壊れそうで壊れない

有沢真尋

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【1】

その秘密を守り抜く

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“私も行く”

 友人とのトークグループで、休日の相談。送信してから「うわぁっ」と声が出た。
 すぐにいくつものメッセージが続けざまに表示される。

“どうした、澪”
“私?”
“二度見した”
“知らん奴まざってんのかと思った”
“アイコンは澪だ”
“なんで「私」”
“澪の彼女さんですか?”
“澪、彼女いた?”
“アカウント乗っ取りだ”
“俺たちはいま誰と話していたんだ的な”
“ホラーだ”
“澪なんだよな? 違うのか?”
“そこにいるのは誰?”

 ぱしぱしぱしっと軽快に流れていくコメントを見ながら、ただただスマホを握りしめて「あああ」と呻いてベッドに倒れ込む。

(素直さんとメッセージするときの癖が出た!! 最近、毎日メッセージしてるから!!)

 べつに用事がなくても連絡してくれていいよ、と言ったのは社交辞令のつもりではなかったが、素直な素直さんは「それなら」と思ったのか、顔合わせの日以降ぽつぽつとやりとりは続いている。
 最初のメッセージから一日置いて、月曜日。風呂をすませて部屋に入った二十時過ぎ、メッセージが届いたのだ。

“今日もお母さんまっすぐ家に帰ってきましたけど、澪さんのお父さんはどうですか”
“うちもうちも”
“あの二人、本当に付き合っているんでしょうか”
“だよね!? もう少しどうにかしたら良いと思うんだけど……、素直さんを、夜の家にひとりにするわけにはいかないって考えはよくわかる。大人同士でうまくやってるんじゃない?”
“留守番くらいできるのに、うちの母親少し過保護で”

 そんな風に始まったやりとりは、最初の一、二回は遠慮がちな短文で一日置きだったが、二週間も過ぎる頃には毎日の習慣になりつつあった。
 共通の話題として互いの親の交際を「どうなってるんだろうね?」と言い合うのは定番だが、少しずつ「澪さんいま何か聞いている曲ありますか?」とか「素直さんは好きな漫画ある?」と、当人同士の趣味や近況まで話が広がりつつある。
 何しろ、お兄さんではなく「お姉さん」という大きな嘘があるので、それ以外に関してはごくごく正直に答えるように心がけていた。
 偽っているただ一点に関して、文面では「俺」ではなく「私」と書くように注意はしていたが。
 それが、気を抜いた一瞬、はからずも普段の友人付き合いの中で出てしまった。

“澪? どうしたー? ほんとに乗っ取りか?”
“生きてる?”

 コメントに返事をしないでいたら、心配されている。

(秘密を抱えてぼろを出さないってのは、なかなか大変だな。素直さんにバレるよりは良いけど、俺こいつらにどう思われてんだろう)

 友人たちの困惑した顔を思い浮かべつつ、メッセージを送信。

“私澪だよ! 乗っ取りじゃないよ!”

 全員で示し合わせたかのように静まり返り、誰からもコメントがつかない。
 さすがに長過ぎるだろ、という時間を置いてから俺はもう一度コメントした。

“無視すんなよ”

 小学生からの付き合いで、親友と呼ぶにふさわしい間柄の長崎ながさきはるかから、困惑しきりの様子でコメントがついく。

“困って……なんて言えばいいのか。澪なんだよな?”

 以降他の面々からもぞくぞくとコメントがついて、最終的に「悩みがあるなら相談にのるぞ?」という流れに収束し、(友達って良いな!!)と実感して終わった。
 もちろん強がりだ。
 若干、落ち込んでいる。

(偏見持ったりいじめをしたりするような奴はいないだろうけど、絶対に納得してない……。べつに「訳あって女のふりをしている」って言っても良いんだけど、それを打ち明けたら素直さんが男性不信で、って話にも触れることになるから、言えない)

 秘密が増えてしまった。
 なんで俺こんなに追い詰められているんだ……? と思わなくもなかったが、恨み言を言っていても仕方ない。文面だけならたいしたことはない。女装姿も、友人たちに見られなければ、すぐに不審な「私」に関しては忘れてくれるはず。
 そうだ、素直さんに実際に会うときは女装が必須としても、なるべく会わないようにすれば良いだけだ。
 そう思ったそばから、再びメッセージ。ちらりとスマホの画面を見て確認。
 送信者は素直。

“こんばんは。澪さん、今度の土曜日、茶道教室の見学行けますか?”

 会わないようにしよう、と思ったばかりの後ろめたさから、心臓がぎゅっと痛んだ。
 少なくともその約束は果たさなければならない。
 とはいえ、ちょうどその日は友人たちと今、出かける打ち合わせをしたばかり。

“こんばんは。ごめんね、次の土曜日は予定入れてて茶道は休むんだ。でもその次なら。先生にも連絡しておくよ”
“そうですよね、前もって連絡必要ですよね。ごめんなさい。来週は私がだめそうです。その次ははっきりまだわからないので、もう少し近くなってからまたお願いしても良いですか”
“うん、わかった”

 そこから普段通りのやりとりをしつつ、これでひとまずは二週間分の猶予ができた、と胸をなでおろす。先延ばしにしただけということには気付いている。

(素直さんと、会うのが嫌なわけじゃない。たぶん、そういうこと少しでも考えたら、この子はきっと気づく。俺が自分のことを鬱陶しく思っていると悪い方に考えて、距離を置く。そうじゃないんだから、俺は俺で逃げ隠れしないで準備しておけば良いだけだ)

 初めて女装したときよりも、自分なりに色々調べている。大丈夫大丈夫、うまくやれる。素直さんの期待を裏切らない「綺麗なお姉さん」に徹しよう、と自分に言い聞かせる。

 会う機会は、それからすぐに、避けようもなくやってきた。
 

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