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第五章 仮面のない生活
色のある世界
しおりを挟む再び目を開けると、見慣れた天井が広がっていた。
全身に感じる重力。
思考と体が連動する感覚。
夢から覚めたのだと安堵した。
懐かしい記憶に心が和みながらも、太一が側にいないという現実を突きつけられているようで辛かったのだろう。
「目が……覚めたんですね」
驚き、喜び、戸惑い……。様々な感情が入り混じった声色。
それは夢でも聞いたもので、俺が最も求めていたもの。
「た……いち」
名前を呼びながら顔を向けると、眉尻を下げて困ったように笑った太一がいた。
「お久しぶりですね」
再会を喜ぶ言葉を口にしているのに、罪悪感からなのか視線があってもすぐに逸らされてしまう。
目が合わなくてもいい。ただ姿が見れただけで嬉しい。
そう思ってしまうほどに、俺は太一に飢えていた。自分の気持ちを自覚したからこそ、余計に。
「なんで……逃げた」
「普通、自分を襲った人間の顔など見たくないでしょう?」
だからですよ、と最後に付け加えた。
ドアの前から動こうとしない太一。俺は布団から手を出して手招きをするが、首を振って拒絶する。
あぁ、ダメだ。
太一が離れていってしまう。
心身共に弱っているせいで感情が抑えきれず、視界が滲んだ。
そんな俺を見て太一は驚愕したのか、今までにないぐらい目を見開いている。
そういえば、こいつの前で涙を流したことがあっただろうか。驚かせている事実を受け止めながらも、ふとそんなことを思った。
「なんで、泣くんですか」
泣いてもいないのに、太一の声は震えている。
「春都様は被害者で、私はレイプ犯。視界に入ることが許せない存在でしょう!?」
ネクタイで俺を拘束し、犯しながら思いの丈を叫んでいた時と同じ表情。明らかに怒った口調なのに、言葉の節々に好意との葛藤が見え隠れする。
拒絶してほしいと望みながらも、側に置いてほしいと願う。そんな気がしてならない。
「太一」
「何ですか!?」
「好きだ」
文句を言わず俺の面倒を見る太一も、淫らに喘ぐ太一も、怒りの感情を露わにする太一も全て。
「何を……いって」
信じられない光景を目の当たりにしたような表情。自分の身に起きた出来事を第三者目線で聞いていたら、バカなのか?と真っ先に思う。
だが、俺は第三者ではないから。己の欲に、想いに、忠実で構わないだろう?
「好きだ」
関係が崩れるのを恐れて逃げたりしない。だって気づいてしまったから。
太一が好き。何度だって言おう。どんなお前も、俺は愛おしいよ。
「嘘……です」
「本当だ」
「だって私は……」
「レイプ犯だろ?知ってる」
もう視界は潤んでいない。キョロキョロ狼狽える姿を見ていたら、涙なんて引っ込んでいた。
「ずっと側にいてくれるんだろ」
「っ、それは!幼い頃の話で……」
唇を噛み締める太一。
夢で見たので口にしてみたが、幼い頃の話と言う割にしっかりと覚えているようだ。
心なしか耳が赤い気がする。恐らく見間違いではないだろう。
力なく下ろしていた手をもう一度動かし、手招きをする。
戸惑いながらも一歩ずつ前に出た。野生の動物が警戒しながらも好奇心を抑えられないかのように、ゆっくりと。そして、確実に。
「……春都様はバカです」
「なぜ?」
「自分を襲った人を側にこさせたりしませんよ、普通」
「恋は盲目なんだよ」
「っ!三馬鹿トリオと同じですね!」
ぷいっ、とそっぽを向いてしまう。
これは……仲直りしたということでいいのだろうか?不安は残るが、ネックなのは俺が許すか許さないかということみたいだし、落ち着いたら聞いてみよう。
そう決めた俺は、久々に会えた太一の頭をそっと撫でる。
「……側にいますよ。死ぬまで、ずっと」
再会の余韻に浸っていた俺の耳に、その言葉が届くことはなかった。
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