。
 空気がビリビリと震え、足元まで揺れだす。
 立ち尽くしたアリーナはその直撃を受けて、体を硬直させた。

 横から腕が伸びてきて、ぱたん、とドアを閉めた。
 一瞬前の轟音が嘘のように掻き消える。

「いまのは……」

 身動きもできぬままアリーナが片言で尋ねると、側に立った男が落ち着き払った声で答えた。

「この事務室は、迷宮の最奥にある。一歩外に出ると、それなりに高ランクのモンスターがうろついていて大変危険だ」
「なぜそんなところに会社が……。会社なんですよね?」

 アリーナは男を見上げて、なんとかそれだけでも確認しようとした。
 男は真面目くさった顔で頷き、口を開く。

「業務内容は『迷宮企画』。俺は迷宮を作る創造神の一柱、ラインハルト。つまりこの会社の社長だ。君はもといた世界に帰る方法が見つかるまでは、うちの会社預かりになる。君のための生活スペースは奥に増設しよう。このドアから出るときは、くれぐれも気をつけてくれ。君は何か腕に覚えが? 魔法が使えたりするか?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「落ちこぼれ扱い」だった新人冒険者、悪魔の商人からぶっ壊れ性能アイテムを手に入れて無双する/ロー・グライクの奇妙な迷宮探索記

横山剛衛門
ファンタジー
 迷宮(ダンジョン)! それは、夢と希望と現実と悪夢が入り混じる驚異の世界!  今日も今日とて冒険者たちは迷宮に群がり、その奥底に眠る財宝と待ち受ける怪物(モンスター)に挑み続ける。  そんな恐るべき迷宮の中でも、より一層変わったものがある。なんと、潜るたびに形を変え、現れる魔物も財宝の位置も同じことはないという、奇妙な迷宮である。  そして、今まさに、その奇妙な迷宮に、一人の新人冒険者が挑もうとしていたーー ************************** 自分には何もないと思っていた主人公が、段々と成長していくお話です。 ローグライクダンジョンゲームをもとに考えました。 *毎朝8時更新の見込みです。 *と言いつつ、夕方18時に再度更新することも。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~

たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!! 猫刄 紅羽 年齢:18 性別:男 身長:146cm 容姿:幼女 声変わり:まだ 利き手:左 死因:神のミス 神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。 しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。 更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!? そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか... 的な感じです。

処理中です...