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第五章 仮面のない生活
昔の記憶
しおりを挟む視界が黒に染まり、次に光が射した時に目にしたのは懐かしい景色だった。
「春都!太一!鬼ごっこしよーよー!」
頭上からの容赦ない紫外線とアスファルトから反射する熱に顔をしかめている俺に、彼女は突然そんなことを言い出した。
首や頰にまとわりついた黒髪を気にすることなく、笑顔で手を振りながら。
「お前さ、今日の最高気温知ってるか?35度だ、35度。殺す気かブス」
「何ジジくさいこと言ってんのよ。子供は遊んでなんぼでしょ。ね、太一?」
「んー……まぁ、間違ってはないけど流石にこの気温だとなー。熱中症が怖いよね」
俺より数センチ高い場所から発せられた音は体の変化に伴って変化したらしく、自分の口から発せられたものよりも低い。
これが“声変わり”というのだと、そう教えてくれた。
大人への階段を一歩登った太一が羨ましくて、その時がいつ来るのだろうかと自身の成長が楽しみでもあった。
「太一は中学生だからあたし達と鬼ごっこするのが子供っぽくて嫌なだけでしょー!?」
「そんなことないってば」
「あらそう?じゃあ決まりね!出さなきゃ負けだよじゃんけん……」
食ってかかってきたさくらを宥めようとしただけだというのに肯定と勘違いされた太一は、ため息をつきながらも仕方ないと覚悟を決める。
そして掛け声に合わせて拳を前に出した。
「ったく……めんどくせーな」
こうなってしまってはやる以外の選択肢はないということを、長い付き合いである俺達は知っている。
だからこそ、文句を言いながらもじゃんけんに加わるのだ。
「ぽん!」
小麦色に焼けた細くて華奢な手と、俺よりも大きくてゴツゴツした男の手。
力なく開かれた二つの掌を見て、無意識に眉間の皺が寄った。
「はい、春都の負けー!ちゃんと十秒数えなさいよ!?」
「熱中症に気をつけて」
そう言い残して二人は俺の元から去っていく。
視界にはアスファルトを背景にして軽く握られた拳が移っているだけ。
「……はぁ」
こんな真夏日になぜ外で鬼ごっこなんてしなければならないのか。
じゃんけんに負けたからか、余計にそう考えてしまう。
冷房の効いた部屋でのんびり読書をしたいのが本音。
だが、
「秒殺してやる」
負けたくないというのも事実。
「うーわ。春都の奴、目がギラついてるよ。まるで狩人だね……」
「春都は根っからの負けず嫌いだからね」
「からの、頑固で口が悪い」
「正解」
「でも優しいんだよねー」
「あははっ。大正解!」
十秒数え終わって素早く視線を上げれば、100mほど離れたところでさくらと太一が走っている姿が見えた。
二人の顔には笑みが浮かんでいて、「余裕だなあいつら……」と思わずにはいられない。
「待てこらあぁぁぁぁ!!!」
「うわっ!来た来た来た!じゃあね太一!」
二手にわかれたさくらと太一。
獲物はもう決めている。
「さくらあぁぁぁぁ!!!」
「ひぇえええ!なんで私なのよー!」
「日頃の鬱憤をここで晴らす!」
「いーやーだー!!!」
まだ成長期が訪れていない小さな手足を必死に動かし、最近身長が伸びてきたと自慢していたさくらを必死に追う。
子供にとっては何でもない日常。
今となっては心温まる幸せな思い出。
あいつに“春都様”と呼ばれることも、敬語を使われることも、そして体の関係を持つこともなかった“友人”としての日々。
どこで選択肢を間違えたのだろうか。
こんなことになるなら主人と従者のままでいればよかったと、遠ざかる昔の映像を見ながら思うのだった。
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