9 / 10
【1】
嘘も方便
しおりを挟む
(俺はいつから遥の彼女になったんだ?)
反射でつっこみそうになったが、寸前で飲み込む。おそらく、俺の女装といい、小学生の素直を連れていることといい、「なんらかの事情」を察してまるっと受け止めた上で即興で合わせてくれているのだ。さすが幼なじみ、頼りになる。頼りに……。
高校生とはいえ、男三人が加わったことで、あきらかに素直の親父は気勢が削がれている。引き気味の態度で、それでいてどことなく不穏な微笑を浮かべて言った。
「いや、着物のお嬢さんじゃなくて、その後ろの子に用事があるんだ。俺はその子の親で」
「人違いでは? この子は彼女の妹で、俺は子どもの頃から知っています。家族ぐるみの付き合いの幼なじみなんで、姉妹の親のことも知っている。オッサンは完全に無関係の他人じゃないですか」
「人違いなわけがない、その子は俺の」
往生際悪く言う相手に対し、俺も遥の肩の横から顔を出して、すかさず言ってやった。
「この子は私の妹です。これ以上騒ぐなら本当に警察呼びますよ」
俺の横で、他の二人がスマホを構えつつ、壁になって素直を相手の視界から隠していた。ありがとう。
素直の親父は全然納得していない様子ながら「人違いか?」と言い捨てると、背中を向けて足早に歩き出した。その背が完全に道の向こうに見えなくなってから、俺はほっと息をついて、遥の腕に手で触れた。
「助かった、ありがとう」
途端、他の二人が「やっぱり澪だよな!?」と声を上げる。まさか半信半疑だったのかよ。女装が完璧だったと、喜ぶところか。嬉しいな。
俺は、皆で囲って隠していた素直を振り返った。
「大丈夫だった? 大丈夫じゃないよね。今の」
「うん……大丈夫じゃないけど……、良かった」
見上げてきた大きな瞳が潤んでいる。怖かったんだな。俺は忙しない仕草で、水野さんから借りてきたバッグからスマホを取り出した。
「うちの親父と里香さん、この後食事の予定だけど。前の親父さんと会ったことは連絡しておこう。逃げていたんだよね? 後をつけられたりしたらまずいんだろ。対策を話し合って……」
「そうすると、結局、二人のデートを邪魔しちゃう」
「そこは気にしない。素直さんが危ない目にあって怖い思いをしているときに、何も知らないでデートしていたなんて後から知ったら、あの二人二度とデートしなくなる。こういうことはすぐに連絡しないと。それで里香さんが予定を変えて迎えに来るって言うなら……、ついでに親父にも来てもらって、そのまま四人で食事もアリかな。クリスマスのファミレスはガラガラだから、席には困らない。まずはどこかの店に向かおう」
俺の説得に応じて、素直さんはスマホを取り出し、里香さんに電話を始めた。
その間に、俺は友人三人見渡して「いろいろ事情があって……」と小声で言う。「なんか大変そうだな」「男に絡まれるだなんて、美人姉妹は苦労をする」と口々に言われたが、黙って聞いていた遥がぼそりと言った。
「訳ありの女の子を預かっていて、大人を呼ぶ間、どこかの店に入ろうとしているってのはわかった。俺たちもこの後別に用事があるわけじゃないから、そこまで一緒に行こう。さっきの男が引き返してきたら、女二人だと何かと大変だろ?」
あ、と俺は一瞬言葉につまってから、遥の腕を掴んで耳元に口を寄せて囁いた。
「合わせてくれたのは助かったけど、彼女設定は余計だよ。俺に恋人がいるとこの子が勘違いすると、気を使うから。クリスマスは本当はお前と過ごす予定だったんじゃないか、て」
「実際、イブに予定があると澪が言い出したときは何かと思った。デートだったのか?」
「馬鹿。相手は小学生、俺は保護者。お姉さん役」
声を潜めてやりとりしているうちに視線に気づく。素直が見ていた。
いつから何を見られて、どこまで聞かれていたのかわからないまま「あはは」と笑うと、素直は俺から視線をそらして無表情となり、遥を見た。
無言のまま見つめ合ってから、俺の羽織の袖に手を伸ばしてぎゅっと掴んでくる。
「お母さん、有末さんとこっちに向かうって言ってました。近くのファミレスに入っているって言っておきました。澪さんと澪さんの彼氏がいるから心配しないでって」
(……わーっ!! 里香さんは俺が男だって知ってるから、それは少しややこしいことになるんじゃないか?)
何かおかしなことになってる、フォローを頼む、と遥を見る。遥は俺とは全然目を合わせることなく、素直を見下ろして、妙に力強く言った。
「わかった。安全が確保できるまで一緒にいるから、安心して」
お前はお前で、この状況を楽しんでいないか?
声に出して言うことができないまま、俺はひとまず口を閉ざした。
反射でつっこみそうになったが、寸前で飲み込む。おそらく、俺の女装といい、小学生の素直を連れていることといい、「なんらかの事情」を察してまるっと受け止めた上で即興で合わせてくれているのだ。さすが幼なじみ、頼りになる。頼りに……。
高校生とはいえ、男三人が加わったことで、あきらかに素直の親父は気勢が削がれている。引き気味の態度で、それでいてどことなく不穏な微笑を浮かべて言った。
「いや、着物のお嬢さんじゃなくて、その後ろの子に用事があるんだ。俺はその子の親で」
「人違いでは? この子は彼女の妹で、俺は子どもの頃から知っています。家族ぐるみの付き合いの幼なじみなんで、姉妹の親のことも知っている。オッサンは完全に無関係の他人じゃないですか」
「人違いなわけがない、その子は俺の」
往生際悪く言う相手に対し、俺も遥の肩の横から顔を出して、すかさず言ってやった。
「この子は私の妹です。これ以上騒ぐなら本当に警察呼びますよ」
俺の横で、他の二人がスマホを構えつつ、壁になって素直を相手の視界から隠していた。ありがとう。
素直の親父は全然納得していない様子ながら「人違いか?」と言い捨てると、背中を向けて足早に歩き出した。その背が完全に道の向こうに見えなくなってから、俺はほっと息をついて、遥の腕に手で触れた。
「助かった、ありがとう」
途端、他の二人が「やっぱり澪だよな!?」と声を上げる。まさか半信半疑だったのかよ。女装が完璧だったと、喜ぶところか。嬉しいな。
俺は、皆で囲って隠していた素直を振り返った。
「大丈夫だった? 大丈夫じゃないよね。今の」
「うん……大丈夫じゃないけど……、良かった」
見上げてきた大きな瞳が潤んでいる。怖かったんだな。俺は忙しない仕草で、水野さんから借りてきたバッグからスマホを取り出した。
「うちの親父と里香さん、この後食事の予定だけど。前の親父さんと会ったことは連絡しておこう。逃げていたんだよね? 後をつけられたりしたらまずいんだろ。対策を話し合って……」
「そうすると、結局、二人のデートを邪魔しちゃう」
「そこは気にしない。素直さんが危ない目にあって怖い思いをしているときに、何も知らないでデートしていたなんて後から知ったら、あの二人二度とデートしなくなる。こういうことはすぐに連絡しないと。それで里香さんが予定を変えて迎えに来るって言うなら……、ついでに親父にも来てもらって、そのまま四人で食事もアリかな。クリスマスのファミレスはガラガラだから、席には困らない。まずはどこかの店に向かおう」
俺の説得に応じて、素直さんはスマホを取り出し、里香さんに電話を始めた。
その間に、俺は友人三人見渡して「いろいろ事情があって……」と小声で言う。「なんか大変そうだな」「男に絡まれるだなんて、美人姉妹は苦労をする」と口々に言われたが、黙って聞いていた遥がぼそりと言った。
「訳ありの女の子を預かっていて、大人を呼ぶ間、どこかの店に入ろうとしているってのはわかった。俺たちもこの後別に用事があるわけじゃないから、そこまで一緒に行こう。さっきの男が引き返してきたら、女二人だと何かと大変だろ?」
あ、と俺は一瞬言葉につまってから、遥の腕を掴んで耳元に口を寄せて囁いた。
「合わせてくれたのは助かったけど、彼女設定は余計だよ。俺に恋人がいるとこの子が勘違いすると、気を使うから。クリスマスは本当はお前と過ごす予定だったんじゃないか、て」
「実際、イブに予定があると澪が言い出したときは何かと思った。デートだったのか?」
「馬鹿。相手は小学生、俺は保護者。お姉さん役」
声を潜めてやりとりしているうちに視線に気づく。素直が見ていた。
いつから何を見られて、どこまで聞かれていたのかわからないまま「あはは」と笑うと、素直は俺から視線をそらして無表情となり、遥を見た。
無言のまま見つめ合ってから、俺の羽織の袖に手を伸ばしてぎゅっと掴んでくる。
「お母さん、有末さんとこっちに向かうって言ってました。近くのファミレスに入っているって言っておきました。澪さんと澪さんの彼氏がいるから心配しないでって」
(……わーっ!! 里香さんは俺が男だって知ってるから、それは少しややこしいことになるんじゃないか?)
何かおかしなことになってる、フォローを頼む、と遥を見る。遥は俺とは全然目を合わせることなく、素直を見下ろして、妙に力強く言った。
「わかった。安全が確保できるまで一緒にいるから、安心して」
お前はお前で、この状況を楽しんでいないか?
声に出して言うことができないまま、俺はひとまず口を閉ざした。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
25年前の約束 あの頃の彼女のままでした
ジャン・幸田
ライト文芸
僕はカープが優勝したあの夜思い出した! 25年前の他愛もない約束を! それは「次にカープが優勝したらデートしていいよ」という高校時代に片思いをしていた同級生の女の子「京香」との!
その条件にしたがって、なんとなく待っていると京香がやってきた。あの頃と同じ姿で! どういうことなんだ?
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる