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第四章 転機
激走
しおりを挟む「お待たせー。ごめんねー」
グラウンド近くの水飲み場に寄りかかるいっちゃんに声をかける。
声に反応してこちらを見たかと思えば、すぐに目を逸らす。
「怒ってるー?」
「違います!目のやり場に困ってるだけです……」
「あはは。そっかそっかー。まぁ、貸しちゃったものは仕方ないよねー」
耳まで真っ赤ないっちゃんの背中を軽く叩き、グラウンドの端を二人で並んで歩く。
上半身裸でもこうしてのんびり歩いていられるのは、風もなく暖かいのと、寮までの道のりが学校の敷地内だから。
多少視線は感じるが特に問題はない。
あるとすれば、誠に付けられた腹のキスマークぐらいだろうか。
好きにさせてれば調子に乗りやがって……。
この場にいない者に文句を言っても仕方がないのだが、言わずにはいられない。
「これ、金城様ですよね?付けたの」
赤い痕を指差しながら、上目遣いで聞いてくるいっちゃん。
俺の方が背が高いから必然的にそうなってしまうのだろうけど、可愛い子の上目遣いほど癒されるというもの。
可愛いは正義だよな。
「そー。放っておいたら勝手に付けてた。信じらんねー」
「金城様は春都様の事が大好きですからね」
「好きすぎるのも困りもんだよなー。貞操の危機」
「あはは。何が何でも堀に来そうですよねー」
「こらこらいっちゃん。可愛い顔で掘るとか言わないのー。俺の心配してよー」
「してますよ!気をつけてくださいね!」
互いに目を合わせ笑う。
先程の騒がしさが嘘のように、穏やかな時間が流れていた。
しばらく二人で歩き、もうすぐ一般寮と特別寮の分かれ道。
見知った顔がこちらに向かって歩いて来ている。
暖かくなってきたというのにスーツのジャケットと白の手袋を身につけ、背筋をまっすぐに伸ばして。
無表情だと強面が一層際立つ。
「あれは……佐山様ですね!まだこちらに気付いていないのでしょうか?」
いっちゃんがそう口にした瞬間、バチッと目があった。
「んー……気付いたっぽい。立ち止まって待ってるし」
「本当ですね!こんにちは、佐山様」
両足を揃え、置物のように微動だにせず立つ太一。
無表情から微笑に変わっていた。
「山中様、こんにちは」
丁寧に腰を折り、深々とお辞儀をした。
こういった事に慣れているのか、いっちゃんは狼狽える事なく笑顔を返す。
この学校は資産家や実業家などのご子息が通っている為、太一のような執事に対してどうこう言う者はいない。
俺のように送迎をしてもらうというのも、ここでは普通。
執事にも部屋が設けられ、主人と同室か別室かを選べる。
別室希望の場合は、何かあった時に駆けつけられるよう、主人の隣室に住まう事になっている。
一般生徒は二人で一部屋なので、互いに執事がいる場合、執事達も同様。
同室希望の場合は主人と執事で住み、他の生徒が入ることはない。
一部屋最大二名ということだ。
生徒会や風紀委員には一人一室与えられる為、同室希望でなくても一人で住むことが許可されている。
特別待遇というやつだ。
ちなみに、マリモは一般生徒枠だが、理事長の権限で一人で一部屋使っている。
容姿を考慮してのことだろう。
俺は過保護だと思うがな。
「では僕はこれで。お疲れ様でした!」
「お疲れー。気をつけてなー」
「春都様も気をつけてくださいね!」
笑顔で手を振りながら寮に向かって歩いていく。
互いに見えなくなるまで手を振り続けた。
「で、春都様。上半身裸なのはいいとして、そのお腹にあるキスマークは誰が?」
笑顔を貼り付けたまま訪ねてくる太一。
裸なのはいいんだ、とツッコミたくなったが、ここで変な事を言えば、夕飯が俺の大嫌いな茄子地獄になってしまう。
「誠とか言う変態クソ野郎に吸われた」
慎重に言葉を……と色々考えた。
虫に刺されたとか、これは事故なんだとか、沢山。
考えたんだけど、結局同じな気がして途中で諦めた。
人間諦めが肝心。
誰かがそんな事を言っていたよ。
「……あいつですか」
「あいつ呼ばわりすんなって」
「春都様も変態クソ野郎とおっしゃってましたが?」
「帰るか」
「話を逸らしましたね?待ちなさい。止まりなさい。まだ終わってませんよ。春都様!」
逃げるが勝ち。
これも誰かが言っていた。
俺は太一から逃げるべく、全力疾走した。
スニーカーでよかった。
そう思いながら。
……上半身裸だけどな。
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