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第三章 狂い始め

自己暗示

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「っ!」


 俺は慌ててベッドから上体を起こす。
 少し目を瞑っていただけなのに、まさかあんなことを思い出すとは……。

 ため息を漏らし、起き上がった拍子に腹に落ちたタオルを手に取る。
 既に熱は失われ、冷たくなっていた。


「春くん大丈夫?うなされてたよ」
「大丈夫大丈夫。ごめんなー。ベッド借りちゃって」
「全然いいよ。途中声かけたんだけど、ぐっすり寝てて、起きる気配なかったからそのままにしちゃった。ごめん」


 申し訳なさそうに謝る圭。
 俺は不思議で仕方がなかった。
 ぐっすり寝てた?
 誰が?

 表情を見て何かを悟ったのか、圭は遠慮がちに言葉を発した。


「春くん、寝てたんだよ?一時間」


 絶望しかなかった。
 十五分ほど目を閉じていたぐらいの感覚だったというのに、寝ていたのか。
 俺は。
 しかも一時間も。
 仕事が大量に残っているというのに。


「うわー。それはやっちゃったなー。俺、生徒会室戻るわ。圭。蒸しタオルありがとう」
「うん。仕事、ほどほどにね」
「はいよーん」


 ローファーを履き、ベッドから立ち上がって出入り口へと向かう。


「春くん。いつでもおいで。仕事押し付けたりしないからさ」


 おどけたように言う圭。


「気が向いたらねー」


 マリモに名前で呼んで欲しいと言われたあの日と、同じ言葉を返す。
 そして風紀室を後にした。

 大丈夫。
 俺は大丈夫。
 もう少し。
 あと少しだけ。


「やれるところまで、やるんだ」


 そう思わないと、弱い自分が顔を出す。

 大丈夫。
 大丈夫。
 まだ、出来るはず。
 もっと出来るはず。

 頼るには、まだ早い。



 夕日が差し込む廊下を、ただひたすら歩く。
 窓の外に目を向けることなく、一心不乱に。

 
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