上 下
6 / 27
第二章

二話 神隠しの村 その二

しおりを挟む
 見れば燃えた後もある。火を放たれたのだろうか。

「まさか、私のせいで……」

 張弦は淑の目があるのも忘れ、がっくりと膝をついた。護衛にまぎれていたものが張弦だというのは、宮廷衛兵で行方不明になったものを当たればすぐわかることだ。となれば、張弦が生きていれば、故郷であるこの村に来ることも予想できる。

 となれば先回りして村を焼き討ちにしたのか?義姉たちは?村人たちは……?

 動けない張弦の横から淑が飛び出す。そして、丹念にその瓦礫がれきを調べ始める。そして、驚くほどしっかりした顔でこちらを向くと叫んだ。

「そなたのせいではない!」

 そう言って、足元を指差す。張弦はよろよろと立ち上がり、淑のそばまで行き、その指先を見た。

「これは……」

 指さしたあたりの瓦礫から芽が出ている。張弦はそれに触れると、淑を見上げた。

「このように瓦礫から木の芽がでるには一、二年はかかる」

「そのとおりだ。昨日今日で焼けたわけではない」

 淑はそういうと、あの猫のような目で鋭くあたりを見回す。

「つまりこの村は、一、二年前にこのようなかたちとなった。張殿のせいではない」

 淑は慰めるように、張殿の肩に手を乗せる。

「前にここへ来たのは?」

「二、三年前のことだ。あることで義姉上と言い争いになり、それから帰って来ていなかった」

 淑が黙った。張弦は肩を落とした。

「私は義姉上たちともう会えないのか……」

「いや、まだ、そうとは言い切れない」

 淑はぶつぶつと何かをつぶやきながら、瓦礫の中のものを探る。

「やはり、ない」

「何がだ」

「生活に必要なものがだ」

「生活に必要なものとは?」

「例えば、家族全員で使うような鍋、畑仕事に使うようくわ、そういったものだ」

「もともとたいしたものは持っていないはずだ」

 張弦が言い返すと、淑がすかさず切り返してくる。

「しかし、賊が鍋を持って帰るとは思えないだろう?」

 そうか……

 張弦はつぶやいた。

「ある方から聞いたことがある……神隠しの村だ」

「神隠し?」

 淑が首をかしげる。

「突然、村が消えるのだそうだ」

 張弦はまるでひとりごとのように続ける。

「いや、神隠しといっても、村が消えただけで、村びとは生きていることが多い」

「どういうことなのだ?」

 淑の問いに、張弦は続ける。

「東方の乱後、戦で功績のあったもののために、戦利金が支払われた。しかし、その戦利金を払うことで、朝廷の国庫は枯渇し、税をあげずにはいられなくなった。そのような税にかこつけて、勝手に税を上乗せする地域もあったという。そういった地域では村ごと消えるということが多発したと聞いている」

 張弦の言葉に、淑も納得がいったようだ。

「つまり、村全員で夜逃げをしたということか」

 張弦がうなずく。

「もちろん、夜逃げしたとばかりに逃げるはずはない。だから、火を放ったり、賊に襲われたようにみせかけるのだが……」

「だが、どうしても生活に必要なものだけは持って逃げるのだな」

 淑の言葉づかいはすっかり皇子のものに戻っていたが、張弦はかまわなかった。あたりを見回す淑の今の姿は、為政者の貫禄を放っている。

 だてに皇族の生まれではないな……

 張弦はその姿を頼もしく見つめる。しかし同時に寂しさが襲ってきた。

「義姉上の村がそんな目にあっているとは知らなかった」

 自分があることで意地を張り、まさか、二度と会えなくなるとは。その時だった。

 ととと……

 大きな犬が張弦に近づいてくる。目が隠れるほど、むくむくとした毛の長い犬だ。張弦は思わず体が固まる。犬は張弦の匂いをふんふんとかぎ、満足したとばかりに今度は淑の匂いをかぐ。淑はかがれるだけでなく、その手を出す。

「おい、危ないぞ」

 野犬に咬まれれば病になることもある。しかし、淑はやめずにさらに手を伸ばす。淑がいきなり手を出したのに犬の方も驚いたのか少し飛びのいたが、すぐに淑の手の匂いを嗅ぎ始めた。そして、ふんとばかりにこちらを見ると、背を向け走り出した。

「ついて来いと言っている」

 そう言うと、淑はその後を追って走り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

仇討ちの娘

サクラ近衛将監
歴史・時代
 父の仇を追う姉弟と従者、しかしながらその行く手には暗雲が広がる。藩の闇が仇討ちを様々に妨害するが、仇討の成否や如何に?娘をヒロインとして思わぬ人物が手助けをしてくれることになる。  毎週木曜日22時の投稿を目指します。

谷中の用心棒 萩尾大楽

筑前助広
歴史・時代
旧題:それは、欲望という名の海 ☆第6回歴史時代小説大賞 特別賞受賞☆ 玄界灘。 この黒い潮流は、多くの夢や欲望を呑み込んできた。 人の命でさえも――。 九州は筑前の斯摩藩を出奔し江戸谷中で用心棒を務める萩尾大楽は、家督を譲った弟・主計が藩の機密を盗み出して脱藩したと知らされる。大楽は脱藩の裏に政争の臭いを嗅ぎつけるのだが――。 賄賂、恐喝、強奪、監禁、暴力、拷問、裏切り、殺人――。 開国の足音が聞こえつつある田沼時代の玄界灘を舞台に、禁じられた利を巡って繰り広げられる死闘を描く、アーバンでクールな時代小説! 美しくも糞ったれた、江戸の犯罪世界をご堪能あれ!

夜の終わりまで何マイル? ~ラウンド・ヘッズとキャヴァリアーズ、その戦い~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 オリヴァーは議員として王の暴政に反抗し、抵抗運動に身を投じたものの、国王軍に敗北してしまう。その敗北の直後、オリヴァーは、必ずや国王軍に負けないだけの軍を作り上げる、と決意する。オリヴァーには、同じ質の兵があれば、国王軍に負けないだけの自負があった。 ……のちに剛勇の人(Old Ironsides)として、そして国の守り人(Lord Protector)として名を上げる、とある男の物語。 【表紙画像・挿絵画像】 John Barker (1811-1886), Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

命の番人

小夜時雨
歴史・時代
時は春秋戦国時代。かつて名を馳せた刀工のもとを一人の怪しい男が訪ねてくる。男は刀工に刀を作るよう依頼するが、彼は首を縦には振らない。男は意地になり、刀を作ると言わぬなら、ここを動かぬといい、腰を下ろして--。 二人の男の奇妙な物語が始まる。

晴朗、きわまる ~キオッジャ戦記~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 一三七九年、アドリア海はヴェネツィアとジェノヴァの角逐の場と化していた。ヴェネツィアの提督ヴェットール・ピサーニは不利な戦いを強(し)いられて投獄された。その結果、ジェノヴァは、ヴェネツィアの目と鼻の先のキオッジャを占領。ヴェネツィア元首(ドゥージェ)コンタリーニはピサーニを釈放して全権を委ねる。絶体絶命の危機にあるヴェネツィアの命運を賭け、ピサーニと、そしてもう一人の提督カルロ・ゼンの逆転劇――「キオッジャの戦い」が始まる。 【表紙画像】 「きまぐれアフター」様より

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

式神

夢人
歴史・時代
これは室町末期、すでに戦国時代が始まろうとしていた頃。賀茂家信行から隆盛した陰陽道も2代目に移り弟子の安部清明が活躍、賀茂家3代目光栄の時代には賀茂家は安倍家の陰に。その頃京の人外の地の地獄谷に信行の双子の一人のお婆が賀茂家の陰陽道を引き継いでいて朱雀と言う式神を育てていた。

処理中です...