87 / 103
第五章 仮面のない生活
もう、大丈夫
しおりを挟む過去の記憶をたぐり寄せると、その時の感情まで蘇る。実際に起きた事柄だけ思い出せればいいというのに、なんとも不器用な作りだ。
怒り、悲しみ、喜び、トキメキ、嫉妬、快感。友人として過ごした数ヶ月と、恋人として体を重ね続けた半年間で様々な経験をしたと言っても過言ではない。
第三者に“たかが中学生の恋愛”と思われようとも、人生において一つの転機となった事件のようなもの。
男女間で起きた失恋とは違い、男同士の失恋話だ。ボーイズラブという言葉が知られるようになったとはいえ、差別意識をもつ者がいる中で“好きな男に振られた!”と、口にすることはできなかった。
さくらが腐女子だと知ったのは転校してからで、打ち明けようと考えた時期があった。話しても振られた事実は変わらないし、傷付いている自分が情けなく思えて止めた。
それに、寮生活では太一が常に一緒だ。バレないはずがない。俺はとにかく、あいつとのことを知られたくなかったのだと思う。
「クズですね」
当時の感情を冷静に分析していると、黙って聞いていた太一が口を開いた。
あまりにもはっきりとした口調だったので、無言で見つめ返すことしかできなかった。鏡を見なくても、自分がアホ面をしているだろうということは容易に想像がつく。
「もう一度言いますね。そんな男はクズです。会った時も思いましたが、クズです。クズ男です。クズ男に春都様が何度も何度も何度も抱かれていたのだと考えただけで殺してしまいそうです」
「一度で収まってないけど」
「一息で話せば1カウントです」
謎の持論を持ち出してきた太一に、ふっ、と笑みが溢れた。
本気で好きだった男を貶されたというのに、苛立ちや怒りという感情が湧いてこない。
振られて傷付いた過去があるとはいえ、不思議なくらい晴れ晴れとしている。
「今でも好きですか?」
太一の問いにまさか、と間髪を入れずに答える。強がりでも何でもなく本心だった。
あれほど自分の中で大きな傷だったはずなのに、今となっては“過去の出来事”で済ませられる程度になっている。
太一と思いが通じ合い、新たな恋を実らせたからだろうか。“過去の恋愛を忘れるには新しい恋だ”とよく聞くが、その通りなのかもしれない。
「好きです」
「いやだから、もう好きじゃな」
「あなたが好きです。幼い頃から、ずっと」
またしても開いた口が塞がらない。今日はとことんアホ面を太一に晒す日なのだろう。
「……知ってたよ」
「でしょうね。気付いているのに、ワザと考えないようにしていたのでしょう?酷い人だ」
面と向かって言葉にされると、元からあった罪悪感が更に膨れ上がる。
思考を停止した自分が悪いのだから、言い訳なんてものは出てこない。
「悪かった」
ベッドの端に腰掛けている太一の腕に触れ、素直に謝罪する。
「いいんです。今の話を聞いて納得しましたし、私も答えを求めてなかったので」
「……そうか」
そう言われてしまうと、これ以上謝ることはできなかった。
どんな言葉を口にしても、俺を襲ったことを持ち出してくるだろうから終わりが見えない。いたちごっこだ。だから飲み込むことにした。
「春都様」
名前を呼ばれ、天井に逃していた視線を戻す。
「前に進めますね」
「ん?」
「私も、あなたも」
“何がだ?”と思ったのは一瞬で、太一の意図を理解した俺の口角は自然と上がっていた。
「くそ男のことを思い出せないぐらい、私が愛します」
「それは楽しみだ」
部屋の明かりが遮られ、顔に影が落ちた。目を閉じ、唇に触れた柔らかい感触を味わう。
止まっていた時がようやく動き出す。
俺の青春は、ここから始まる。そんな気がした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
長らく更新ができておらず、申し訳ありません。
次から終章が始まります。完結はもう間もなくですので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
レイエンダ
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
20
お気に入りに追加
1,405
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる